□ 言葉が届くまで
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2号から降りたバージルは、何気なく見上げた視線の先に映ったものに、ぎょっと目を見開く。
1号の搭乗口に、腕を組んで仁王立ちな人物はジョンではないか。いつの間に降りてきたのだろうか、いや、降りようと思えばエレベータを使って8分で降りてこられるのだから、誰よりも早くここに到達するのはわかっているのだけれど。
声をかけてはならぬ雰囲気に、息をのんで、ただ、見上げる。
「なあに、バージル、空が恋しいの?さっき降りてきたばっかでしょ?」
のん気に声をかけてきたゴードンに、慌てて指を立ててみせると、ゴードンはきょと、と目を瞬かせてからバージルの視線が向かっていた方を見上げる。
そして、そのまま、彼も口をつぐむ。
時には、あえて空気を読まずにちゃかすゴードンとて、ここで何か発言するのははばかられたらしい。
ややして、後始末を終えて最後に戻ってきた1号が着陸する。
降りてきたスコットは、当然だが仁王立ちのジョンにすぐに気付く。
「スコット、今日のはどういうこと?」
頭の回転の速さは、やはり兄弟随一らしい。バージルとゴードンが理解する前に、スコットはあっさりと返す。
「今、彼らを失う訳にはいかない」
「アイツらの命の為なら、スコットの腕と目が無くなっていいってこと?ふざけないでくれよ!」
腹からのジョンの怒鳴り声に、びくっと体を震わせたのはバージルとゴードンだけだったらしい。スコットは、何を言っているんだというように軽く眉を寄せただけだ。
「当然だろう?世界大戦起こしたいのか?」
確かに、本日のレスキュー対象はそういった人物だった。意外ともろい世界の安定を保つ、重要なキーマンたち。
GDFのみならず、各国政府から頭を下げられたくらいなレスキューだ。
ヘルメットと左腕のプロテクタを失うような危険をおかしつつ、スコットが見事なレスキューを見せなければ、彼らの命は無かっただろう。
仕方のないことだった、とバージルとゴードンは半ば諦めている。なんせ、止めたところで止まる兄ではない。
が、ジョンは違うらしい。
「それ、スコットの目と腕が無くなるより大事なこと?」
ずい、と身を寄せたジョンは、ぐい、とスコットの腕を引く。微かにスコットの眉が寄ったのは気のせいではないだろう。
ブレインズの設計はいつだって安全基準を十分に満たすモノだ。それが壊れて飛び散るくらいの衝撃を受けた腕が、無事であるわけが無い。
が、スコットは眉以外に微かにすら表情を変えることなく、返す。
「彼らが助かるなら、安いもんだ」
「そんな訳ないだろう!」
ぎゅうっと怪我をしたスコットの腕を握ってみせたジョンは、ぎり、と唇を噛みしめてから続ける。
「また、こういうことをするというのなら、僕は情報を消す」
「ジョン、お前何を言っているのかわかっているのか?それをするというのなら」
「なら、どうするって?僕以外に5号が御せるとでも?」
「地上からでも情報は得られる、それに、今回のような件、お前を通さなくても情報は入るさ」
冷えた声を返すスコットに、む、とジョンの眉が寄る。
バージルとゴードンは、どちらからともなく顔を見合わせる。
「アレ、落ちるまで終わんないよ」
「そうだな、転落用マット持ってくる」
「手伝う、一人だと大変だし」
ひそひそと言葉を交わしながら、それでも出来るだけ急いで分厚いマットを通路の下にそっと置く。
敏感な二人が、下の気配に全く気が付く様子がないのだから色々と知れるというモノだ。
「どうするよ」
「コレ敷いた時点で、知られてるってバレるんだし、そこらで待ってればいいんじゃない?位置が悪そうなら動かさなきゃいけないしね」
ゴードンが肩をすくめるのに、バージルは首を傾げる。
「落ち着いてるんだな」
「僕がジョンに怒られてる訳じゃないからね。ま、怒られてる当人は全く堪えてないけど」
「ある意味、スコットを尊敬する」
「だねぇ、あ、そろそろ来るよ」
ゴードンの言葉通り、怒り心頭らしいジョンがスコットの胸ぐらをつかもうとしてバランスを崩す。あんな細いところでそんなことになれば、結果は火を見るよりも明らかだ。
あっさりと踏み外したジョンを、それはもう見事なくらいの素早さでスコットは片手で掴むと、グラップルランチャーを素早く一号へと飛ばして、ゆらり、と二人が揺れる。
「ケガした腕で何してるんだ!」
また声を荒げるジョンに、スコットはあっさりと返す。
「ジョンがケガする方が問題だ」
「冗談じゃないっ!」
ジョンらしくなく、駄々をこねるような声を上げてスコットの腕を振り払えば、ケガをしている腕は簡単に解けそうになる。が、むざむざとジョンだけを落とすような真似をしないのがスコットだ。
あっさりとグラップルランチャーを手放すと、無理やりジョンを引き寄せて抱きすくめて、しかも体をひねるのが見える。
ドサッという派手な音と共にマットに落ちた時には、見事にスコットが下敷きになってジョンを抱え込んでいた。
「……場数が違うよねぇ」
ぼそ、と二人に聞こえないようにゴードンが呟く。
スコットを下敷きにしたのは、ジョンもすでにわかっていたのだろう。素早く起き上がった顔は羞恥なのか怒りなのか、ともかく頬に血が上っている。
「スコット!!」
「ジョン、ケガないか?」
のろのろと起き上がりつつも、首を傾げてみせる兄に、まだ言うかというように今度こそ首元をひっつかんだジョンは、次の瞬間にはその顔を胸元に押し付けていた。
「ジョン?」
「……頼むから」
「え?」
微かに声が滲んでいるのは、気のせいではないだろう。
「お願いだから、少しは自分を大事にして」
肩も、震えている。
困惑の顔つきで軽く自分の頬をかいたスコットは、ちら、とバージルたちを見やる。それから、マットを指してみせ、拝んでみせる。
ありがとう、と言いたいらしい。それから、見てるのはここまで、という意味でもある。頷きかえして、バージルとゴードンは背を向ける。
視界の端で、スコットの大きな手がジョンの頭に伸びるのがわかる。
弟の怒りには大変に鈍くても、こういう涙には大層弱い兄のことだ。
ほんの少しだけだろうけど、ジョンの言葉の意味を考えてくれるに違いない。それは、バージルもゴードンも一緒なのだといつか伝えられるといい。



2016.03.13(2016.03.14)

■ postscript

兄弟ゲンカ検証TLで思いついたJさんとお兄ちゃんガチ喧嘩編。

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