□ 少しだけお預け
[ Index ]

1号を定位置に降ろし、エンジンを停止させたところでスコットは半ば無意識に肩を軽く回す。
実際のレスキューより疲労感を感じるのだから、因果なモノだ。が、大人の事情というものには、えてして言葉以上の重さが加わっているわけで、その重量をやり取りしているのだと思えば、この疲労感も納得出来るのかもしれない。
ひとまずは、今回も乗り越えることが出来たのだ。
今はそれで、良しとしよう。
軽く首を振って、誰もいないことをいいことに帰路浮かべていた表情を消し去る。
1号から降りたつ時には、いつものスコットだ。
いや、そのはず、だったのだが。
え、と目を瞬かせたのを、誰も責められまい。
なんせ、自分が足を下すはずの場所には、なぜか。
「え?う、うさぎ?」
戸惑った声をあげつつも、じっと見上げてくるその小動物を見つめ返す。
ヘタに驚かせて走り回ろうものなら、あっという間に転落してしまうだろう。コチラの緊張感を可能な限り隠しつつ、そっと膝を折る。
通常のうさぎより鼻がぐっと低く、その耳は大きく垂れている。目前まで手が伸びても大人しいままのそのコは、どうも人馴れしているようだ。
「ホーランドロップかな、お前は」
そっと頬を撫でてやれば、嬉しそうに目を細めてすり寄ってくる。これは安全に確保出来そうだ、と心底ほっとしつつ、そっと抱き上げる。
細い通路を、いつもより心なしか早足にわたり切ろうとしたところで、また、その足が止まる。
「なんだ、こんどは……ヒヨコ?」
やたらと後頭部がふわふわした毛のヒヨコが、腕の中のウサギと同じようにつぶらな瞳で一心に見上げてきている。
「いや、そこは危ないから、な?」
こちらも大人しくスコットの手に回収されてくれたので、早いところ安全な場所に、と歩みを進め始めたスコットの目は、またも見上げてくる小さな命を捉えるのだった。

結局のところ、ヒヨコが5羽、ウサギが4匹という大所帯となったところで、さすがにコレはおかしいとスコットも気付く。
どのコも間違いなく人馴れしているし、さすがにこれらのヒヨコが育ったらどんな鶏の種類になるのかまではわからないが、ウサギの方はホーランドロップにドワーフホト、ミニレッキスにネザーランドドワーフとなっては、どう考えても間違って紛れ込んだではありえないラインナップだ。
いつだったか、ああいうコを撫でたら癒されるんだろうな、などと言ってしまった言葉を兄弟の誰かが記憶にとどめていて、仕掛けてきたに違いない。
これだけふわふわが揃えば嬉しくない訳はないが、危ういところに配置したのはいただけない。
一言、注意はしなくてはなるまいと心に決めたところで、ちょうど人影が差したのだが。


ご馳走もケーキも完璧に用意して、1号が帰還するのを兄弟揃ってこの目で見たというのに。
待てどくらせど、スコットは姿を現さない。
「遅いねぇ、スコット」
しょんぼりした声を出すアランに、ゴードンが視線を彷徨わせるのを目ざとく見つけたのはサプライズだと降りてきていたジョンだ。
「ゴードン?」
「いやあ、前にスコットが小動物撫でたら和みそうって言ってたからさ、ペネロープに協力してもらってちょっと呼び寄せはしたんだけど、ねぇ」
ようは、途中でナデナデ天国いハマっているということらしい。
「いや、だとしても遅すぎるだろう」
バージルの声に含まれる懸念に、誰もが頷く。

「あー、なるほど、こういうことかぁ」
思わずというようにゴードンが声を上げる。
目前には、なんともメルヘンな光景が広がっている。
人ほどもある大きなウサギによりかかって、スコットはすやすやと寝息を立てている。その腕には、小さなウサギとヒヨコがきゅうきゅうと寄り添うように固まっていて、やはり気持ちよさそうに眠っている。
疲れて帰還した兄を、小さき生き物たちはちゃあんと癒してくれているようだ。
「これは、起こせないねぇ」
「お祝いはしばらくお預けだ」
ちゃっちゃとこの区画の温度と湿度を調整してのけたジョンは、ここで騒がしくするなと言いたげに手を振ってみせる。
横暴だ、とは思うが、スコットを起こすのは本意ではないので、皆大人しくこの場を後にする。
自分以外にはとことん優しい兄がこの世に生まれてきてくれた、奇跡のような日に、ゆっくりと眠れているのなら、これ以上のことはあるまい。
そっと、扉を閉めつつ、ジョンは呟く。
「Happy Birthday, Scott」



2016.04.04

■ postscript

お兄ちゃん生誕祭ラスト、金具さんよりもふもふの罠。
お題、ありがとうございました!

[ Index ]