□ 長兄のお仕事
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通信映像が入ったなり、ジョンは思わず眉をしかめる。
「どうしたんだ、その服」
映像での通信になった時点で、その質問は予測が出来ていたのだろう、スコットの口の端が持ち上がる。
『ああ、コレは切らせたんだ』
本日のスコットのいでたちはペネロープの実家が主催するパーティーに相応しい恰好だ。ようするにドレスコードはかなり高い。
そんな一張羅の袖が見事に切り裂かれている。ワイシャツの前で止まったらしいのは幸いだが。
『半ば冗談で防刃素材にしてはいたけど、たまには役に立つね』
「どういうことなんだ、スコット」
イライラと訊けば、ため息がヒトツ落ちる。
『バカがいたんだよ、あの新興のところのお嬢さんが来てたのさ。東洋系ハーフだろ、未だにその手の勘違いをする連中がいるってことだ』
そこまで言われれば、スコットほどではないにしろ社交界の状況も把握しているジョンは理解せざるを得ない。
とある新興の企業のせいで割を食った連中の誰かが逆恨みし、大事な娘を傷つけようとしたのだろう。
「だからって、自分の身を差し出すのはいただけない」
釘を刺したところで、スコットに堪えた様子はない。
『実にお粗末なナイフさばきだったからね、ブレインズ特製繊維の強度を試すいい機会だったのさ。まさか、女性の顔を狙ったのを看過しろとは言わないだろ』
「確かに卑怯極まれりってところだけど」
『それに、切られた方がなにかと都合がいい』
あっさりと告げられた不穏な言葉に、ジョンはすべてを理解する。
確かに、トレーシー家も新興企業のオーナーだ。が、起業当時から寄付などの熱心であり、なにより名門クレイトン家の覚えめでたいとうことで、色々と優遇されがちなのだ。その家の惣領息子であり、今や実質取り仕切っているスコット・トレーシーを傷つけたら、どういう扱いになるか。
それは、ぽっと出の企業の娘が傷つけられた場合とは雲泥だ。
何もかもを読み切っての行動だ、ということ。
「ケガが無くて何よりだよ」
言えば、くす、と笑い声が返る。
『そんなマヌケはしないさ、ジョンならわかるだろ?』
「まあね」
兄の身軽さは、けして1号やジェットパックに仮託したものではないことは、誰よりも直近の弟であるジョンが知っている。
そして、人から見れば献身的な今回の行為がどのような効果をもたらすかも。
「で、お嬢さんは傷ヒトツ無かったんだろうね?」
『もちろん。そのことで父君には随分と感謝されたさ』
満足気にスコットの笑みが大きくなる。
なるほど、またトレーシー家の味方が増えた訳だ。まだ、どちらかというと起業家やそういった関連への繋がりが多いであろう新興企業への繋がりはトレーシー家にとっての財産になる。
そこまで見越しての、今回の件だ。
「それなら、新しい仕立て代は経費にしといてあげるよ」
『助かるよ』
「まったく、スコットの交渉術には恐れ入るね」
言ってやっても、スコットは快活に笑うばかりだ。
『我が家イチバンのイケメンが表に立ってくれないからね、仕方ない』
「その手はスコット兄さんに任せるよ」
『はいはい』
苦笑を返したジョンに、珍しい冗談を告げたスコットはただ笑う。
そんな兄に、結局のところジョンは敵わないのだ。



2016.10.08

■ postscript

#リプ来たお題かセリフでワンシーンを書く、という気まぐれタグその2で、よりみちさんよりいただいた「その服、どうしたの?」

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