□ その背には見えない翼
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務めて平静な声でジョンが状況を整理して告げる。
『脱出機能動作不能、起爆条件は高度低下もしくは速度低下、そして重量低下。ただし、実質の脱出よりスレッシュホールド越え感知までは60秒程度の所要時間が見込まれる』
凪いだ表情で眼下に最新鋭の軍用機を捉えながら、スコットは返す。
「感知するのは重量低下だけか?」
『重量上昇に関しては感知しない。EOSがサーチした、間違いない』
「各数値感知が無くても爆破はするんだな?」
『ああ、タイマーは30分を切ってる』
「そうか」
1号の軌跡は、ぴたり、と眼下を行く軍用機を追随し続けている。
「わかった、後は殿下の判断だな」
『そうだね』
ほんの少し、ジョンは瞼を塞ぐ。
かの国からは、どうあっても救ってほしいという人物が搭乗する最新鋭の軍用機には、爆弾が仕掛けられていた。ご丁寧に、絶対に脱出出来ぬようあらゆる細工を施して。
無茶な交渉をしてきたテロリストたちへの対応に追われつつ、かの人だけは救ってくれとGDFを通じてインターナショナルレスキューに救助依頼が入ったのだ。
殿下、とスコットが呼んだ通り、かの軍用機に搭乗しているのは軍務についているとある国の皇太子殿下だ。
まだ年若いが年不相応なくらいな落ち着きをもった彼は国民の絶大な信頼を得ている。
彼の命を質にするのは、テロリストたちには大きく有利になるし、命を奪えばかの国に絶大な絶望を与えることになる。
ソレをされたくなくば、という訳だ。
ようは、解除装置は彼らの元にだけある。
「殿下、インターナショナルレスキューです」
スコットの声に、すぐに返答が返る。
『やあ、先ほどから伴走してくれているのは君だね?』
「上空から失礼しております」
『いや、君の方からは国につなげることは出来るか?』
「はい、殿下」
『そうか、では伝達を頼む。ヤツらの要求には一切応えるな、と。弟も幼いが立派にやっている。あと数年だけ待ってくれれば良いから、と』
覚悟を決めた者の声だ。
スコットは、軽く瞼を塞ぐ。
「承知いたしました、少々をお待ちを」
連絡を待つGDFとかの国へと、通信を入れてから。
再度、EOSとジョンの努力によってどうにか繋いだ殿下への通信を開く。
「殿下、要求に応えるなとのご伝言、お伝えしました」
『後半はどうした』
「その件ですが、ご相談がございます。私に賭けてはいただけませんか?」
少しだけ怪訝そうな声が返る。
『賭ける?』
「今からそちらに降り、窓を飛ばします。そこからの脱出をお考えいただけませんか?」
『降りる?ここに?』
何を言い出したのか、という少し笑いを含んだ声に、スコットは静かに頷く。
「もちろん、そこに上手く降り立ってからお考え下さって構いませんから。では、一度通信を切ります」
『君!やめたまえ!』
スコットの声に本気を聞いたのだろう、殿下の焦った声が返るが、返さずに通信を切る。
互いにマッハで飛ぶ、そんなところに生身が飛び出すとは思いもよらないのはわかってる。
だが、躊躇いは無い。
位置を軍用機の前へと調整し、並走状態へともっていってからコックピットを開き、ジェットパックの出力を最大にワイヤーの先につかまり、飛び降りる。
救助慣れした視線の先に、ぽかん、と見上げる殿下の顔が見える。
アレがきちんと見えるなら問題ないルートを取っている証拠だ。
外から見れば、マッハの機体から飛び降りるバカにしか見えないだろうし、その風圧で揺れる頼りない者にしか見えないだろうが。
マグネットブーツは今回も仕事をしてくれて、確実に軍用機に取り付く。
身振りで伏せてくれ、と告げれば、世間様には見せられないほどにぽかんとした表情をしていた殿下は、さっと身を伏せてくれた。
賢い方で助かるな、と思いつつ、グラップルランチャーをレーザー仕様へと切り替えて特殊ガラスをじりじりと切り裂いていく。
風防ガラスが飛ぶと同時に、とんでもない風圧に飛ばされそうになる身体をがっつりと捕まえる。
「殿下、賭けてくださいますね?」
『とうに賭けてるよ』
苦笑を返す殿下に笑い返すと、再度告げる。
「どうか、30秒だけ私に自力で捕まっててください」
『わかった、努力しよう』
頷きあい、マグネットを切る。
とんでもない速度で流されながらスコットは自動操縦で1号の速度をぐん、と下げる。
酷い風が収まった、その瞬間。
一気に遥か彼方となった軍用機が、空中で四散する。
そして、一瞬の後で、轟音が響き渡る。
賭けに勝利した二人は、どちらからともなく笑みを交わす。
スコットからの通信ですべてを見届けたジョンが、そっと息をついた。



2016.09.19

■ postscript

よりみちさんの、それは素敵な1号とお兄ちゃん絵より。

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