□ カレーを美味しくいただきましょう
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「よいしょっと」
自然と出た言葉と共に、大き目のカゴを下ろしたアランは、ふう、と額を腕で拭う。
「いっぱい採れたねぇ」
「ああ、手伝ってくれてありがとうな」
アランより一回りは大きいカゴを並べて下ろしたバージルが笑顔で告げる。二つのカゴの中には、山盛りの野菜だ。
南瓜に人参、ブロッコリーにゴボウ。このシーズン最後のオクラもキレイな緑だが、葉物野菜は他にもある。
最初は手探りで始まったバージルの野菜畑は、いまや季節ごとに彩豊かに実るようになっている。
「葉物はキッチンでいい?」
「ああ、それは持ってくよ」
などとやっていると。
ふわ、とジョンのホロが姿を現す。
『バージル、アラン、レスキューだ』
「了解!」
二人とも、急いでラウンジへと向かう。

バージルとアランが呼ばれて理由は明確だ。
2号でポッドを運び、ゴードンとアランが操作する。2号の運搬力もあいまって、スムーズにレスキューは進んだ。
おかげで、日が暮れる前にはトレーシーアイランドへと向かうことが出来ている。
「ね、どうだった?!」
自分でも良く出来た自信がありありと伺える声でアランが問えば、1号から苦笑交じりに返事が返る。
『実に見事だったよ、アラン』
「でしょ、でしょ?」
「アランだけ?」
ゴードンが隣から覗き込むと、スコットはあっさりと肩をすくめる。
『もちろん、バージルとゴードンもよくやったさ』
してやったり、というようにゴードンは笑みを深める。
「じゃあさ、ご褒美ちょうだい」
『ご褒美?』
「そう、たまにはさ、そういうのあってもイイでしょ」
「はいはーい!スコットのカレーがいい!バージルの野菜使って!」
顔を輝かせて身を乗り出したのはアランで、すぐに頷いたのはバージルだ。
「うん、僕もそれがいい」
「ちょっと勝手に決めないでよ、でも、僕もスコットのカレーならいいかな」
ゴードンもあっさりと納得しているが、きょと、と珍しくスコットは目を瞬かせる。
『僕のカレー?皆が作るのと変わらないだろ?』
確かに、スコットが兄弟の中で特別に料理上手かといえばそうではないけれども。
「ご褒美はスコットのカレーが良い人!」
ゴードンの声に、他の二人、いや、もう一人もきっちりと手を上げている。
『僕も、賛成』
ホロのジョンにまで手を上げられて、スコットはもう一度軽く瞬きしつつ頷く。
『いや、まあ、それでいいなら。戻ったら作るよ』
「「やったー!!」」
アランとゴードンが手を取り合ってピョンピョン飛び跳ねる中、バージルがにんまりと2号の速度を上げる。
「そりゃ、急いで帰らなきゃな」
『期待しすぎるなよ』
苦笑を浮かべつつ、1号の背が小さくなっていく。
どうやら、先に仕掛けてくれるようだ。
『さて、僕も降りる準備をしないと』
その言葉が終わるか終らないかのうちに、ジョンのホロもかき消える。


カレーの香りが漂い始めているキッチンにバージルが顔を出せば、スコットの隣でジョンもエプロンをかけていた。
「五人分だからね、野菜の準備くらいは手伝ってる」
ざくざくと大き目野菜を切り出している手際はいい。ダテに5号で水耕栽培にいそしんではいないらしい。
「コンロあいてたら、借りたい」
「空いてる」
あっさりとジョンから返り、バージルは笑みを大きくしつつ冷蔵庫からとっときの豚肉を取り出したところへ、ゴードンとアランも汗を流しおえて姿を見せる。
「バージルまで何はじめたの?」
「せっかくなら、最高に美味しく食べたい」
「あー、まさか」
半ばあきれ気味に納得顔のゴードンの隣で、アランが首を傾げる。
「肉?今日は野菜カレーでしょ?」
「まぁまぁ」
「バージルのアコガレってやつだよ、そっとしときな。僕はカレーいっぱい食べたいからね!」
ゴードンがスコットを見やれば、兄は笑って頷く。
「FAB」
「いい匂いだよね、楽しみだなぁ」
アランも頬を緩めながら、様々な野菜が次々と用意されていくのを眺めていたが、あ、という顔つきになってゴードンをつつく。
「ん?」
ちょっと離れたところにひっぱられたゴードンは、ひそひそ声で耳元でささやかれた言葉に、にんまりと笑う。
「そりゃいいね、ちょうど間に合いそうだ」
二人は、何やら囁きあいながらキッチンを離れていく。

ややして。
「出来たぞ」
スコットの声に、兄弟たちがわっと寄ってくる。
「好きなだけご飯よそってくれ、そうしたらカレーかけるから」
「カレーも好きなだけかけちゃだめ?」
アランがちょっと唇を尖らせるのに、スコットは手元を見せる。
「せっかくバージルの野菜が色とりどりでキレイだったからな、一緒に煮込むんじゃなくて後から乗せることにしたんだ。もちろん、カレーは好きなだけかけてくれればいいよ」
「なぁんだ、やった!」
嬉しそうに大き目の皿を手にして、アランがご飯をよそい始める。ゴードンとバージルも続く。
「ソレ、本気なの?」
微妙にうんざりとした声は、ジョンのモノだ。
アランとゴードンが振り返れば、これでもかとご飯を山盛りにしているバージルがいる。
「もちろん。出来たらお代わりもする」
はっきりと言い切りながら、先ほど用意したらしい大きなカツも乗せている。
「うわあ、この上にカレーかけるの?こぼれそう」
思わずゴードンも目を丸くする勢いだが、バージルはどこ吹く風だ。
「いいんだ、コレが食べたかったんだから」
そうして、ご飯に見合うだけがっつりとカレーをかけてから、スコットに皿を差し出す。
「野菜もいっぱい乗せてくれ」
「これに見合うくらいってことでいいのか?」
「うん!」
「見てるだけでおなかが一杯になる」
ジョンが思わず呟くが、やはりバージルは気にしない。
テーブルに仲良く並んだ中、一人、山としか言いようのない野菜とカツカレーを目前にしたバージルは、ご機嫌そのものの顔だ。
「じゃ、いっただっきまーす!」
待ちきれ無さそうにスプーンを握り締めたアランの声を皮切りに、皆してスプーンを手にする。
カツとカレー、野菜とご飯を器用にスプーンにすくったバージルは、あんぐりと大口で放り込むとほっぺたを膨らませる。
咀嚼するにつれて、リスの餌袋のように膨らんでいた頬が縮んでいって、反比例するように口角が持ち上がっていく。
ついでに、目も細くなっていく。
最終的には、くしゃっと目も口も細く弧を描く。
「うん、美味いッ」
満足そうな声に、カレーを口に運ばず兄弟たちの様子を見ていたスコットが笑う。
「そりゃ、なによりだ」
すでに大口で食べ始めていたアランもゴードンも、一緒に笑う。
「うん、美味しいね」
「ホント、リクエスト正解」
「ああ、そうだね」
なにやらカレーに加えつつ、ジョンも頷く。
「何入れてるの?」
「スコット特製カレーペースト」
平坦に答えつつ、がっつりと入れて混ぜているジョンに、アランは唇を尖らせる。
「え、ずるいー、僕も欲しい」
「辛口にするためのペーストだよ、僕とジョンは辛口が好きだから」
「超辛口、の方が正確」
ぼそり、と付け加えるジョンに、うわ、とアランは肩をすくめる。
「ごめん、僕いらない」
「僕もいいかな、野菜の甘さとあってるし、コレ」
ゴードンも頷くけれど、バージルは無言でさくさくとカレーを口に運ぶばかりだ。が、その表情はますます蕩けている。
幸せそのものとは、このことだと言わんばかりに。
くすり、とゴードンが笑う。
「辛いのは兄さんたちで楽しんでよ」
「わかってる」
あっさり告げて、ジョンがカレーを口に運ぶ。
そして、ゆるゆると口元を緩める。
「ああ、ホント、美味しいね」
兄弟皆を笑顔にしてしまうのだから、やはりスコットのカレーは特別だとアランはこっそりと思う。
それから、ゴードンとこっそりしかけたシャーベットも喜ばれますように、と。



2016.11.16

■ postscript

Vさんはきっと野菜農園やってる説と、TLで拝ませていただいた素敵カレーVさんより。

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