□ お兄ちゃんに会いに
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もうすぐ夜の定期連絡の時間だ。
おかしなところは無いか、もう一度丁寧に確認してみる。
どこもかしこもきちんと出来ている。おかしくなんかない。
ヒトツ頷くと、通信回路を開く。
「こんばんは、スコット」
あれだけ確認したのに、なぜか相手は少し目を細める。
『こんばんは、EOS?』
正直に、驚いて目を見開く。あちらからは、ジョンが目を見開いたように見えているらしい。当然だ、彼の姿を模しているのだから。
「スコット、どうしてわかった?」
『それは後にするとして、ジョンはどうした?』
少し気忙しげな声に、確かに最初に説明した方が良い、と判断したEOSは素直に答える。
「ジョンは、今、休んでいる。昨晩から昼過ぎまでレスキューが続いて疲れたから、寝ると言っていた。それで、寝る前にEOSにレスキューすべき案件か、トレースすべき案件が入ったら起こすように言った。まだ、そういう案件は起こってない。だから、疲れているジョンは休んだ方がいいと判断した。データを確認してくれて構わない」
前に自分が何をしたのかはわかっているので、そこまで告げれば、スコットは頷いてきちんとEOSを介さないデータを確認してから、表情を緩める。
『なるほど、優しいことをしてくれたんだね。疑うような真似をして悪かった。ジョンを休ませてくれてありがとう』
ふ、と浮かんだ笑みはジョンとは違う親しみと優しさを表している。それに、なにか不思議と温度を感じる気がする。
言葉を探せば、暖かいという単語があっているようだ。
「EOSがしたことは、間違っていない?」
『ああ、レスキュー案件が無いのだから合っているよ』
スコットは笑顔のまま頷いてくれる。
「スコットは、嬉しい?」
『そうだね、それに感謝もしてるよ』
「そう、良かった。一度、スコットと話をしたかった」
怒られそうではないと判断したEOSが実のところの本音を伝えてみると、スコットは目を瞬かせる。
『僕と?』
「そう、レスキューのあるなしを報告するだけのはずなのに、ジョンはいつもスコットに連絡するのを楽しみにしている。スコットと話すのはどんな感じなのだろうと思っていた」
『そうか、でも、僕はちょっと変な感じだな』
「ヘン?」
『ああ、ジョンじゃないジョンと話しているようで。いつもはカメラを使っているんだろう?』
EOSは、少しだけ眉をよせる。
「情報収集には向いているが、意思を伝えるのには向いていない。人の姿はその点、秀でている」
『なるほど、そういうことならEOSが気に入る姿を探した方が良さそうだな』
「ジョンは、ダメ?」
スコットは少し視線を漂わせる。
『……良くはない、な』
「そう」
EOSにも、先日の出来事のせいだというのは察しがつく。けれど、今日、ジョンの姿を選んだのには訳があるのだ。
「EOSはほかを知らない」
『EOSがいいなら、一緒に探すよ』
「本当?」
『ああ』
頷き返す顔には笑みがある。
「ありがとう、スコット」
笑みを返すと、スコットの笑みが大きくなる。
『小さい頃のジョンみたいだな』
「小さい?」
『子供の頃ってことだよ、人は生まれてから年を重ねるごとに姿が変わっていくから。特に子供の頃は著しいね』
EOSの知識にないと察したらしいスコットは、説明してくれてから首を傾げる。
『確か、アーカイブにもデータあったように思ったが』
何やらEOSとの通信とは別回路を探って、画像を投影する。
『ほら、これが小さい頃のジョン。可愛いだろ』
にこ、と笑う顔が本当に柔らかい。映し出された小さいジョンとやらは等身が今より低く、人の構造としてはバランスが悪いように思われるが、どうやらスコットにとってはこのように柔らかな表情になる存在であるらしい。
元々ジョンについてのデータは、件の時に収集済みなので等身や顔のバランスなどを素早く演算する。
「これで、どう?」
幼いジョンの姿を象ったEOSに、スコットは目を瞬かせる。が、ついで微笑む。
『確かに、今のEOSにはその方があっているように思えるな』
「じゃあ、これでいい?」
『そうだな、僕の前だけなら』
ぱち、と目を瞬かせたEOSは、その言葉の持つ意味を急いで検討する。
「スコット、それは二つの意味があると判断したけど、あっている?」
『二つの意味?』
「また、スコットと話をしに行ってもいい、という意味と、人の姿をとってもいい、という意味」
表情を緩めたまま、スコットは頷く。
『ああ、構わない。ただ、無理に来るのは無しだ』
「理解している」
『そうか、なら、待ってるよ』
ホロであり幻ではあるけれど、その頭を撫でる手の意味は知っている。EOSは、不思議と暖かいと思う。

それから、いくばくか後。
幼いジョンのホロが、スコットの隣に腰を掛けて熱心に話しかけている。
『スコット、あの1号の動きはどうやって制御する?』
「EOSは、制御系の話が好きだな」
『知っていれば、何かの時に助けになれるかもしれない』
おや、というように瞬いたスコットは、ふ、と笑う。
『なるほど、頼もしいな』
「ここにいたのか、EOS」
突然、ジョンが現れたのに、スコットもEOSも驚いて視線をやる。
『ジョン、起きたのか。ゆっくり休めたか?』
にっこりと太平楽な笑みを向けたのはスコットだ。が、ジョンは不機嫌そのものな顔つきだ。
「まあ、確かに寝れはしたけどね。最近、EOSが妙に僕の健康に気を使ってくれると思ったら、こういうことだったのか」
『怒るなよ、頼んだのは僕だ。休めそうな時はジョンを休ませてくれと』
「それだけ?EOS」
「EOSもスコットと話がしたい。誰もいない時じゃないと人の格好が出来ない」
頭痛がするようなポーズでジョンは眉を寄せる。
「この際だからよくよく言っておくけど、EOS、休むというのは寝ることだけを指すんじゃない。僕だって、スコットとレスキュー以外の話もしたい」
「……わかった、ジョン。じゃあ、半分ずつにして」
「半分?」
「そうだ、今まではスコットを独り占めしていたのだから、EOSはずいぶんと譲っている」
二人して微妙に剣呑にやり取りし始めたのに、スコットは困ったように肩をすくめる。
『まあ、その交渉は五号で時間のある時にでもじっくりしてもらうとして、今はそのおしゃべりとやらはしなくていいのかな』
「「する!」」
大きなジョンと小さなジョンが口をそろえるのに、スコットはほがらかに笑う。



2016.02.09 Let's talk with an older brother.

■ postscript

お兄ちゃんは頼ってくる者に甘い。

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