□ 暖かいモノ
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ワイヤーで慎重に降りたスコットは、レスキュー対象の近くに来たところで、あっさりと重りを切り離してしまう。
ブレインズの様々なテクノロジーを詰め込んだマグネットは、あっさりとクレバスの中へと吸い込まれていく。人命優先のスコットにとっては、惜しくもなんともない。戻ったら予備を取り付ければいいだけの話だ。
「早く……この子を……」
「ダメ!パパも!」
おのが身を呈して娘をかばっていたがために低体温症状態の男と、慌てて声を上げた男の腕の中の少女へと、スコットは笑いかける。
「ええ、あなたも娘さんも一緒にですよ」
「それは」
ムリだ、と男が口にする前にスコットが言葉を重ねる。
「大丈夫です、僕に任せてください」
告げながら、すでにその手はワイヤーを男と自分へと器用に巻きつけ、しっかりと縛る。
結び目を確認し、再度、二人へと頷きかける。
「さあ、上がりますよ」
助かるのかもしれないという安心感からか、男の意識は朦朧としてきたようだ。
「パパ?!」
不安そうに娘が声を上げれば、目が開く。
「……大丈夫だから」
「お嬢ちゃん、パパを呼んでてあげてくれる?」
スコットに頼まれた少女は、真剣な顔で頷くと父親を軽く揺さぶりつつ呼び続ける。
娘の声は無視出来ないらしく、男もかろうじて意識を保ってくれている。それを横目で確認しつつ、慎重に、だが最速でワイヤーを引き上げていくる。
男とスコットの足が完全にクレバスから出て、やや引き上がった瞬間。
轟音と共にクレバスは閉じ、海中へと引き込まれていく。
すぐ側が海である危険性を目の当たりにした少女は、父を呼ぶことを忘れて恐怖に目を見開くばかりだ。
さすがに、男の方も目を見開いてるようだ。そんな二人に、スコットは真下でなく、先を指してみせる。
「ほら、そこに船が見えるでしょう?あそこまでです、少しの辛抱ですよ」
落ち着いた声に少し落ち着いた二人を連れ、1号は荒れた海の上を滑るように飛行して軍艦への甲板へとスコットたちを導く。
すぐに、待ち構えていた救護班が駆けつけ、低体温症の男を先ずは運んでいく。
もちろん、少女も。
ジョンの連絡が行き届いている証左だ。スコットは少し口元を緩める。
「インターナショナルレスキュー、今回も厳しい中の救助、感謝する」
「お役に立てて何よりです」
ピシ、と敬礼でこの船の責任者が告げるのへと返してから、軽く首を傾げる。
「低体温症は軽度です、命に別状はありません」
ついていた副官からの報告に、ほっと息をつく。
「では、私はこれで」
背を向けたところで、軽い足音が響く。
「お兄ちゃん!待って!」
驚いて振り返れば、先ほど救ったはずの少女だ。
駆け寄ってきて、必死な表情でなにか差し出してくる。
「助けてくれて、ありがとう!パパ、もう大丈夫だって、だから、お兄ちゃん、コレ。コレ、着てってください」
あまりに必死な表情なものだから受け取ってみれば、少女の父親のコートだ。
なるほど、戦艦の軍人たちでさえ冬仕様の外套に耳あてまで装備している中で、スコットの姿はあまりに軽装に見えるらしい。
が、スコットは笑みを返す。
「僕は大丈夫だよ」
言葉に嘘はない。スコットたちのレスキュースーツは、機体と共にブレインズが最も力を入れたシロモノで地球上どころか宇宙でも温湿度共に快適に過ごせる。
返そうとしたコートを、少女は頑なに受け取らない。
「手袋無くてごめんなさい、コートだけでも、お願いします」
実のところ、この手袋に最もテクノロジーが詰め込まれている。
一見、何もないように見える箇所は、極薄の特殊繊維で覆われている。指の色が透けて見えるほどの薄さで、他と同じ強度なのだ。それでいて指先の感覚を損なわずに作業が可能だ。
そう説明するのは簡単だが、今、この場ではヤボというモノだ。
「ありがとう。暖かいよ」
言葉と共に羽織ってみせれば、少女は安心して笑う。
「さ、お父さんのところへ行ってあげて」
「はい、ホントにありがとうございました!」
深々と頭を下げてから、少女は父親の元へと走っていく。
見送るために残っていた船長が微笑む。
「よくお似合いだ」
「ありがとうございます」
笑みを返し、スコットは今度こそ1号へと向かう。
本当に、このコートは温かいな、と思いながら。



2016.10.15

■ postscript

ことなさんのステキ冬仕様お兄ちゃんより。

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