□ 54,000kmの宇宙へ想いを、そして宇宙から願いを
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通信回路が開いたと思ったら、またも頬を膨らませたアランがいた。
『ねぇ、ジョン、ホントに降りて来れないの?』
さすがに、ジョンも眉間にしわを刻んで返す。
「しつこい、何度目だ。言っているだろう、救助要請になるかもしれない案件があるって」
『なるかもしれない、なら、こっちでも追えるでしょ?』
このまま放っておいたら、いつまでも駄々をこね続けそうだ。不機嫌を隠さない表情のまま、対アラン最終兵器を召喚する。
『どうした、ジョン』
ふわ、と浮かんだスコットは、レスキューの帰途で一号を操縦中だ。猛烈な火事の現場だったので、スーツがところどころ煤けている。
疲れているであろうスコットに言うのは心が引けるのだが、仕方が無い。なんせ、本日のしつこく行われているアランの「降りてきてよ」攻勢はすでに二ケタになろうとしているのだから。
『アランが、降りて来いってしつこい。もう、両手じゃ足りなくなる』
軽く片眉をあげたスコットは、なぜか、一瞬、つい、と視線を漂わせる。が、すぐに息を吐きつつ通信回線を広げたようだ。
『アラン』
突如現れた長兄の姿に、げ、というようにアランが身を引く。
『あ、スコット。ええと……レスキューお疲れ様?』
『ああ、それはバージルに言ってやってくれ』
さらり、とレスキューについて片付けたスコットは、すう、と目を細める。
『帰れないと言っているジョンに、しつこくしてるって?』
『……だって』
見るからにしょぼん、と肩を落とすアランに、スコットは小さく苦笑を浮かべる。
『無理強いは感心しないな』
声が、どこか柔らかい。それはアランもわかったのだろう、こく、とうつむき加減のまま素直に頷く。
『うん、わかったよ。ごめんね、ジョン。どうしても見せたいなぁって思ったモノがあって……つい、ね』
寂しそうに眉をハの字にしつつ言うのに、ジョンもさすがにこれ以上は不機嫌な顔は見せられない。
「今度、降りた時に付き合うから」
『……うん、ありがとう、待ってるね』
何やら、ひどく元気が無い声で返したアランは、そのまま、ふつり、と消えていく。
「なんだか、アレじゃ僕の方が悪いことをしたみたいだな」
思わず言うと、スコットの苦笑が返る。
『最近、ちっとも降りて来ないからな、寂しくなったんだろ。まあ、これ以上は責めないでやってくれ』
「ああ、別に怒ってはいないさ」
弟が会いたがってくれて、むしろありがたいくらいではあるのだけれど。困惑顔になったのがわかったのだろう、スコットはいたって真面目な表情になる。
『五号で追わなくてはならない情報があるのはわかってる、忙しくさせてすまない』
ジョンが困惑するのも、アランがしょんぼりとするのもまるでスコットが悪いような言葉に、ジョンは慌てて首を横に振る。
「スコットのせいじゃない、手間をかけさせたのは僕の方だ、その」
『それこそ、謝る必要は無いよ』
ちょっと肩をすくめてみせたスコットの方から、少し遠い声が聞こえる。
『スコット?』
『ああ、ちょっと待ってくれ』
どうやら、バージルがスコットにだけ通信を入れてきたようだ。視線が、こちらへと戻る。
『ジョン、救助が必要な情報が入ったら、すぐに知らせてくれ。じゃあな』
「了解、ありがとう」
最後のお礼が聞こえたかどうか、スコットからの通信はブツッと切れてしまう。バージルの方に、何かあったのだろうか。
共通回線では無いから、事故が起こったようではないのだが。
帰れない、と言ったのは自分なのに、地上の方だけで何かやり取りしていると思うと少し寂しく感じてしまう。
そんな自分に苦笑しつつ、ジョンは目前の情報へと集中する。

ありがたいことに、インターナショナルレスキューの出動が必要になるほどに酷い状況になる案件は出ないままで、時刻は一日を終える頃を迎える。
まだ、トレースを続けなくてはならない案件は二つほどあるが、昼間ほどではない。
半ば無意識に息を吐いたジョンは、通信回路が開く気配に振り返る。
『やあ、ジョン』
「スコット、どうしたんだ?」
夜にも定時連絡は入れているから、よほどのことが無い限りは、互いが起きているだろうとは思っていても夜中に通信してくることは無いし、ジョンもしない。
なので、地上の方に何かあったのかと真面目な顔で身を乗り出してしまう。
どうやら、部屋にいるらしいスコットは珍しくベッドに腰掛けているようだ。
『まだ、トレースしなきゃならない案件が残ってるのか?』
「ああ、二件ほどね。でも、他は落ち着いたよ」
『少しは休めそうか?』
スコットの気遣いに、ジョンは頷き返す。
「ヒトツはすぐに悪化はしないだろうし、ヒトツはすでに自前で救助してる。あそこはレスキュー能力高いし、よほどのイレギュラーが起きない限りは僕らの出番は無いだろう。通信回路だけ開いておけば、休めそうだよ」
『そうか、なら良かった』
安心したようにスコットは頷き、チラ、と何かを見やる。
『さて、日付変更線は超えたな』
何やら秘密めかした口調で言い、少しだけ身を乗り出したかと思うと。
『誕生日おめでとう、ジョン』
にこり、と笑顔で告げられる。
「え?……ああ」
そうか、今日は10月8日、ジョンの誕生日だ。
やっと気付いたジョンに、スコットは言葉を継ぐ。
『ジョンが、生まれてきてくれたことに感謝するよ。そして、今年も無事に祝えることに』
「うん、ありがとう」
暖かい兄らしい言葉に、少しだけ目頭が熱くなるのを感じながら頷くと、スコットは悪戯っぽい笑みでウィンクしてみせる。
『抜け駆けはするなと言われていたんだが、せっかくだから一番乗りだ』
珍しいお茶目に、ジョンも今度は素直に笑い返す。
「嬉しいよ」
それから、なぜアランがあれほどしつこく降りて来いと言っていたのかも理解出来た。
「そうか、それでアランは」
『まあな。今日は朝になったら回線が少々うるさくなるかもしれないが、しつこくはするなとは言ってあるから』
「了解、スコット」
素直に笑顔で返すと、スコットは柔らかい笑みを返す。
『お疲れ様、ジョン。ゆっくり休んでくれ』
「スコットもね」
『ああ、おやすみ』
「おやすみ」
ふつ、とスコットの姿は消えるが、少しの間、兄のいた場所を眺めてから休憩の為のブースへと向かう。

そして、朝。
『ちょっと早かったかな』
などと時間を気にしつつ、通信を入れてきたのはバージルだ。
「おはよう、バージル。起きていたよ、何かあったか?」
すまし顔で返してやると、照れくさそうに首を撫でつつ告げてくる。
『誕生日おめでとう、ジョン』
「ありがとう、バージル。それにしても、早起きだな?」
『たまには、一番に言ったっていいだろう?』
珍しいことを言うのに、くすり、と笑ってしまう。自分におめでとうを言うのが一番がいいだなんて、なにやら面映ゆくて嬉しい。残念ながら、一番では無いけれど。
「そうかもしれないな」
ジョンの返事を聞いて、何やらピンと来たらしい。
『って、まさか?』
「うん、一番乗りはスコットだ」
わざとらしく大げさに肩をすくめたバージルは、天を軽く仰ぐ。
『やっぱりスコットが最速か』
「一号だから」
『確かに』
あっさりと頷いたバージルは、いつも通りのおおらかな笑みを浮かべる。
『僕は二号で二番って訳だ。ジョン、改めておめでとう。こうして笑って迎えられて嬉しいよ』
「僕もだよ、ありがとう」
笑顔で通信を終える。

次に通信してきたのは、普通に朝という時間になってからのゴードンだ。
『おはよう、ジョン。どうやら一号、二号ときたらしいから、三号を待ってあげようと思ったんだけどね、未だに夢の中らしいんだよ。だからお先に四号さんよりご挨拶ってね』
にっこりと良い笑顔を浮かべる。
『ハッピーバースデー、ジョン!』
すぱぁん!と派手にクラッカーも弾ける。
その音に、一瞬のけぞったジョンだが、ゴードンらしいお祝いの仕方に笑みを返す。
「ありがとう、ゴードン」
くしゃ、とゴードンも嬉しそうに笑う。

結局、アランが通信してきたのは朝と昼との合間のような時間だ。
『ああああ、遅くなっちゃったー!ジョン、誕生日おめでとう!』
慌ただしいアランに、ジョンは思わず苦笑しつつ頷き返す。
「ありがとう、少しは話をする時間を作りたいところではあったんだけど」
返して、アランとだけ単独で繋がっていた回線を開く。
「インターナショナルレスキュー、救助要請だ」
すぐに、いつものように皆が集まりだす。
暖かいお祝いの言葉以外は何も変わらない、インターナショナルレスキューの一日だ。

相変わらずのスコットの的確な指示と機転と、バージルの着実なメカ操縦、ゴードンのフォローもあって、無事に今日のレスキューも成功に終わる。
すっかり後始末も終わり、日ももうすぐ落ちる頃。
『ジョン、トレース中の案件はあるか?』
「これといって無いよ、スコット」
返すと、にこり、とスコットは笑う。
『そうか、じゃあ少しだけ時間をくれ』
その言葉を合図にしたかのように、スコットの周囲に皆が顔を出す。
バージルにゴードン、反対側にはアランとケーヨ。ちょっと膝を折ったくらいの位置には、おばあちゃんとブレインズも。
『ジョン、改めて』
『『『ハッピーバースデー!』』』
皆の声が揃い、目前になにやら浮かび上がる。
よくよく見れば、なにやら懐かしい感じのするかわいらしいデコレーションケーキだ。
「もしかして、バースデーケーキ?」
『データだけどねぇ』
目を瞬かせるジョンに、ブレインズがのんびりと返す。目を煌めかせているのはアランとゴードンだ。
『ジョン、キャンドル吹いてみてよ!』
『早く早く、ジョン!』
何かあると言っているようなモノだが、ゆらゆらと本当に火が灯っているかのようなキャンドルの映像に向かって息を吹きかける。
火が消えた、瞬間。
ぶわ、と周囲のモニタに花火のエフェクトが広がる。音こそ無いが、すばらしく華やかで美しい。
「これは……すごいな」
思わず感嘆の声を上げると、皆の笑い声が返る。
『お祝い!』
『皆で作ったのよ』
口々に返される間にも、華やかな花火は今度は花へと変わって五号の空間中に幻の花弁が舞い散る。とても綺麗で、幻想的だ。
『花火は僕たち!』
『花は、バージルとケーヨとおばあちゃん』
『プログラムは、ブレインズだよ』
ようするに皆でやってくれたのだということだ。何より、その気持ちが嬉しい。
「ありがとう、皆」
素直に笑顔で返すと、皆からも溢れんばかりの笑顔が返る。
『ねぇ、ジョン、降りてきた時にはプレゼント用意するからね、何がいいか考えておいてよ』
アランの言葉に、ジョンは肩をすくめる。
「皆がいてくれれば、それだけで充分だ」
心底の言葉だが、皆はジョンらしい、欲が無い、などと口々に言っている。
そうだろうか、誰一人欠けて欲しく無いなんて、むしろ一番の贅沢だと思うのだけれど。
「もう、こんなに綺麗なモノをもらったからね」
ジョンの言葉に、皆がまた笑顔になる。

皆との通信を終えて、いつものように静かになった五号の中で、ジョンは小さく首を傾げる。
そんなに自分は、モノを欲しがらないだろうか。
欲しいモノが無いというのは嘘になる、と思う。ただ、それは宇宙観測の為の機器だったり、ひどく分厚い専門書だったりと家族にねだるような類ではない。
身の回りは欲しいモノが無いというジョンに、誕生日やクリスマスといった時期に皆が気を回してくれるので、困っていない。時折、自身よりも皆の方が似合うモノやなんかを知っているのではないかと思うくらいだ。
大事な人々の誰もが欠けて欲しく無い、なんていうのは無欲などとはほど遠い。むしろワガママな方だと思う。
でも確かに、あまり身近なモノを欲しいとは思わない。
緊急連絡を拾い上げるシーケンスがきちんと作動してるのを確かめてから、五号のモニタを大好きな宇宙空間に切り替える。
その中で、ぼんやりと考える。
だってもう、大事な人たちからお祝いをしてもらって、充分じゃないか。
こんなに、暖かい気持ちなのだから。
うん、これで、僕はいいんだ。
そう思いながら、瞼を閉ざす。

好きな宇宙に身をゆだねる時間を過ごしてから、いつも通りにジョンは夜の定時連絡を入れる。
「スコット、今のところレスキュー案件は無いよ。トレース案件も」
『そうか、じゃあ、のんびり出来るな』
安心したように返すスコットに、ジョンは笑い返す。
「実はさっきものんびりしてたんだ。それにしても、今日は嬉しかったな」
あんな風に皆に祝ってもらえるとは思ってもいなかった。やはり、暖かいのは嬉しい。
『そうだな、今日測定すれば、良い結果が出るかもしれないぞ』
仕事の合間を縫って、少しずつ進めている天文の件だ。スコットはいつも、気にかけてくれている。
「そうかもしれない、やってみようかな」
言ってから、ふと思い立って尋ねてみる。
「そういえば、あのエフェクト、スコットも何か作った?」
皆、口々にここは自分、と言っていたが、よくよく思い返せばスコットはなにも主張していなかった。
問われたスコットは、少しだけ視線を漂わせてから、頷いてみせる。
『ああ、僕も作ったよ』
なぜか、少しだけ困ったような笑顔になるのを見て、あ、と目を見開く。
最初に出てきた、あの、どこか懐かしいような気がしたケーキ。アレは、かつてジョンが欲しがったモノだ。
母を失った後の誕生日。
父は、色々と気を張って準備をしてくれたように思う。すごい御馳走に、有名店のキレイなケーキ。あの日も、ジョンは欲しいモノは特別無いよ、と返した。
実際、兄弟たちがいてくれて、父が一緒に祝ってくれて充分だと思ったのだ。
なのに、終わってベッドに入る頃に不意に欲しいモノに気付いた。そして、他の誰にも言えずにスコットにすがったのだ。
「ママのケーキが欲しい」
もちろん、手に入る訳が無いのはジョンもわかっていた。けれど、思ってしまったらどうしようもなくて、ぐずぐずと泣くジョンの背を、ずっと撫でていてくれた。
「ごめんな」
そう、何度も謝りながら。
あの時と同じ困惑顔で、スコットは肩をすくめる。
『データならどうにか、な。結局のところ、ホンモノじゃないし、遅すぎるが』
ああ、ずっと気にかけてくれていたのか。そんな気持ちがこもったモノが暖かく無い訳がない。
「いや、嬉しいよ。すごく懐かしかった」
ジョンは心から言ってから、付け加える。
「スコット、僕、欲しいモノがあったよ」
『おや、やっと見つかったか?いいよ、言ってごらん』
少しほっとしたような顔でスコットが問い返すのに、ジョンは笑顔のまま告げる。
「スコットのケーキ」
スコットは、思わずというように目を見開く。
『おい、僕はケーキは焼けないぞ』
「知ってる、でも、作れる。そうだろ?」
ママのケーキをねだった翌日、スコットは市販のスポンジケーキとクリームを買ってきて、くりぬいたり重ねたりして、ひどくひしゃげてはいたけれど、中身だけは母と同じようになったのを作ってくれたのだ。
「ごめん、ママみたいには出来なかった」
一通り泣いて落ち着いた自分より、よほど泣きそうな顔つきだったのを覚えている。
ママのケーキを覚えているくらいなのだから、当然、自分のも覚えているスコットは、困ったように笑う。
『……あんな酷いのでも、いいのなら』
「うん、アレがいい。僕は、あのケーキが欲しいな」
『了解、降りてきた時にな』
頷いてくれた兄を、覗き込むようにジョンは返す。
「楽しみにしてるよ、スコット。出来るなら、毎年欲しいんだけどな。約束してくれないか?」
じっと見つめるジョンの瞳を、少しだけ不思議そうに見返したスコットは、ふ、と笑う。
『わかったよ、約束する』
スコットがジョンの本当の願いに気付いているとは思わないけれど、命を簡単には捨てない小さな約束をもらったような気がして、口元を緩める。
「ありがとう、スコット。いい誕生日になったよ」
約束を握りしめるかのように、ジョンはそっとその右手を握りしめた。



2015.10.08 Happy Birthday, John!

■ postscript

pixiv再掲。

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