□ だからもう、彼はいない
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「今回のご報告は以上でございます」
丁寧というよりは、どこか慇懃無礼さが見え隠れした口調で、初老の男が告げる。
「ありがとうございます」
返答したスコット以外は、皆、似たり寄ったりの年齢だ。皆の視線が寄越す無言の言葉は共通だ。
とっとと、了承しろ。
父が立ち上げたこの会社は、今ではトレーシー家はオーナーという立場にある。定期的に会社の経営状況を確認し、必要とあらば口を挟む。
ただし、スコットが代理を勤めるようになってからは、それは形骸化している。会社の首脳陣の態度はあからさまにスコットを舐めてかかってきたのだ。
実際、会社経営については素人であるスコットは、余計な差し出口はしない方がスムーズに進むと理解していたので、ある意味彼らの思惑通り、報告を聞いては頷くことを続けてきた。
が、今日は違う。
「ところで、ヒトツ質問があります」
一言の了承で終わると気を抜いていた彼らが、一斉に面倒そうに眉を寄せるのをあっさりと無視して、スコットは続ける。
「この会計報告ですが、仕様用途不明金が期に3%ずつ増加している。この理由と内容をご説明いただきたい」
「雑費ですよ、どこにでもあるモノです。まさか、ペンの一本一本や紙の一枚ずつの用途を書き出せとはおっしゃらないでしょう?」
「申し訳ありませんが、今期に限り、その面倒をお願いしたい」
ざわ、と首脳陣たちがざわめく。
その中でも、彼らの中心ともなるべき男が持ち直すのは早かった。苦笑を浮かべ、ワガママを言い出した若造をなだめるかのように肩を軽く竦めつつ口を開く。
「スコットさん、それは無体というものですよ。お父様でしたら」
「ええ、当然、おっしゃるような雑費が存在することは承知しております。ですが、父の頃はこの金額は常に一定を保っていました。先ほどおたずねさせていただいた通り、私になってから期ごとに3%ずつ増している。さすがに看過することは出来ません」
冷静で平坦な声に、誰かが聞こえないとでも思ったのか小さく舌打ちする。
もう一人が口を開く前に、スコットは言葉を継ぐ。
「もう、父はおりません」
先ほどまでと同様に平坦な声ではあるが、どこか切りつけるような口調に、びく、といい年の男たちが肩を震わせる。それに気付かぬふりで、続ける。
「ですから、出資を続けるか止めるかは私の一存にかかっている。その点、よくご理解をいただきたい。出資を停止した際に、この会計を目にした他の投資家がどう思うかもよくよくお考え下されば幸いですね」
一気にカードを切れば、会社の代表たる男の顔色が変じる。
「あー、ミスタートレーシー。その、会計処理に不備があったかもしれません。取り急ぎ確認して、すぐにご連絡をいれましょう」
睨むような視線を向けられた会計部署の最高責任者が、あたふたと席を立っていく。
「遅くとも、三日以内には。それで、いかがでしょうか?ミスタートレーシー?」
「お願いします。お待ちしていますよ」
にこり、と笑みを浮かべて了承を告げれば、幾人かが息をつく。
そう、パパはもういない。
だからといって、その惣領息子をナメてもらっては困るのだ。この会社の経営は健全であってもらわなくてはならない。
大事なインターナショナルレスキューを続けつづけるためにも。



2016.08.31

■ postscript

#リプ来たセリフでワンシーン書く という気まぐれタグにお付き合いいただいた結果。
YOKOさんより「だからもうパパはいないんだ!」

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