□ ちいさな祈り
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いつものように夜の定期通信を入れる。
『やあ、ジョン』
いつも通り軽く手をあげてみせたスコットは、すぐに真顔になる。
『何か、あったか?』
「トレースしている案件が二つほどあるけど、緊急性はまだないよ」
ジョンが返すと、軽く頷き返される。
『そうか、注視してなくてもよさそうなら、ちゃんと休めよ』
自分のことはすっかり棚上げだが、それを言っても無駄なことを知っているジョンは、軽く頷く。
「ああ、EOSもいてくれるしね」
いつもなら、トレース案件がある時にはそちらへと戻るのにすぐに通信を切るのだけれど。
微かなためらいだったけれど、スコットはすぐに気付いたらしい。小さく首を傾げる。
『ジョン?』
「ああと、今日」
『ああ、子猫は新しい家族のところへ行ったよ』
バージルとアランが、レスキュー先で見つけた小さな子猫はトレーシー島に来た時には痩せこけてボロボロだったけれど、二人の献身的な世話ですっかりふかふかで、ほどよくぷくぷくになった。
『アランたちに聞いているかもしれないが、とても良い家族だそうだ』
「うん、聞いた。あの子は、今度こそ……」
頷き返したジョンは思わず口にしてしまった言葉に、はっと口をつぐむ。
が、さらりと穏やかな声が返る。
『ああ、今度こそ幸せに長生きしてくれるさ』
バージルはきっと、覚えていない。
いつだったか、まだこの島に来る前のずっと幼い頃に守ると言い張って守れなかった、小さな命を。
あの子と同じ色をした子猫は、今度は元気に旅立っていった。
同じ子ではないとは、わかっているのだけれど。
『あの子の分まで』
そっと付け加わったスコットの声に、少しだけ泣きたいような、それでいてほっとするような気持ちを抱えて、ジョンは頷く。
「そうだね、そうだといい」
あれから猫など、一度も飼ったことが無いのに、二人ともがあの時よりずっと猫に詳しくなっていた。
あの思いを抱えているのは独りじゃないんだ、とほっとしていた。
そして、今も。
「ありがとう、スコット」
心からの思いを乗せて言えば、スコットも口元の笑みを大きくする。
『僕こそ、ありがとう、ジョン』
ああ、きっとあの子猫は幸せになるだろう。
この優しい兄に幸せを祈ってもらえるのだから。



2016.02.23

■ postscript

お兄ちゃんたちも、祈ってる。

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