□ 夏のごちそう
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元々熱い地方ではあるけれど。
今年は特別に暑い。なんせ、国立気象局がアラートを出すくらいだ。
「ほら、アラン、ちゃんと水飲んで」
ボトルを差し出しながらのジョンの声に、うだるような顔つきのアランは大人しく受け取る。
「うん、ありがと、ジョン」
「ほら、ゴードンもちゃんと汗を拭いときなさい」
「サンキュー」
ふわ、と投げられたタオルを、ゴードンも大人しく受ける。
忙しく動き回るジョンは、今はまさしくトレーシー家の長兄だ。まるで不在の青い目の彼の存在を埋めようとするかのように。

そんなある日、予告も無く、海の向こうの大学へと進学して不在だった長兄が姿を見せる。
にこり、と笑みを浮かべながら。
「聞いてたけど、ホントに暑いね。オックスフォードに戻りたくなるな」
そんなことを軽く言ってのける彼がかばんに詰めてきたのは、弟たちへの土産ばかりだ。
もちろん、土産話もたくさんに。
わっとむらがる弟たちを優しくさばきつつ、スコットはちょっと用事があるんだよ、と立ち上がる。
「用事?僕らがやるよ、久しぶりに帰ってきたんだ、ゆっくりすればいい」
弟たちを代表するようにバージルが言うのに、スコットは首を横に振るばかりだ。
「ちょっとだけだよ、お前たちの話は、また後で聞くから」
ウソをつかない兄の言葉に、頷いてそれぞれにばらけようとしたのだけれど。
「ジョン」
呼び留められて、振り返ったジョンに笑顔が向けられる。
「すまないけど、後で少しだけいいかな?」
「うん、構わないよ。……部屋にいるね」
「ああ、後で行くよ」
兄が戻った、とわかったなり、ぼうっとしてきてしまった頭に手をやりつつ返すジョンに、スコットはあっさりと頷く。
「わかった、待ってるね」
待ってる、と返したのだけれど。
部屋に入ったなり、どうにもクラクラとしてきて、ベッドへ倒れこむ。
それでも、後でスコットが来るのだからと、うつらうつらとしつつもどうにか目を開けて待っていると。
どのくらいしたのか、そっとノックする音がする。
「うん、いるよ」
そっと扉を開けたのは、約束通りスコットだ。
「ああ、寝てて良かったのに」
そんな言葉に逆らうように、のろのろと体を起こす。確かに体はひどくだるいけれど、たった一人の兄に会いたかったし、話もしたい。
部屋に来てくれるということは、数少ない兄を占有する機会なのだ。逃すわけにはいかない。
「起きられるなら、コレ」
そっと差し出されたカップを目にして、思わず瞬く。
「皆の面倒、ありがとうな。でも、自分も大事にしてくれると嬉しいよ。この暑さが苦手なのはわかってるけど」
柔らかい声を形にしたかように、手にしたカップにはほどよい冷たさのヴィッシソワーズがある。
いつだって、兄はなにもかもお見通しだけれど。この暑さでこんなのしか喉を通らなくなってしまっているのも、一目でお見通しらしい。
そっと、口にする。
少しだけ、ざらっとした舌触りは野菜の繊維をギリギリまで残したかったからだろう。あまり食べられていないジョンに、栄養を取らせるために。
けれど、喉越しはけして不快ではない。
「うん、美味しいよ」
素直に浮かんだ笑みに、スコットもほっと息を吐く。
「そうか、良かった」
あの短時間にどうやって野菜を様々に裏ごして冷やしてきたのか。でも、けして機械任せではないことはジョンにだけはわかる。
だから、それを精一杯で伝える。
「すごく美味しい、ありがとう」
「飲んだら、少し寝るといいよ」
「……寝るまで、側にいてくれる?」
そっと、わがままを口にしてみると、すぐに肯定が返る。
「ああ、もちろん。ありがとうな、皆の面倒をみてくれて」
柔らかい暖かい声と手に、ジョンはやっと、ほっと心が緩むのを感じる。
兄が留学して以来、久しぶりに弟に戻る夜は穏やかに迎えられるだろう。



2016.02.22

■ postscript

「ご飯」しばりでサハラさんよりJさん絡み。リクエストありがとうございました!

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