□ 責任のカタチ
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「ねぇ、ソレ、僕が行ったらダメかな?」
アランの言葉に、ジョンもホロのペネロープも目を瞬かせる。
二人が驚くだろうことは予想済みだ。それに対する答えも。
「だってさ、曲がりなりにも僕も現場にいた訳だし、そのお詫びとやらを聞く権利はあるよね」
無邪気な仕草で首を傾げみせれば、ジョンとペネロープはどちらからともなく顔を見合わせる。まあ、確かに、といったところだろう。
ここですかさずのもうひと押しだ。
「ペネロープがついててくれるんだから、そうそうヘマはしないよ。ね、ジョンはスコットについててあげて。きっと、一番安心するから」
そっと手に触れて言えば、珍しくジョンの目が揺れる。今のスコットの側にいられるというのは、兄弟の中でも特に長兄のことを心配しているジョンにとっては大事なことだからだ。
アランが触れたジョンの手は、しっかりとスコットの手を握りしめたままだ。
その手は、白い包帯でほとんど埋め尽くされてしまっている。
手だけではない。頭にも頬にも、胸元にも。毛布の下に見えなくなってしまっている部分にだって、包帯だらけだ。あばらと腕の骨にヒビも入っている。
それもこれも、何もかもふざけたレスキュー依頼のせいだ。
つい最近まで紛争地帯だった場所での依頼に、ジョンは渋い顔だった。
『まだ紛争地帯とも言える。戦争には介入しないという言い分で断ることは出来る』
場所と依頼人を聞いたスコットも、渋い顔にはなった。が、きっぱりと言い切ったのだ。
「だが、僕らが断れば犠牲になるのは罪もない人だ。ヤツらは見捨てるだろう」
ジョンから返ったのは吐息だった。それがわかっているからこそ、危うい依頼を伝えてきたのだろう。
「せいぜい、気を付けるさ」
「僕も行く!」
アランが言い出したのに、当然、スコットとジョンは渋い顔をさらに渋くした。
けれど、バージルとゴードン、ケーヨもいない状態で、依頼内容は時に二人必要になりそうなモノだった。
それを告げると、渋い顔で二人は頷いた。
「ただし、基本的には僕が動く。アランは指示するまでは1号で待機だ」
結果的には、アランがついていって良かったのだ。
そうでなければ、残っていた地雷で吹き飛ばされたスコットを誰も連れ帰ることは出来なかっただろう。
ほんの少しの救いは、地雷に気付いたスコットが全面的に盾になったおかげで、レスキュー対象はほんの少しのケガだけで助かったこと、それだけだ。
スコットの状態は、酷かった。
なんせ、目前での爆発だ。
身体がバラバラにならなかっただけでも、もうけものとしか言いようが無い。
眠っているのは、身体中が包帯だらけでハロウィンの仮装と見まがうばかりな状態なのに、起き上がっていつも通りに動こうとするから。
そんな経緯もあり、ジョンは顔色を失って5号から降りてきて以来、スコットの側から離れない。
もちろん、アランも出来る限りスコットの側にいる。
そんなところに、ペネロープから連絡が入ったのだ。
あのふざけた依頼をしてきた国から、国主催のパーティーにご招待がてら今回の件で詫びをしたい、と。
かの国の国家元首が依頼をしてきた訳ではない。軍部を統率する人間だ。横暴さは知れているが、無類の戦上手で下手な更迭をしたくないらしい。
当然、詫びもロクなモノではないだろう。
わかっていて顔出す必要はない、というのがペネロープとジョンの意見だ。
が、アランは行きたいと思っている。
この目で、スコットをこんなひどい目に遭わせた男の顔を見てみたい。
「ねぇ、いいでしょ?」
もう一度強請れば、諦めたようにジョンが頷く。
「わかった、けれど、ペネロープの言うことをよくきいてくれよ」
「うん」
しっかりと頷いて、アランは病室を後にする。


予想通りとはいえ、おざなりなお詫びにもほどがあるというところだ。
なんせ、表立っているのは依頼をしてきた将軍とやらではなく、しかも国家元首でもない。
確かに今日のパーティーとやらを主催してはいる立場なのだろうが、ともかく、依頼をしてきてヘタをすれば死にいたるところだった件を詫びるという立場ではない。
しかも、言っていることも、こちらをナメきっている。
ケガをさせてすまなかった、金は出す。だが、意図して地雷を残していた訳ではない。
アランにとっては何の意味も持たない言葉を、適当に聞き流していると。
「おや、今日はスコット・トレーシーではないのだね」
加わった声に、原稿を読み上げるような詫びを告げていた男がはじかれるように顔を上げる。
「おお、殿下。本日はご参加くださいまして」
言いかかった言葉を、殿下と呼ばれた男はあっさりと遮る。
「私が来たのは、インターナショナルレスキューのスコット・トレーシーが招かれていると聞いたからだよ。彼は私の命の恩人であり、親友でもあってね。彼はとても忙しい人だから会う機会がほとんどない。それだけを楽しみにしていたのだが」
「すみません、今日は兄は来ることが出来なくて。アラン・トレーシーです、初めまして」
アランが眉をハの字に下げて頭を下げれば、殿下は手を軽く横に振る。
「ああ、すまない。君に会いたく無かったというつもりではなかったのだよ。親友と会いたい気持ちが先走ってしまって、君には大変な失礼を言ってしまった、この通りだ」
自国で絶大な人気と信頼を得ているだけでなく、世界的にも信頼を得ている皇太子殿下は、心からといった様子で丁寧に頭を下げてから付け加えてくれる。
「君とも、ぜひ友達にもなれると嬉しいのだが」
「はい、もちろん」
兄から、この皇太子殿下のことは聞いたことがある。国を背負う器量がありながら、とても人好きのする人物なのだ、と。
この国の将軍やら国家元首とやらに、爪のアカを煎じて飲ませてやりたいところだ。
そんな殿下は、ふと真面目な表情となって首を傾げる。
「兄上が来られないのが、ただ忙しいと言うだけなら良いのだが」
ビク、と肩を揺らしたのはアランだけではない。先ほどまでおざなりの詫びをしていた者もだ。
それが目に入っているのかいないのか、殿下はなにやら電子機器を取り出してくる。
「ウチの護衛船が、少々不思議な通信を傍受してね。オープン回線だったから、問題は何もないのだが」
半ば独り言のように前置きして、小さく指を動かせば。
『あの場所に爆発物は無い。それはこの私が首をかけて保証しよう』
堂々とした声は、この国の将軍のモノだ。少々ひび割れた特徴的な声を聞き間違える者はいない。
『ですが……』
渋るジョンの声に、将軍は言葉を重ねる。
『わが国で首をかけるといういう意味をわかっているだろう。ましてや私の首だ、君、ここで断るつもりなら、インターナショナルレスキューは人を救ってはくれないと言わざるを得ないね』
半ば恐喝するような言葉。
ここで、ジョンはスコットに伝えることにしたのだろう。
『わかりました、紛争地帯と判断するかどうか検討しますので』
そこで、彼の声は消える。
『将軍、本当にあそこには爆発物はないのですか』
他の声が入る。
『知るか、あの場所に確認にいくなど、それこそ自殺行為だ。バカらしい。そもそもあの場所から救援を出すバカがおるからこういうことになるんだ、勝手に死ねばいい』
とんでもないレスキュー依頼の正体。
その音声に、なにげなくこの場を去ろうとした男の姿を、アランは見逃さない。
す、と動き始めると同時に、離れた場所で社交に務めていたペネロープと、今回の立役者ともいえる殿下を見やれば、どちらも小さく頷いてくれる。
もう、遠慮の必要はない。
軍服に数えきれないほどの階級章と勲章を身に着けた男の前へと、アランは立ちはだかる。
「どこ、行くんですか?」
「な、そこを」
どけ、と将軍は言いたかったのだろうが。
アランと視線があったなり、さあっと血の気を引かせる。
その目の色は、いつもの美しい青にはとても見えない。ギラギラと血の色をたぎらせ、瞳孔を開ききって見据えている。
口元には、今にも牙でも生えてきそうな笑みだ。ゆらゆらと、背後からなにか立ち上るモノさえありそうな。
「なあ、お前が将軍だろ?言ってたよな、首かけるって。その口で言ってたよな、確かに聞いたよ?この国じゃあ、詫びをするときゃ首を捧げんだよな?おら、その首寄越せよ、兄さんあんな目に遭わせた詫びしろってんだよ、おら」
じり、じり、と一歩ずつ、赤い悪魔は足を進めて将軍へと近付いていく。
「首置いてけ、なあ!!!!!!」
ごくごく目前での一喝に、将軍は腰を落とす。
「あ、あ、あ……」
「その腰に履いてんの、オモチャかぁ?」
黒い黒い大きな化け物の目と、真っ赤な捕食者の口。
「ひ……」
後ずさることさえ出来ない男の股のあたり、じわ、と濡れてくる。
ぽん、とアランの肩を叩いたのは、他ならぬ殿下だった。
「弟君、君の手を汚す必要はないよ」
静かな、穏やかな声。
それでいて、どこか兄を思わせる声にあっさりとアランは自分を取り戻す。
「はい」
素直に頷いた少年に、殿下はにこり、とほほ笑む。
「良い子だ、処分はこの国がしかるべき手続きを踏むはずだ。世界が見ているのだから、大丈夫だよ」
やりすぎたかな、とペネロープを見やれば、苦笑気味に小さく肩をすくめただけだ。
アランの所業は、許される範囲内だったらしい。行き過ぎる前に止めてもらえただけだとも言うけれど。
当然、とんでもない所業をバラされた将軍とやらは引きずられるように退場だ。
アランと殿下は、どちらからともなく顔を見合わせる。
実のところ、ネタを明かしてしまえば、殿下とはこの場が初対面ではない。少なくとも、声に限っては。
スコットがあんなことになってしまって、病院へと運びこまれてジョンが降りてくるまでのしばらくの間。
その間に、スコットの個人的な通信機器が反応したのだ。そして、対応したアランは殿下から不穏な通信の報告があったと教えられた。
兄が、そうそう外部の者に個人的な通信を教えるわけが無いのを知っていたアランは正直に状況を告げたところ、殿下は連絡が遅れたことをそれは悔やんでくれたのだ。
そして、という訳だ。
まあ、仕上げは上々といったところだろう。
パーティーに参加した面々も、殿下とペネロープの肝いりということで咎めだてされることは無かった。
ただ、どの人にも、にこやかに言われてしまったのだ。
「やはり、トレーシー家の御兄弟ですね」
さて、これはどういう意味なのだろう?どうもスコットに訊いても答えてもらえそうにない疑問に、アランは首を傾げるばかりだ。



2016.10.16

■ postscript

あつやさんの首おいてけバージルから、誰が一番怖いかという話でアランでは、と一緒にやってみた。絵の方が素敵だったです。

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