□ 54,000kmの宇宙へ想いを届ける方法
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単独のレスキューから戻ったゴードンは、ラウンジのソファに小さい影があるのに気付く。
よくよく見れば、膝を抱えて丸くなっているアランだ。
おやおや、と首を傾げる。
いつもなら何かとからかう筆頭のゴードンだが、しょぼくれてる弟をイジメる趣味は無い。どちらかといえば、笑っていて欲しいと思う。
そっと近付き、つん、と、俯いた頭のてっぺんをつつく。
「アラン、どうしちゃったの?」
いつものからかう口調でないことは、アランにもすぐにわかったのだろう。眉をハの字にしきった顔が上がる。
「ジョンがね、降りてきてくれないんだ」
その一言で、おおよその察しはつく。
「ああ、明日、誕生日だよね」
「うん、だから、皆と一緒にお祝いしたくて、お願いしたのに……」
「そう言ったの?」
力無く、首は横に振られる。
「言っちゃうのもどうかなぁと思ってさ。実際、かなり忙しいみたいだしね」
「まあ、わからなくもないな」
五号での仕事は、救助に出るまでの判断という部分が大きい。だから、そうなりそうな案件は全て追わなくてはならない。
ほとんどは機器が処理をするとはいえ、最終的には人の判断だ。
自分たちがそうであるように、ジョンもその仕事に誇りと責任を持ってあたっているのに違いない。
そんなジョンの矜持を理解出来ないつもりもない。
「わかってるんだけどさ、でも、誕生日くらいさ」
大事な兄弟なのだから、側でお祝いしたい。
「でも、ジョンにしつこいって言われちゃってさ。スコットにも言いつけられちゃった」
また、しおしおと膝を抱え出す。
ジョンを不機嫌にさせた上、スコットの制止ときたらトドメと言える。ゴードンだって、自分がやられたら、ちょっと落ち込みそうだ。
「うーん、でも、二人共がそうじゃ、ホントに忙しいってことだよ。ここはもう、上にいるまんまでお祝い考えるしかないんじゃない?」
「上にいるまんまで?」
「うん、上にいるまんまなんだけど、皆といるような気分にさせちゃうんだ」
にんまりと告げると、アランは二、三度瞬きをする。
それから、自信が無さそうに首を傾げる。
「そう出来たらいいけど、どうやって?」
大変に素直、かつ、当然の質問に、ゴードンは視線を宙に彷徨わせる。
「そうだなぁ、これはなかなかの難題だ、という訳で、バージルに訊こう!」
バージルなら、忙しいとはいえ邪魔にならない程度に五号にお祝いをするという提案に賛成してくれそうな気がする。
「え、ゴードンが考えるんじゃないの?」
アランの実にごもっともな質問を無視して、通信回路を開く。
『どうした、ゴードン?そっちのレスキューは終わったんじゃないのか』
不思議そうな顔つきで、いやに煤けたバージルが浮かび上がる。
「うーわ、これまた随分と素敵な格好になったね?」
「大丈夫なの?!なんか、スコットもだったけど」
思わず、ゴードンとアランが口々に尋ねると、バージルは肩をすくめてみせる。
『蒸し焼きになりそうだったけど、どうにかね。で、どうしたって?』
「うん、その、ジョンが明日は降りて来れないって」
「ほら、誕生日だろ」
アランがしょぼん、として言うのに、ゴードンが付け加える。
「だから、せめて上にいても、お祝い出来ないかなってさ。知恵を貸してよ」
『上にいてもっていう発想は良いと思うがな、そういうのは僕よりスコットが得意だと思うぞ』
困惑顔になるバージルに、ゴードンが事情を告げる。
「アランがさ、ジョンに何度もしつこく言うのは止めなさいって言われちゃってさ」
ようするに、自分たちでは声をかけにくい、というのを暗に告げると、バージルはもう一度肩をすくめる。
『オーケー、僕からスコットに言ってみるよ。ちょっと待っててくれ』
バージルをも巻き込んで、三人共が上にいるジョンのお祝いをしたい、というのなら、さすがにスコットも反対はしないだろう、とゴードンは踏んでいるのだが。
ややして、バージルほどではないにせよ、そこそこ煤けたスコットがバージルと共に浮かび上がる。
『上にいるジョンの、誕生祝いをしたいって?』
「うん、だって、やっぱりせっかくだからお祝いしたいよ」
「そうそう、そんな長時間拘束するんじゃないなら、ジョンも怒ったりしないだろ?」
アランの切実な声と、ゴードンのちょこっとならさ、という譲歩を聞いたスコットは、少しだけ首を傾げる。
『そうだな……モノではなくてデータではダメか?タイミングを見計らって、五号の360度のモニターに何かお祝いになるような映像を映すのなら、ジョンも邪魔には思わないだろう』
さすがは、と言うべきかスコットがあっさりと出してきた案に、アランとゴードンは目を瞬かせる。
「確かにそれはすごそうだけど、今からどうやって用意するの?」
『そりゃあ、得意な人に任せるのさ』
に、とイタズラっぽい笑みを浮かべたスコットに、バージルが頷く。
『なるほど、ブレインズか』
『その通り。大元のプログラムさえ作ってもらえれば、後は皆でやればいい。ケーヨとおばあちゃんも誘えば、それこそ皆からのお祝いになるだろ』
「ソレいい!」
「僕、ブレインズ呼んでくる!」
すぐに動き出した二人に、帰還途中の兄二人が頷く。
『ああ、僕たちもすぐに帰るから』
「うん、待ってる!急いでね!」
『言われなくても』
『当然、トップスピードで帰るよ』
二人の腕が、言葉通りに加速する動きを見せて、通信は終了する。
アランとゴードンは、笑顔を見交わしつつ、急いでブレインズのラボへと向かう。
「どんなのがいいかなぁ」
「派手なのがいいよ、せっかくならさ。宇宙に花火とかどう?」
「いいね!おばあちゃんとケーヨは、どんなのにしたいかな」
賑やかな足音が、ラウンジから遠ざかっていく。



2015.10.13 before Happy Birthday, John!

■ postscript

誕生日話で、アランがしょぼーんとした後の話。ジョンがちょっと気にかけてたバージルからの連絡は、コレでした。

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