□ ハロウィン・デス・スイーツを回避せよ 〜降りかかる火の粉編
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窓に寄りかかるようにして立つスコットの表情は、ひどく険しい。
「わかった、最後の望みだったんだが……仕方ない。いや、ケーヨが謝ることじゃない、気にするな。むしろ、早くに連絡してくれて助かるよ……ああ、そうだな。もし出来そうなら……そうか、頼むよ」
低い声での通信を終え、深く息をついたところで少し離れたところで息を飲んで見つめているゴードンとアランを見やる。
「スコット、今の?」
「ああ、ケーヨからだ。お祖母ちゃんはハロウィンパーティーの誘いを断った」
「これが最後のだよね?!」
「うわあああ、絶望的!」
思わず悲鳴を上げるアランとゴードンに、渋い顔のままスコットも頷く。
そう、今の通信は祖母の友人とのお茶、そして買い物に付き合って出かけているケーヨからのものだ。
イベント当日に祖母不在の状況を作り出す為に、兄弟たちはペネロープの人脈さえも利用して祖母をハロウィンパーティーに誘ってもらいまくった。
昨年は成功したのだが、今年はすべて断られてしまった。
恐ろしいことに、断りの文句は「今年は孫たちと過ごしたくてねぇ」だ。
世間様のように、美味しいお菓子が出てくるというのなら、良い歳になった自覚はあるものの祖母のかわいいワガママに付き合うくらいは、お安い御用だ。
が、トレーシー家の場合はそうはいかない。
祖母のお菓子、それは文字通り、地獄への入口だ。
日常、祖母の料理からの逃亡は、各自の責任ということになっている。が、イベントの日は別だ。
なんせ、うっかりと捕まった者は普段の比にならない、恐ろしいデス料理の犠牲者となるのだから。なので、季節折々のイベントの際には、皆で協力して明るい食生活を得る為に頑張っているのである。
「いい、孫と過ごさなくていい!」
「せっかくのお祭りなのに、焦げてるのか、酷い味のかしかない食卓なんてイヤだよ」
血の気を引かせているゴードンとアランへと、スコットも真剣な視線を向ける。
「こうなったら、最後の手段だ。それしか無い」
頷き返す二人の目も、必死だ。

二号のコンテナ四番の中は、四号が入っていないにも関わらず満員御礼だ。
スコットを中心に、バージル、ゴードン、アランに加え、ブレインズもいる。皆、真剣な表情だ。最後に加わった、ホロのジョンだけが微妙な表情を浮かべている。
そんな中、口火を切ったのは皆の頼れる長兄、スコットだ。
「さて、もう知っての通りおばあちゃんは今年のハロウィンパーティーをすべて断った」
地上組の顔に、沈鬱な表情が浮かぶ。日本でいうところの、お通夜のような、というヤツだ。
「ケーヨがおばあちゃんを引きつけておいてくれている間に、あのお菓子を避ける方法を考えなくては」
そう、今、ケーヨはおばあちゃんがすぐには帰って来ないように頑張っているところだ。万が一帰って来ても、まさかコンテナの中でこんな相談中とは思うまい。
『本当に、やるのか?』
不審そうに尋ねたジョンに、つい、とスコットが細めた目を向ける。
「ハロウィンには、ジョンがどうしてもこちらに降りて来なくてはならないようにしようか?」
「ジョンは久しぶりにおばあちゃんのお菓子がいっぱい食べたいって言ってたって伝えとく」
すかさずゴードンが続き、バージルも頷く。
「お菓子だけでなく、ご飯もお腹いっぱい食べたいって付けくわえとく」
『出来る限りの協力をさせてもらう』
ジョンは降参のポーズで、はっきりと告げる。
「スコット、どうにかなる?」
アランがすがるような目で尋ねる。皆も同じような顔つきだ。
「慎重を期する必要はあるが、方法が無い訳じゃない」
「それ、僕も入っているんだよね?」
いくらか不安そうにブレインズが尋ねると、スコットはあっさりと頷く。
「もちろん、ケーヨもだ」
ここまで来たら、発想力と頭の回転の早さで群を抜くスコットに頼るしかない。
「いいか、これは皆の協力が大事だ」
スコットの言葉に、皆、しっかりと頷く。

ハロウィン四日前。
「あのさ、き、聞いて欲しいんだけど」
微妙にどもっているあたり、緊張が伺える様子でブレインズが口を開く。ラウンジには皆集まっていて、おばあちゃん以外は演技が下手なブレインズに少々心配そうな視線を送る。
「その、ポッドメカの部品の改良をしたんだ。で、試してみるのに付き合って欲しくてね」
「へえ、どんな改良なんだ?」
仕組んでいるとは思えない顔つきで、スコットが返す。
「うん、砂の上でも空回りし難いようにしてみたんだ。現地で確認しておくといいと思って」
「確かにそうだな。いざという時に空転したのじゃ困る」
いたって真面目に頷くスコットに、バージルが困ったような視線を送る。
「じゃ、二号の出番になるんだな。けど、今、全体の点検をしてるんだ、行けるとしても二日後ってところなんだが、構わないか、ブレインズ」
「もちろん。確認するのに数日は欲しいんだけど、バージルだけだと大変だから、もう一人くらい付き合ってくれると嬉しいよ。僕は運転は得意じゃないからね」
嘘をつくのは苦手だ、と実際に改良してしまったブレインズなので、ここまで来れば話も流暢だ。
不審な様子は無い。
「じゃ、僕が行くよ」
ゴードンが手を上げる。
「何かと運転することも多いしね」
「そうだな、そうしてくれ。どのくらいかかりそうだ?」
スコットの問いに、ブレインズは首を傾げつつ返す。
「そうだねぇ、二日から三日ってところかな」
「わかった、ジョン、いざという時以外は二号を計算からはずしておいてくれ」
『FAB、スコット』
打ち合わせ終了、とばかりに皆、其々に立ち上がる。
「おやおや、随分と大掛かりだね」
などと言っているおばあちゃんは、ありがたいことに気付いてはいなさそうだ。
先ずは、第一段階は成功といっていいだろう。

さて、その二日後。
バージルとゴードンとブレインズは、宣言通りに二号で出発して行く。
「じゃ、お先に」
「皆も頑張って」
「健闘を祈ってるよ」
一足先に脱出できる喜びか、三人の表情は明るい。
「羨ましいなぁ」
「大丈夫よ、私たちもすぐよ」
真剣に羨ましそうなアランを、ケーヨが元気付けている。なんせ、昨晩、おばあちゃん自身から、はりきって料理するからね!宣言を頂戴してしまっているのだ。
脱出に失敗したら、目も当てられない。
そんな二人と、けろりとした顔つきをしているスコットに見送られて、二号は割と本気の現地試験へと旅立っていく。
大きな緑の機影を見送り、すっかり距離も空いたと見届けたところで、作戦は第二段階。
口火を切るのは、ジョンの役目だ。
『どうも五号の調整をした方がいいらしい。すまないが手伝ってくれないか』
「人だけで足りるのか?機材は?」
スコットの問いに、ジョンはあっさりと返す。
『あった方がいい、頼めるか?』
「ようし、それじゃ、僕の出番だね?!」
アランが目を輝かせて身を乗り出すのへと、ジョンが頷き返す。
『ああ、通信機の調整もあるから、ケーヨも来てくれると助かる』
「ええ、わかった」
大真面目な顔でケーヨも頷き、これで第二陣も逃亡確約だ。

翌日、近いうちにやろうと思ってはいたんだけどね、とのジョンの言葉に応えるだけの機材を積み込み、三号はアランとケーヨを乗せて宇宙へと飛び立っていく。
「じゃあ、行ってくるね!」
「行ってくるわ」
二人の表情が明るかったのは、言うまでも無い。
ソレは、五号へ向かう安定軌道に入ったところだった。
開きっぱなしだった通信に、はっきりと声が入った。
『まあまあ、この分じゃハロウィンはスコットしかいないんだね。まあいいよ、期待して待ってておくれ』
アランとケーヨだけでなく、五号で二人を待つジョンも、先行で逃げ切っていたバージルとゴードンとブレインズも思わず真顔になってしまう。
そう、この脱出作戦はスコットが考えてくれたのだが、当の本人は笑うばかりだったのだ。
「さすがに、前日までに全員が抜けるのは不自然だ。大丈夫だよ、ちゃんと考えてあるから」
そう言うばかりで、考えとやらは絶対に口にしようとはしなかった。
「ホントに大丈夫かな、スコット」
思わず、ぽつ、と呟いたアランに、ジョンが応える。
『明日の朝になっても動けないようなら、レスキューと言うよ』
『コチラの手伝いが必要って言ってもいいかも』
ゴードンも、すぐに返してくる。
『明日の朝の様子見だな』
バージルの言葉に、皆して頷き合う。

さて、少しだけ皆が落ち着けずに迎えた当日の朝。
相も変わらずの早起きをしてきたスコットへと、彼だけへの通信が入っている。
『そちらはおはようね?スコット』
「ああ、そちらはこんにちはかな。ペネロープ」
軽く肩をすくめつつ返すスコットに、ペネロープは優雅に首を傾げてみせる。
『ええ、そうよ。ねぇ、私が手伝いが必要になったら、いつでも声をかけてって言っていたのは本当ね?』
「もちろん。なにせ、Lady Pにはいつもお世話になっているから」
『そう』
にっこりと優雅に笑ったお嬢様は、ごくあっさりと告げる。
『じゃあ、今から私の屋敷に来て頂戴。ハロウィンパーティーをするの。オックスフォードの友人たちが、貴方に会いたいって言って聞かないのよ。助けてくれるわね?』
一瞬、きょと、と目を瞬かせたスコットは、すぐに笑顔になって肩をすくめる。
「FAB、ペネロープ。これは一本取られたな。確かに君から手助けの要請をしてくれと頼んだけれど」
『手伝ってというのは本当よ。今すぐ一号で来て、準備も手伝って』
笑みを深めるペネロープに、スコットはおやおやという顔つきになる。
「ロンドンの真ん中に?」
『大丈夫よ、ちゃんと考えがあるから。それに、寄りたいところもあるんじゃなくて?』
「お見通しか、ああ、すぐに出るから、三十分とは言わないけれど一時間もあれば着くよ」
笑顔で返すスコットに、ペネロープも笑顔で頷く。
『待っているわ』
「おや、スコット?」
朝から通信していたらしいことに、起きてきたおばあちゃんが首を傾げる。
振り返ったスコットは、困った笑顔を向ける。
「おはよう、おばあちゃん。済まないんだけど、ペネロープから呼ばれたんだ。今から出るよ、今日は帰れない」
さらりと告げると、軽やかな足取りでラウンジを後にすべく歩き出す。
おばあちゃんは、大きく肩をすくめるしか無い。
「まったく、慌ただしい子たちだね」
「あ、そうだ」
思い出したように振り返ったスコットは、にこやかに告げる。
「予定が変わって来られるようになったなら、ぜひパーティーに来て下さいって通信が入っていたよ」
「そう、皆いないんじゃあしょうがいないから、行ってくるかねぇ」
「それがいいと思うよ、楽しんでね」
ひら、と手を振り、スコットは今度こそ格納庫の方へと向かう。

二十分後。
五号の重力エレベーターが作動していることに気付いたジョンは、思わず目を見開く。
開いた扉から、何やらどどっと流れ込んでくるモノがある。
「うわ?!」
思わず上げた声に、ケーヨが駆けつける。
「ジョン、どうしたの?え、お菓子?!これ、全部?」
「ふえ、お菓子?ここに??はは、夢じゃないのかなぁ」
寝ぼけた顔のアランが言うが、甘い香りは現実だ。
「いや、本当に全部お菓子だ」
などと言い合っていると、通信が作動する。
『一号が、なんか降らせてきた!』
ゴードンの声だ。慌てたようなバージルの声も聞こえる。
『ちょ、落下速度考えろ!』
『あー、ちゃんとパラシュートついてるよ』
ブレインズの声は、のんきなモノだ。ゴードンも感心した声を上げる。
『すごい、色がいっぱいだ!なんか、キャンディでも降ってきてるみたいだよ』
降りてきたモノを拾ったらしいバージルの声も加わる。
『こりゃなんだ、ええと、お菓子?!』
五号でも、やっと目が覚めたらしいアランが、アレコレと拾い上げてみている。
「すっごい、コレ、食べてみたかったのだ!」
ジョンとケーヨは顔を見合わせる。
「一号が飛んでるってことは、スコットも無事に脱出したか」
「そのようね」
ケーヨも肩をすくめる。まったく、毎度のことながら鮮やかなモノだ。
どんな手を使って脱出したのか、想像もつかないけれど。
「スコット、応答を頼む。こちらジョン」
『こちらスコット、どうぞ』
「まったく、これじゃあtrick or treatじゃなくて」
『trick and treatだね!』
はずんだゴードンの声。バージルもアランも腕いっぱいになってしまったお菓子に笑っている。
ケーヨもお気に入りの一品を見つけたらしいし、ブレインズは色とりどりのパラシュートに喜んでいる。
ホロで浮かび上がったスコットは、に、と口の端を持ち上げる。
『尋ねる暇が無かったから、両方だ。Happy Halloween!』



2015.10.06 Fly away from deth-cook01

■ postscript

自分たちが、恐怖のお菓子から逃げる編。

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