□ 空が青いから
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例えば、まだあると思ってたお気に入りの飲み物が、もう無くなってたとか。
これっくらいで終わるかなと踏んでいた案件が、思った以上に手間がかかったとか。
このシャツにはこのパンツって思っていたのに、洗濯したのが乾いてなかったりとか。
言うなれば、そんな感じの些細なことの積み重ねだ。
ヒトツヒトツは、きっとたいしたことない。
でも、積もり積もれば、案外、ダメージが大きい。
かといって、人に言ってもわかってもらえない。
そのことにも、なんとなく落ち込んでしまう時って、きっと、誰にでもあるんだと思う。
だから、そういう時には人の来ないところで存分に落ち込む。
それが、ゴードンのやり方のはずだったのだけれど。
「ゴードン?」
なんてこった、最も見つかりたくない人に見つかった。
抱えている膝にうずめていた顔を、のろのろと上げる。
「あー、やあ、スコット?」
いつものように明るく返す気力は無く、かといって変に暗く返す気もなく、中途半端に返せば、スコットも少しだけ困惑したような顔だ。
ここは、レスキューメカではなくて自家用ジェットの保管庫で、今日は誰も買い出しに行かないと確認したから籠っていたのだが。
スコットは少しだけ視線を漂わせて言葉を探していたようだが、やがて、小さく首を傾げる。
「時間、あるか?」
「ん、まぁね」
ここに籠ってる時点で、暇だと告げているようなものだ。
肯定の返事を返したゴードンに、相変わらず、なんだか微妙な表情でスコットは告げる。
「じゃあ、少しだけ、付き合ってくれないか?」
なんだろうな、と思いつつも、ゴードンは素直に頷く。

「付き合うって、コレのことー?!」
思わず知らず、微妙に裏返った声が上がってしまう。
なんせ、ただいま自家用ジェット機は絶賛変態飛行中だ。
宙返りはするわ、急激な高度変化はするわ。
よくもまあ、空間識失調にならないものだと感心する。さすがは、元軍隊経験者というところか。
まあ、ゴードンが目が回らない程度に抑えていると言われてしまえばそれまでで、だとすればスコットにとってはこんなものは序の口なのかもしれない。
隣の座席で自在にジェットを操るスコットは、あっさりと頷く。
「いざって時にはコレも使えるといいと思ってね、ブレインズに改良を頼んでいた。ちょっとたてこんでたから、性能を試す機会がなくて」
すらすらと告げながら、今度は水平線スレスレを舞う。
ふわ、と機体が浮いた瞬間。
キラキラと大好きな海が反射して、そして、真っ青な空と真っ白な雲が眩しいくらいに光る。
「うっわ」
思わず目を見開いて。
そして、魅入られる。
また、美しい翡翠の水に、紺碧の空と真白の。
いつの間にか、膝を抱えていたモヤモヤは綺麗な軌跡を描く飛行機雲と一緒に空に溶けてしまっていた。
隣を見やれば、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。保管庫に来た時の不可思議な表情はどこへやら、だ。
自然と、ゴードンの顔にも笑みが浮かぶ。
「ね、スコット」
「ん?」
「またいつか、乗せてくれる?」
「もちろん」
さらり、といつも通りの声が返って、ゴードンは笑みを大きくする。



2016.02.25

■ postscript

皆もすなる、落ち込みゴードンさんといふものを、我もしてみむとて、するなり。

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