□ 遠い空に焦がれるまでのお話
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私の両親は、叔父に殺された。
そう言えば、叔父は鼻で笑ってのけるだろう。「私はむしろ、救いの手を差し伸べたのだがね」、そうしゃあしゃあと言い切って。
父の事業を狙って、何もかもを滅茶苦茶にしたのは、ずっと慕っていた叔父だった。
さんざ踏みにじった上で、あつかましくも差し出された手を拒否して、両親は死んだ。
自殺だった。
保険金が無かったら、従業員の最後の給料も、投資家たちへの支払いも出来なかったから。
万が一、両親に何かあった時の私の為にと掛けられていた保険金は、すべて消えた。
両親を恨む気持ちは、少しもない。財源が命の代償だったことは泣いても泣ききれないけれど、今まで会社に尽くしてくれた人々に損をさせずに済んだことだけは、良かったと思うから。
けれど、あつかましくも、またも手を差し伸べた叔父は心底嫌いだ。
「君には、保護者が必要だろう」
知っている、わかっている。子供の抵抗だとも、ようくわかっていて私は逃げた。
あっさりと捕まってしまう寸前に助けてくれたのは、ジェフ・トレーシーという男だ。
父の事業にも出資していた、一代で財閥を築き上げた男。両親の存命中に、なんどか家に来たこともあったから、私のことを覚えていてくれたらしい。
同じ、「保護者が必要だろう」の言葉でも、こんなにありがたみが違うモノかと驚いた。
ただ、私が差し伸べられた手を握り返したのは、財閥の主なら借りたお金を返すのが少々遅めでも、金銭的には困らせることはあるまいと思ったからだった。

そんな、どこか拗ねた思いでいた私を、暖かく迎えてくれたのはパパトレーシーの息子たちだ。
彼らはけして、私の柔らかい部分に踏み込もうとはしなかったけれど、とても優しくしてくれた。
「僕たちも、お母さんがいないんだ」
「でも、君はいっぺんに二人とも失ってしまったんだってね」
「どれほどツラいか、想像もつかないよ」
「だから、酷いことを言ってしまったりしてしまったら、教えてね」
少しだけぎこちないように思ったけれど、五人の兄弟たちのうちの四人がそう言ってくれた。言葉はともかく、彼らの本心だということだけは、そのまっすぐな目を見たらわかったので、私は素直に頷いた。
そうしたら、彼らの長兄という人が柔らかく笑いかけてくれた。
「いつか、君とも家族になれたら嬉しいよ」
四人が、すぐに頷く。
ああ、きっと私には新しい家族が出来るんだ、と素直に思えた。
とても暖かくて優しい、初めての兄弟たち。
パパトレーシーの手を取ったのは間違いじゃなかったんだ、そう思えた。

けれど、なにもかもが順風満帆だったわけじゃない。
むしろ、前途多難だった。
なんせ、パパトレーシーが入れてくれた学校は、良家の子女が行くところだったのだ。
戸惑いを察してくれたのは、やはり兄弟たちだった。
「ごめんね、パパはあれで、案外世間知らずなんだ」
「特に女の子のこととなると、ね」
「困ったことがあったら、いつでも言ってね」
だけど、問題のほとんどは大富豪の息子たちである彼らとの距離が近いということだったから、当然、言える訳もない。
そもそも、こちらの地域の良家の子女のふるまいや習慣を知らない私が、彼らと家族同然であることは一部の人々からすれば許されざることなのは、当たり前なんだろう。
少なくとも、物理的なことからは実力で逃げる自信があったから、だから耐えられると思っていた。
心が削られていくことが、こんなにツライなんて、知らなかった。
大切な両親を、大好きだったはずの叔父に殺された時点で、最悪を知ったはずだったのに。
そんな私の葛藤など知らぬげに、兄弟たちは明るく構ってくれる。
特に、長兄であるスコットは両親を失ったばかりの私を気に掛けてくれていた。
「かわいいマスコット見つけたんだ、ケーヨのカバンに似合うんじゃないかな」
と、優しい色のバッグチャームをくれたり、帰宅時も気付いたら一緒に歩いてくれたり。
でも、そんな無邪気な気遣いは、むしろ私に絡む彼女たちに火をつけるばかりで、少しだけ苦痛になってきた朝。
スコットは、にっこりとほほ笑みながら髪飾りを出してきた。
「昨日見つけたんだけど、ケーヨに似合うと思って。つけてもいいかな?」
優しい兄弟たちの思いやりを断る言葉なんてなくて、でも、学校に行ってからが不安で、それでも、私は頷くしかなかった。
案の定、学校ではすぐに彼女たちに取り囲まれてしまったけれど。
いつもと違ったのは、引きちぎるように奪われた髪飾りだ。一緒に髪が何本かちぎれて、思わず小さく悲鳴を上げる。
しかも、次の瞬間には無残にスコットから贈られたキレイな髪飾りは、踏みにじられていた。
さすがに、我慢の限界と唇を噛みしめて、こぶしを握った瞬間。
「そこまでだな」
冷え切ってはいたけれど、聞き慣れた声に思わず顔を上げる。
そこには、ひどく冷えた視線のスコットがいた。
「ツマラナイことしてる連中がいるってのはわかってたけど、まあ、ホント、救いようがないね」
何のためらいもなく、ボロボロになった髪飾りを手にしたスコットは、酷薄な笑みを浮かべる。
「今の始終、ぜーんぶ収めてあるからね、ココに」
みせたのは小型映像端末だ。確か、財閥の最新鋭のモノだったはず。
「先生には言うよ、君たちの所業は目に余るからね。ただ、パパに言うのはまだ待ってあげる、意味はわかるよね」
今や、地域経済には欠かせない財閥の当主が、家族を傷つけるマネをした者がいると知ったらば。なんせ、かの財閥に関わらない人はいないと言われる存在だ。
きっと、家族の安否よりも、アコガレのスコット・トレーシーに自分たちの所業が知られていたことに顔色を変じつつ、彼女たちは小さく頷く。
それから、そそくさと散っていくのを見届けてから。
スコットは、困った顔を向けてくる。
「ごめんね、ケーヨ。証拠を押さえるのに、時間がかかっちゃって」
慌てて、首を横に振る。
このことで、まさか、彼らの手を煩わせてしまうとは。
なのに、スコットは笑みを深めるのだ。
「大丈夫、他の兄弟は知らないよ。だから、安心して」
そっと、ふわりと髪を撫でられる。
知られたくなかった以上に、気付いてくれていたことに安心していることに罪悪感と申し訳なさを感じだけれど、それ以上に嬉しいことに、何より私が驚いた。

それから、結局のところ、私に絡んでいたうちの一人だけが転校した。
あの後の状況からして、あの時のスコットの言葉は大げさな脅しだと思っていたらしく、何度か絡んできたのだ。
結果は、両親の離婚、そして母親と共にの引っ越し。とある場所で、父親たる人がスコットにひれ伏すように頭を下げているのを、偶然見てしまった。
彼がどんな手を打ったのかは、私は聞かなかった。だって、ただただ私の為に動いてくれたことは事実なのだから。
「もう安心だよ、今日はちょっとだけ僕に付き合ってくれるかな」
そう言ってスコットが連れて行ってくれたのは、アイスクリームショップだ。
「不調法でごめん、僕、あまり女の子が喜ぶ場所は知らなくて。今日は始末が遅れたお詫びに好きなのを好きなだけおごるよ」
気付いてくれて、救ってくれた上に、フォローまでしてくれるなんて。
でも、好意に応えないのはきっと返って傷つける。そう思うけれど、あまりにフレーバーが多くて、とてもじゃないけど、選べなくて。
困惑に困惑を重ねていると。
スコットは私が遠慮していると思ったらしくて、困った笑みを向けてくる。
「ね、選べないなら、僕のおススメでもいいかな?」
こくこく、と頷いた私の前に置かれたカップは。
大好きなフレーバーが三つも盛られて、あまーいアイスの途中に飲んだらシアワセなサイダーまでついているプレートだ。
なにもかもが大好きな組み合わせに、もう、目を見開くしかない。
「これ……これ、大好きなの」
思わずつぶやいた声に、ふうわりとスコットの笑みが大きくなる。
「良かった、あたってたね」
ああ、こんなにも優しく私を見つめていてくれる人がいるのだ。
そう、知ってしまったから。
弟たちへの態度を見ていたら、私への対処が大事な家族の一員へのというのは、一目瞭然だけれど。
ああ、誰にも言いません。
誰にも告げませんから。
だから、この優しい人を想うのを、どうか許してください。



2016.03.27

■ postscript

ねつ造とニーズの無さ度がカンストしている、SK話、出会いからほのかな慕情編。

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