□ 紅茶の正しい淹れ方
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クレイトン公という人物は、食えないお人だ。
なんせ、普通ならば警察に突き出すべき男に向かって、「面白い」と言い放ち、身分にふさわしい大変優雅な笑みと共に、こう告げたのだから。
「我が娘の執事とボディーガードをお願いしたい」
パーカーとしても、臭い飯よりは美味しい食事の方が断然良いということで、取引は成立した。
この時のパーカーの内心としては、執事という単語の後ろには(仮)という文字がついているものと理解していた。
食えないお人の娘は、当然食えない子供である、という血は争えぬ事実に全く気付いていなかった、とも言える。
一通りの護衛術をお披露目された、今後お仕えすべきペネロープ嬢は、護身術の伝授をご所望なされる。
この点、いかにお貴族様の娘とはいえ、いや、そういう立場だからこそ、そういったモノには心惹かれるであろうと踏んだパーカーの勘は当たっていた。
が、御年十歳にも満たない少女は、父に顔負けの威圧感で、はっきりと続ける。
「では、紅茶をいれてちょうだい」
優雅に腰かけてみせた少女に、子供の小さなワガママと思って淹れてやったらば、だ。
「10点ね」
そう、きっぱりと言い放ったのだ。
「さしあたりは紅茶を淹れられるようになってもらわなくてはね。話にならないわ」
「は?俺は」
「俺、ではなくて、私、よ。執事としてはまるでダメね。言葉遣いと身のこなし方も身に着けてもらわないと、そもそもボディーガードとしてついてきてもらうことも出来ないわ」
あの貴族ヤロウ、担ぎやがったな、という言葉がパーカーの脳内をかすめたが、よくよく考えなくても彼は実に公正だった。
ちゃんと、執事とボディーガードと言っていたのだから。
執事を勝手に(仮)に脳内変換していたのはパーカーだ。
ペネロープは、口をぱくぱくしているだけのパーカーを見上げる。
「美味しい紅茶を飲める日を楽しみにしてるわ、パーカー」
にこり、と微笑んだ顔は、まさに父譲りだ。
こいつは敵いそうにない、内心で白旗を上げるしかない。

さて、あれから何年が過ぎたのか。
「お嬢様、お茶をどうぞ」
「いただくわ、ありがとう」
パーカーがテーブルに優雅に置いた繊細なカップを、整えられた指が持ち上げる。
一口、口にしたペネロープの口元が穏やかに緩むのを確認したパーカーは、そっと尋ねる。
「いかがでございますか?」
「そうね、95点といったところかしら」
「相変わらず手厳しゅうございますね」
顔を見合わせた二人は、どちらからともなく笑う。



2016.11.21

■ postscript

金具さんよりいただいたお題「幼いペネロープと若パーカーのお話」より

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