□ 小さな騎士
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「そろそろ、もう一人護衛を付けた方がいいね」
父の言葉に、ペネロープは軽く眉をひそめる。
「まあ、お父様。その必要はないわ。自分のことは自分で守れますし、パーカーもいてくれるんですもの」
が、父はその口元の笑みを深めるばかりだ。
「パーカーはよくやってくれているし、お前の腕も承知しているさ。けれどね、私たちの様な立場では、細心に細心を重ねた配慮というものが往々にしてモノを言うものなのだよ」
娘に対して強権をふるうような父ではないが、この件に関しては譲る気は無いらしい。
ペネロープは、小さく肩をすくめる。
「わかりましたわ、で、その新しい護衛とやらはどなたになるんです?」
「そのことなんだがね、お前と気が合う方が良いだろうから、弟のところに行ってみてくれ」
「叔父様のところへ?」
思わず首を傾げてしまう。
父方の叔父は、少々変わった人物だ。
「人とは気が合わなくってね」
そう豪語して、地方の広大な敷地の屋敷を相続し、そこで犬と共に暮らしている。どうも犬とは相性がいいらしく、様々な犬を見事に育て上げ続けているという人だ。
「ああ、弟もお前のことはかわいがっているからね。いつでも来てほしいと言っていた」
話が見えないまま、父は次のスケジュールがあるからと姿を消してしまう。

人とは気が合わないと豪語する叔父は、だが、ペネロープは笑顔で迎えてくれる。
「やあ、見ないうちに磨きがかかったな」
「まあ、叔父様にそう言っていただけるなら少しは成長したかしら?今日は、叔父様に護衛を紹介していただけると伺ってきましたの」
叔父は、父とそっくりに笑みを深める。
「ああ、私の子を君の護衛に送り込めるなんて、本当に光栄だねぇ。あの子たちは人とは違う感覚で君を守ってくれるよ。さあ、どの種類にししようか?」
「まあ、そういうことでしたのね」
やっと腑に落ちたペネロープは、思わず笑う。
確かに、犬ならば種類によっては飼い主のみに忠実で、かつ鋭敏な感覚で守ってくれることだろう。
だとすれば、パーカーの目が行き届ないところで活躍してくれる子がいいだろう。
「そうですわね、叔父様。私がお茶会に参加する時に連れていっても違和感のない子はいますか?」
「ああ、いい考えだね。それならパグがおススメだ。かつては中国皇帝や貴族に愛されていてね。欧州に伝わってからも、貴族に好まれてきた。そんな経緯を知っていれば、まずお茶会に連れていくのも断られないだろう、どうだい?」
「ええ、その子たちに会わせていただけますか?」
そうして、案内された場で、真っ先に気付いて走り寄って来た子をそっと指す。
「叔父様、あの子がいいと思うのですけど」
「ああ、私もそう思うよ」
叔父に保証されたなら、間違いない。
抱き上げたその子は、心地よさそうにペネロープの腕で目を細める。
「ペネロープが、私のところのパグを連れて帰ったと言っておこう」
「お願いします、叔父様」
叔父の手元にいるのは各国の上流階級に好まれる犬種ばかりだから、当然、叔父が吹聴する相手も知れている。
シャーベットと共に過ごすようになったペネロープには、犬が好きな人々のネットワークが構築されるだろう。
「叔父様、お父様のこともお願いしますわね」
そう言えば、叔父はあっさりと笑う。
「兄さんも犬が好きだからね、役に立てることもあると思うよ」
人が苦手と喧伝して、犬と共にあって。普通では構築できないネットワークは時にモノを言う。兄を心から尊敬している不器用な弟の在り方を、父もペネロープも知っている。
「もちろん、シャーベットのことで私も色々とご迷惑をおかけすると思いますし」
「ああ、そちらも大歓迎だよ」
ペネロープも、含みの無い笑みを返す。

そうして、シャーベットは父と叔父の見込み通り、ペネロープのかけがえのないパートナーであり、騎士となってくれた。
少しだけ、パーカーとの折り合いが悪いようだけれども。
叔父は、笑って言ってのけたものだ。
「似た者同士だから、放っておけばいいよ。どちらもね、イチバンに君を守りたいだけだから」
だからこそ、ペネロープは今日も貴族の娘が行くような場所でなくとも、堂々と踏み込んでいくのだ。
その手にシャーベットを、隣にパーカーを従えて。



2016.10.06

■ postscript

#リプ来たお題かセリフでワンシーンを書く、という気まぐれタグその2で、金具さんよりいただいた「ペネロープとシャーベット」

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