□ それは誰のための
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5号にある水耕農場で慣れた様子で野菜の葉を摘み取っていくジョンに、EOSが話しかける。
「ジョンは、ここが好きだね?」
「まあ、好きな方だろうね」
「なぜ?」
問われたジョンは、小さく首を傾げる。
「そうだな、何かが育っていくのを見るのは悪くない。生育の為のプログラミングは僕がやっているしね。やはり、ソレが図にあたると嬉しいというのはあるな」
「的確なプログラミングを目指すために、普段はジョンがあまり食べない野菜も育てている、ということ?」
「ん?」
「今、摘み取っている野菜は、普段はジョンがあまり食べないモノだ」
さすがは、というべきか、忘却ということを知らぬEOSは良く見ている。
ふ、とジョンの口元に笑みが浮かぶ。
「そうだね、そういうことにしておいてくれ」
「ジョン、それは答えになっていない。私の仮説が間違っているということだ」
「表向きはあってる、それでいいだろ」
「良くない、ジョン」
不機嫌な口調になるEOSに、ジョンは肩をすくめてみせるが、正確な回答を口にすることは無く農場を後にする。
「ねぇ、ジョン」
通路を行くジョンを追いながら、更に言い募るのへと、ジョンは唇へ一本指を立ててみせる。
「EOS、少しの間でいいから静かにしていて。そして、通信が終わるまでは黙っていてくれ」
「ジョン」
EOSの不機嫌が頂点の声も耳に入らぬ様子で、ジョンは通信を開く。繋がった先には、スコットが現れる。
『やあ、ジョン。どうした?』
やわらかに問いつつも、その目には緊急を要するレスキューかとの懸念が浮かんでいる。
「レスキューではないよ。トレース案件も出てない。だから5号の全面メンテナンストレースをしてみたら、ちょっと早めに手を打った方が良さそうな箇所があったんだ。残念ながら、一人では手に負えなくてね、悪いんだけど、ちょっと上がってもらえないかな?」
『FAB、ASAPで上がろう』
「助かるよ」
あっさりと終わった通信に、それを待ったかのようにEOSが口を開く。
「ジョン、スコットをここに呼ぶの?」
「聞いた通りだ」
返したジョンは、急ぎ足でどこやらへと向かい出す。その後を追いながら、EOSは少し怒りを含んだ声を出す。
「ジョン、スコットは酷く疲れてる。顔色も悪いし目の下にクマがある。バイタルデータも良好じゃない。なのに5号の緊急でないメンテナンスに付き合わせるのは賛成出来ない」
「ああ、その意見には大いに賛成だ」
その言葉と共に到着したのがキッチンであることに、EOSは戸惑ったようだ。
「ジョン、もうすでに宇宙エレベーターは下へ通り始めている。スコットが搭乗する気で動かしたのは明らかだ。なのにキッチンで何を?」
「もちろん、野菜の有効利用だよ。スコットはここ数日、まともな食事をしてない。僕にどうのこうの言う資格は無いレベルでね。だから、EOSにはちょっと協力してほしいんだ」
ここまでくれば、EOSとてジョンが何をしようとしているのかの察しはつく。
「スコットを休ませようとしてるんだね?」
「そう、協力してくれるだろ?」
「もちろん」
生みの親であるジョンのことも大好きだが、なんだかんだで面倒見の良いスコットのこともEOSは好きだ。
彼が披露しきって倒れたりするのは歓迎できない。自分の為でもあるが、大好きなジョンの為にも。
「何をすればいい?」
「宇宙エレベーターを仕切ってくれ。5号に上がるまでにバイタルチェックが必要だ、とね。結果はもうわかっているだろう?」
口の端だけを持ち上げたジョンの言葉に、EOSも表情があるのなら笑みを返したろう。
「わかった、すぐにエレベーターに追随する」
「通信はあけといてくれよ」
「もちろん」
それだけを返して、EOSはエレベーターへと飛ぶ。
ちょうど、スコットが搭乗しようとしているところだ。
「いらっしゃいスコット。5号まではEOSが案内する」
「やあ、EOS。頼むよ」
実にあっさりと笑みを返したスコットは、椅子へと身を預ける。
そのどこか投げ出すような仕草にも、疲労の色は隠しきれていない。
「スコット、短い時間だけどエレベーターの安全運航はEOSが保証する。ゆっくりとしていて」
「そりゃ頼もしいな」
また笑みを返してきたスコットの様子を素早くスキャンしたEOSは、絶妙な温度設定と座席の角度設定を行う。
狙いが図に当たった、と判断したのは5分後だ。
「ジョン」
『EOS、どうした』
少しだけ懸念を乗せた声を返してきたジョンへと、静かに声を静めて返す。
「思った以上に上手くいった。スコットはぐっすりと寝ているよ。バイタル状態から、1.5時間は眠るだろう」
『よくやったよ、EOS。スコットの状態をよく観察していてくれ』
「わかった」
とはいえ、すべてのルーチンを眠ってしまったスコットへとかける必要もないので、ほとんどを5号へと引き上げてみると。
キッチンでは摘み取られた様々な野菜が細かくされて煮混まれていた。
「ジョン、これは?」
「スコット仕込みの野菜たっぷりのポタージュだよ。僕にも良く作ってくれているからね、いい加減覚えた」
重力を上手く利用して時間を短縮しつつの調理は、なかなかに手早い。
柔らかく形を失った野菜を、粗目にこしていく手つきも慣れたものだ。
「ジョンにこんな特技があるとは知らなかった」
「ま、こっちではあまりやらないからな」
「だから、無理矢理スコットに地上に降りてこいと言われる」
「そうだね」
その口調は酷く柔らかい。
意味を悟ったEOSは、呆れてため息をつく。が、すぐに思い直す。
「でも、不調に全く気付かないスコットの方がタチが悪い」
「だろ?」
スープの仕上げを終え、味見を終えたジョンは、また早足に歩き出す。
「ジョン、今度はどこへ行く?」
「スコットにうわかけくらいはかけてあげないとね。椅子のままじゃ寝づらいだろうし」
「なるほど、人は難しい」
そして、とても優しい。
全て機械で出来ているはずの自分のどこかが、なぜか暖かくなるような気がしてEOSは幸せだと思う。



2016.07.17

■ postscript

気まぐれにお題を募集したところ、YOKOさんよりJさんが5号で野菜を育てて料理する、というステキお題をいただきました。

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