□ ハロウィン・デス・スイーツを回避せよ 〜事故を未然に防げ編
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真剣な顔つきで窓に寄りかかっていたスコットの顔が、ふ、と明るいモノになる。
「そうか、おばあちゃんは承知したか。グッドニュースだな」
息を飲むように見つめていたゴードンとアランは、スコットの言葉から何かを期待する瞳を向ける。
「おばあちゃん、ハロウィンパーティーの誘いを受けたの?」
通信が終わるのを待ち切れずに尋ねたアランに、スコットが口の端を持ち上げ、こくり、と頷く。
「いやったぁ!」
「粘り勝ちぃ!」
満面の笑みを浮かべたアランとゴードンが、飛び上がりながらハイタッチを決める。
「ようし、ハロウィンはご馳走だ!」
「甘いお菓子食べられる!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる二人を、いくらか真顔になったスコットが見やる。唇に、指が一本立っている。
静かにしろ、ということらしい。
「「?」」
どうやら、おばあちゃんに付き合って彼女の友人とのお茶にお供しているケーヨからの通信が続いているようだ。
不思議そうになりつつも、二人は飛び跳ねるのを止めてスコットを見やる。
「誘われたのは持ち寄りパーティーで、お菓子を作って行く、と言ったんだな?」
仕事の連絡でも入ったかのような真面目な顔で返すスコットの言葉に、察しを付けたアランとゴードンの顔から血の気が引く。
「げっ」
「それは酷い」
特にイベント時に張り切ってつくられる大量のデス・クッキングから逃れる為に、ペネロープの人脈をも駆使して祖母をハロウィンパーティーに誘い出してもらえるよう仕向けたのは自分たちだ。
が、その要因たるデス・クッキングの新たなる犠牲者を出したい訳では無い。せっかく祖母を引き受けてもらうのに、申し訳なさすぎる。
「もちろん、手を打たないとマズい。まだ一週間あるから大丈夫……ケーヨが謝ることじゃ無いさ、持ちよりだなんて誰も知らなかった……そうだな、そうしてくれると助かるよ」
通信を終えたスコットは、考えるように腕を組む。
「ちょっと、マズい感じだね?」
ゴードンが軽く眉を寄せながら尋ねるのに、スコットも頷く。
「ああ、このままはマズい」
「ね、ソレっておばあちゃんにパーティー行かないでもらうって言うんじゃ無いよね?!」
アランが必死の顔付きで、スコットの腕にすがらんばかりに尋ねる。
その頭を軽く撫でてやりながらスコットが返す。
「それじゃ今までの努力が水の泡だ。もちろん、おばあちゃんには楽しいパーティーに参加してもらう」
きっぱりと言い切ったスコットは、どこか不安そうに見上げてくる弟たちに、きっぱりと告げる。
「おばあちゃんが作ったお菓子を、入れ替えればいい」
確かに、スコットの言う通りではあるが。
「でも、どうやって?」
ゴードンのもっともな問いに、スコットはさて、というように腕を組む。
「それは、これから考えるさ。おばあちゃんが何を作ろうとしているかによっても変わってくるからな。先ずは、ケーヨが聞き出せるか、だ」
なるほど、おばあちゃんに探りをいれるなら、ケーヨほどの適任はいないだろう。
アランとゴードンは、どちらからともなく顔を見合わせる。
「上手く聞き出せるかな?」
「祈るしかないね、それこそ」
ゴードンも、肩をすくめるしか無い。

おばあちゃんのお供から帰ったケーヨも含めて二号機の四号コンテナには、おばあちゃんを除く皆が揃っている。
もちろん、ジョンはホロだ。
「先ずは、無事におばあちゃんはハロウィンパーティーに参加することになった」
口火を切ったスコットの言葉に、誰からともなく拍手が起こる。なんせ、イベントだからと倍増する料理に向き合わなくていいことが確定したからだ。
が、スコットは軽く肩をすくめてから続ける。
「だが、そのパーティーが持ち寄りであることが判明した。もちろん、おばあちゃんは張り切ってる」
「うえ」
「大惨事になりかねないよ」
バージルとブレインズが、渋い顔でコメントするとジョンが首を傾げる。
『だが、パーティーには行ってもらうつもりなんだね?』
「ああ、家にいるとなったら、その料理の犠牲者は僕たちになるからな。もちろん、人様に食べさせる訳にもいかない」
「もしかして、持って行くモノをすり替える気?」
つい、とケーヨが首を傾げると、すでに聞いていたアランが、大きく頷く。
「そうしたら、誰もおばあちゃんの料理の犠牲にはならないよ!」
顔を見合わせたのは、ジョンとバージルだ。
『確かにそうだが』
「なかなか難しいな」
「そう、難しいミッションだ。でも、皆の協力があれば出来るさ」
不思議なのだが、スコットにこう言われるとなぜか出来る気がしてきてしまう。
ゴードンが、ぐ、と拳を握りしめる。
「それに、やらなきゃ誰かがおばあちゃんの料理の犠牲者だ」
当然、自分たちだって犠牲にはなりたくない。この点、異論を挟む者は、少なくともここにはいない。
「まずはさ、おばあちゃんが何を持って行くか、だよね」
「今のところ、候補は二つみたい」
お茶会でそれとなく誘導してきたらしく、ケーヨがいたって真面目な顔つきで報告する。
「クッキーか、パンプキンプリン」
「うわあ」
出来を想像してしまったアランが絶望的な声をあげる。が、問題はそこではない。
「出来上がった時の重さが違いすぎるねぇ」
困惑顔でのブレインズの指摘に、皆も頷く。取り替えた時に怪しまれない為には、重さは重要なファクターの一つだ。
「大きさも。案外、クッキーってかさばる」
ケーヨの情報に、思わずバージルが天を仰ぐ。
「いきなり行き詰まってる気がする」
「作るモノがはっきりしないと動けないなら、はっきりさせるさ」
一人、どこか余裕のある笑みを崩さないスコットは、きっぱりと言い切る。


キッチンに向かって、賑やかな足音が近付いてくる。
クッキーの抜き型とプディング型の前に仁王立ちになっていたおばあちゃんが振り返ると、顔を出したのはゴードンとアランだ。
「あ、コレだよ、コレっくらい!」
容器を見るなり、ゴードンが声をあげる。
そして、おばあちゃんを見て、片手で拝んでみせる。
「おばあちゃん、この容器貸して?大丈夫、食べ物入れられないようになんてことはしないから」
「うん、僕からもお願い!」
アランにまでも頼まれて、おばあちゃんは瞬きをしつつ孫を見つめるばかりだ。
「コレ?まあ、そこまで言うならいいけどね」
「さっすが、おばあちゃん太っ腹!」
「ありがとう!」
器を手に、暴風のように去ってしまった孫を見送って、おばあちゃんは息をつく。
「まったく、賑やかだねぇ」
それから、ちょいと首を傾げる。
「器が無いんじゃしょうがないね。クッキーを焼くことにしようか」
物影からそっと耳をそばだてていたアランとゴードンは、顔を見合わせ、にっと笑い合いあってから格納庫へと急ぐ。
「やったよ、器ゲットした!」
「おばあちゃん、クッキーにするって!」
整備がてら二号機の前にいたバージルとスコットが振り返る。
「そうか、良くやったな」
にっこりと兄に褒められ、二人共が笑う。
バージルもほっと息を吐く。
「これで動きやすくなったな」
「ええ、次は私達の番ね」
にっこりとケーヨも笑う。

少しよろめきつつ、ブレインズが格納庫にやってきたのは数日後だ。
「クッキーを包み始めたよ」
この顔つきは間違いない、味見させられたのだ。
「情報感謝するよ」
同情顔で返しつつ、スコットがバージルを見やる。
少し顔を引きつらせつつも、バージルが頷く。
手にしたのは、かわいらしい模様のついた箱だ。ちなみに、格納庫の死角に同じ柄の箱があり、ケーヨとバージルが買い出してきた既製品のお菓子の詰め合わせが入っている。
ようは、紛らわしい箱を用意して、隙を見て取り替えてしまおう、という寸法だ。
ここまで誘導したのだから、ココを成功させなくては意味が無い。
だが、うっかりするとブレインズのように、おばあちゃんのクッキーの犠牲になるので、緊張感は否めない。
「ほら、音声だけ入れてけ」
のろのろと動き出したバージルに、苦笑を浮かべたスコットがインナー型の通信機を放ってくる。
さすがに考えは読めたので、バージルは頷いてキッチンへと向かう。
「あ、おばあちゃん、ちょうど良かった。入れ物にコレ、どう?」
手にした箱を見せつつバージルが言うと、おばあちゃんは目を瞬かせてから首を傾げる。
「おや、綺麗な箱だけど、私がもらっちゃっていいのかい?」
「うん、さすがに僕たちは使わないし、ケーヨも今はいらないってさ」
かわいらしい模様は孫達向けでは無い、とおばあちゃんも納得したらしく、にっこりと微笑む。
「そう、じゃいただこうかね。せっかくなら雰囲気のある箱で持っていきたいしね」
「役に立ちそうで良かったよ」
バージルも笑い返したところで、おばあちゃんはまだ包み終えてないクッキーへと手を伸ばす。
「ところでバージル」
うわ、と半ば反射的に身を引いたところで、声が響く。
「バージル、どこにいる?」
「キッチンだよ」
「なら、時間あるな?すまないが来てくれ」
通信機を渡してきた時点でスコットがこうするつもりだったのは分かっているが、いかにも仕事だと言わんばかりな声なのに感心しつつ、バージルは頷く。
「わかった、すぐ行く」
出来る限り真面目に頷き返すと、おばあちゃんに片手を上げてみせる。
「ごめん、スコットに呼ばれた」
「まあ、あの子は相変わらず忙しいね」
そんな訳で、無事におばあちゃんのクッキーを回避しつつ、ミッションは順調に進んだのだ。


ハロウィンの前々日。
明日、パーティーに向かうおばあちゃんの荷物を自家用ジェットに積み込みつつ、お菓子だけはひっそりとに入れ替え、ミッションはつつがなく完遂された。
少なくともアランとゴードンは、そう思ってしまった。
「おばあちゃん、器、ありがとうね!」
「助かったよ!」
借りた時と同じように二人で返して、コレで後始末もおしまい、なんて思ってしまったのだ。
「まあまあ、返ってきたわね」
などと、妙ににっこりとしているとも知らずに。

『スコット、事件発生だ』
「レスキューか?」
難しい顔のジョンに、スコットも真剣な視線を向ける。
『ああ、ある意味では』
不審そうに眉を寄せたスコットに、ジョンは肩をすくめてみせる。
『たまたま通信回路が開いたんでわかったんだが、おばあちゃんに肝心の器をすでに返したのがいるらしくてね、パンプキンプディング作り始めてる』
「なんだって?!」
思わず声を上げてしまったのは、スコットとジョンが通信してるのを見て、レスキューか、と足を止めたバージルだ。
慌てて口を閉ざして、ココが格納庫だと気付いてほっと肩を落とす。
「なんだって、今日返しちゃったんだ」
思わずこぼす間に、真っ青な顔になったアランと、困り顔のケーヨもやってくる。
「ごめん、器返したらおばあちゃんが……」
眉をハの字にして肩を落とすアランに、スコットが苦笑を向ける。
「もう、やってしまったものは仕方無いさ」
『だが、このままじゃパーティーのお客さんは大変なことになる』
気忙しげなジョンの言葉に、アランだけでなくケーヨとバージルも血の気を失う。が、スコットはなぜか、どこか困ったような笑みを浮かべたままだ。
「確かに、このままではね」
軽く肩をすくめてから、一号の側へと歩いて行く。そして、何やら箱を持って戻ってくる。
「これでどうかな」
目を瞬かせながら箱の中を覗き込んだアランは、目を丸くする。
「お菓子だ!」
「このサイズなら、プディングの器をいれたモノと取り替えられそうね」
ケーヨも納得したように頷く。目を瞬かせたのはバージルだ。
「でも、これ、いつの間に?」
に、とスコットは口の端を持ち上げる。
「いつもバージルが言ってるじゃないか、バックアッププランは大事だってね」
確かにこの際、これ以上ありがたい物体は無いのだが。
思わず、ジョンとバージルは息を合わせたように天を仰いでしまう。


無事にやってきたハロウィン当日。
荷物が入れ替わっていたみたいなんだけどね?と困ったように言ってきたおばあちゃんに、「それもお菓子だから使って!」と強引に言いくるめて、無事にミッションは本当に完了だ。
通信を終えたアランとゴードンは、大きく息を吐く。
「あー、最後まで油断しちゃいけないって、ホントだよね」
「うん、さすがにダメかと思った」
「スコット様様だね」
そこまで言ってから、あれ、というようにゴードンが周囲を見回す。
「スコット、もうレスキューから帰って来てたよね?」
せっかくハロウィンだから、ちょっと気分を出そうと飾り付けているラウンジを見回しても、その姿が無い。
デリで買ってきた料理を並べつつ、ケーヨが返す。
「ちょっとだけ用事があるって、一号で出たわ」
「一号で出たって、ソレ、ちょっとって言わないよ」
アランが目を見開く。そこへ、ケーヨとは比べ物にならない量の料理やらお菓子を運んできたバージルが、に、と口の端を持ち上げる。
「ホントにちょっと、だよ。言なれば後始末、かな。なあ、ジョン」
ここまで皆で頑張ったんだから、パーティーくらいは、と言われて降りてきたジョンも、グラスを並べ始めながら頷く。
「ああ、良い後始末だと思うよ」
「それはそうとしてさ、入れ替えて残った方はどうしたの?」
マックスと部屋を飾り付け終えたブレインズが、不思議そうに首を傾げる。そういえば、と、ゴードンとアランとケーヨも顔を見合わせる。
バージルはにんまりと笑い、ジョンの口元もキレイな弧を描く。
「有効利用だよ、なあ」
「実にね」
何やら頷き合っているが、どうなったのかは言おうとしない。
なので、アランたちは帰って来たスコットに尋ねてみたのだが。
「この上なく有効利用したよ」
と、悪戯っぽく笑うばかりで教えてはくれなかった。
ひとまずは、自分たちも美味しい料理とお菓子で、楽しくパーティー出来るのだから満足すべきだろう。
どこぞのアジトで、この上も無く酷い悲鳴が響いたのだとしても、この島には届かない。
それぞれ、グラスを手にして持ち上げる。
「「「Happy Halloween!」」」



2015.10.20 Fly away from deth-cook02

■ postscript

パパも事故を未然に防ぐのは大事だって言ってた(息子一同)。

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