□ 深いソラ
[ Index ]

今日も無理かな、とあきらめかけたところで、その音が耳に入る。
あの轟音は、間違いなく1号だ。
いつもならトレーシー家が実質オーナーである会社での打ち合わせへは自家用ジェットで向かうのだが、今日はギリギリまでレスキューがおしたので、1号を使ったのだ。
レスキューに、協力相手であるGDFとの折衝、そして運営費を得るための会社での打ち合わせ。スコットはいつでも多忙だ。しかも、相手は海千山千の連中ばかりのはずで、それらを上手くさばいているあたり、ゴードンは感嘆するしかない。
風圧に影響されないギリギリのところにゴードンがいるのを、スコットは視認してくれていたらしく、動力を停止してすぐにコックピットが開いて顔がのぞく。
ゴードンがレスキュースーツを着ているのもわかっていたのだろう、気忙し気だ。
「どうした、何かあったか?」
「ないよー、ちょっと付き合ってほしいところはあるけど」
ひょい、と4号のある方を親指で指してみせれば、微かに眉を寄せつつもグラップルランチャーを使って最短で降りてきてくれる。
「僕が一緒に行けばいいのか?」
「ん、そうそう。急ごう、あんまり時間はないんだ」
ぐいぐいと腕を引いて4号へと向かう。
乗り込んでも、何やらゴードンの顔色を見やっているようなので、発進準備を手早く進めながら口角を上げる。
「本日は、サンダーバード4号にご搭乗いただき、まことにありがとうございまーす。機長はゴードン・トレーシー、最後まで快適な旅をお約束いたします」
軽い声に、スコットがやっと苦笑気味だが表情を崩す。
「さ、いっくよー。Thunderbird is go!」
発進してそうそう、どこへと向かっているのかはスコットにもすぐにわかったようだ。
「潜ってるのか?」
「うん、200mくらいんところ行くよ」
あっさりと向かう先を告げれば、きょと、と軽く首を傾げいている。
「200m?トワイライトゾーンの上の方だな」
「そう」
さんざ海の知識を得る時に付き合わせた成果だろう、あっさりと兄が場所を理解したことに、ゴードンは笑みを抑えられない。
1号や2号には及ばないとはいえ、4号とてそれなりの機動を有しているわけで、ほどなくして目的の深さへと到達する。
「はい、到着ー。明かり消すよー」
「ああ?」
不思議そうではあるものの、あっさりと頷くスコットを横目に4号が有しているライトをすべて消す。
ほどなくして。
ふわり、ゆらりと。
よし、間に合った、とゴードンは内心で握り拳をつくる。
ほのかに、きらり、ゆらり。
何かが、ゆらゆらと上下しながら微かに光る。
青、薄青、青緑、緑。
色と数が、最初は少しずつ、ややもすれば急速に増えていく。
そう、それはまるで、海の星空のように。
「発光性カイアシか」
少しだけひそめた、けれど驚きを隠せないスコットの声。
「うん、そう。日周鉛直運動だよ、ちょうど、ココ、大潮なんだ」
「図鑑では読んだが……まるで星だな、これは」
「そ、海の中にも星空はあるんだって思うよね」
スコットも思ってくれたことに、大満足しつつ返す。
「そうだな、見事なものだ」
「独り占めもないかなーってさ」
そして、少しでも何もかもを背負ってくれているスコットが癒されますように。そんな願いを込めつつ告げれば。
「ありがとうな、ゴードン」
柔らかな声が返る。
隣にいるはずの兄の表情は見えないけれど、それでもどう思ってくれているのかは声色で伝わるので。
「へへ、ほら、あそこ」
気配を正確に察してくれたのだろう、弾んだ声が返る。
「ああ、あれはクラゲか」
「うん、そろそろイカもくるんじゃないかな」
時折ひどく光がかき乱されるのは、光らないモノたちも集まっているからだろう。
たった一つの明かりで台無しになってしまう、ほのかな光たちの競演に、二人して身を預ける。



2016.08.28

[ Index ]