□ シナモンは控えめに
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バージルは、思わず唇を噛みしめる。
なんてことをしてしまったんだろう。
自分はただ、美味しいリンゴが食べたかっただけなのに。先日のレスキューで、お礼にと半ば無理矢理におしつけられたのは、リンゴが2個入った袋だった。
受け取らないという選択肢は許さないという勢いの救助相手に困ってしまって受け取った。
帰宅して、食べてみたリンゴが、これはもう美味しかったのだ。
これは、無下に食べるのはもったいない。
そう思ったのが仇になった。
冷蔵庫にいれていても、生ものには終わりがやってくる。
今、バージルが手にしたリンゴは明らかに腐っている。
助けた人の好意を無駄にしてしまった、という思いと、食べ物を粗末にしてしまった、という二重の悔しさで視界が滲む。
「バージル?」
ふ、と間近で聞こえた声に、はっと視線を上げればスコットが首を傾げていた。
が、こちらが口を開く前に、状況を理解したらしい。
「ああ、あのリンゴ、ダメになってしまったのか。ここのところレスキューが忙しかったもんな」
あっさりとダメになったのはバージルのせいではないと言ってのけた兄は、ぽんぽん、とごく当たり前のように頭を撫でる。
「りんごなら僕が買ってやるから、な?」
見透かされた上に、フォローまでされてしまって言葉を失っているうちに、兄の背はあっさりと遠ざかっていく。

あの時、酷く落ち込んでいたバージルを元気づけるための方便だったと思っていたのに。
「ほら、約束のリンゴだ。試食やってたが、確かに美味かったぞ。バージルの口に合うかはわからんがな」
そんな言葉と共に膝に置かれた量に目を見開く。
「スコット?」
「ま、好きなだけ食べろ」
なんだかんだで弟に甘い兄は、完全に量の目測を誤っている。
なんせ、袋にいっぱい入っている。これでは、普通に食べていたら大量に腐らせてしまいそうだ。
二の舞は踏むまい、と頭を巡らせたバージルは、ヒトツ頷いて立ち上がる。

「あっれー、イイ香りがするねぇ」
最初に気付いたのは、レスキューから戻ったゴードンだ。
「ああ、もうすぐ出来るから、さっさとシャワーあびてこい」
バージルが返せば、にっと笑って頷く。
ゴードンに知れたら、後は問題ないと思っていたが、案の定だ。
もうすぐ出来る、という時間に姿を現したのはゴードンだけではなく、アランもスコットもだ。
「わ、ホントだ、イイ匂い!」
嬉しそうにアランが笑み崩れれば、スコットも頷く。
「たくさんリンゴあったから、アップルパイにしてみた」
告げれば、頷いたスコットが耳元に手をやる。すぐに、ふわり、とホロが現れる。
『なにがあった、スコット』
気忙し気に返すジョンへと、スコットが笑みを向ける。
「バージルがアップルパイを焼いたんだ、焼けたてだぞ、降りてこい」
ひどく怪訝そうになりつつも、ジョンは首を傾げる。
『バージルが?』
「そうそう、すっごくイイ匂いだよ!届けられないのがもったいないくらい!」
「早くしないと、僕ら食べちゃうよ!」
スコットの脇から、アランとゴードンが口々に告げれば、ジョンは軽く肩をすくめて頷く。
『了解、ご相伴に降りるよ』
急な展開に目を瞬いていたバージルは、取り出したばかりのアップルパイを見やる。
リンゴをダメにしないためと作ったパイは、思いがけず兄弟集合のキッカケになったらしい。
堪えきれない笑みで表情を崩しつつ、ナイフを手にする。
さて、せっかくのリンゴの風味を生かすために、レシピよりシナモンを控えたパイは兄弟たちの口に合うだろうか。
合うことを祈りつつ、なるべく均等に切り分けていく。



2016.09.03

■ postscript

あつやさんの「涙目でりんごを割りくだくバージル」というお題絵から会話が弾みまして、リンゴを駄目にしちゃったバージルにお兄ちゃんが山盛りリンゴを買ってきてしまって、困ったバージルはアップルパイ焼きましたとさ、となったら、なんと「アップルパイとバージル」という素敵絵まで拝ませていただいた勢いで書きましたとさ。

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