□ ソレは玩具ではない
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まったく妙なことになったモノだ、とスコットは会場を軽く見まわす。
どこもかしこも、楽しそうに笑いさざめく声が響いていて、どの顔にも楽しげな表情が浮かんでいる。
今のところ、懸念されるような危険は無いようだ。
ここは、スコットも卒業資格を持つとある名門大学の卒業パーティーの会場だ。毎年、数人の成功したOBが招かれることとなっており、今年は実質、トレーシー家の惣領の役目を担っているスコットも招かれた。
父の行方不明から、もうすでに一年以上。知られてきたことは仕方のないことだ。現状、こうして招かれていることに誰も違和感を感じないでいてくれているあたりは、今のところ惣領としてやってこれているということだろう。
その点はありがたく思いつつも、だ。
表向きはそんな若き成功者として振る舞いつつ、とある女性の安否を気遣わねばならない。
むしろ、ソチラが本命と言っていい。
今年の卒業者の中にいる、とある国の姫君。
彼女の兄である皇太子とはレスキューを通じて知り合ったのだが、内外の人々から慕われているというだけある好人物で、すっかり意気投合し、今では親友といえる間柄だ。
そんな彼が、珍しく困惑しきった表情で頼み込んできたのだ。
「妹の、たった一度のワガママを叶えてやってくれないか」
国の護衛などに囲まれず、この学校で知り合った友人たちと心行くまでパーティーを楽しみたい、という普通ならささやかな、だが、彼らのような立場となれば叶うことは困難な願いに、スコットは結局、首を縦に振ってしまったのだ。
なんせ、兄である皇太子の気持ちは五人兄弟の長男としてイヤというほどに理解出来たし、さすがはそういう立場というべきか、学生時代に気まぐれに古武道を習っていたことまで、しっかりと調べ上げられていたからだ。
弟たちにすら、知られていないのに。
本日のパーティーは仮装を推奨されていて、本日の護衛対象たる姫君も何やら人気のアニメ作品の登場人物とやらに扮して、いかにもご機嫌が麗しいご様子だ。
映画のヒーローに、どう見ても無機物系の格好をした者、もはや着ぐるみとしか言いようのないモノまで、なんともバラエティーに富んでいる。
こんな中で不吉な連中を見分けられるのかといわれると、なかなか難易度は高い。
なんせ、スコットはレスキューのプロであって、警備のプロではないからだ。
そんな彼の姿は、といえば、だ。
日本にかつていた武士、正確にいえば浪人風だ。淡い色目の着流しに締めた帯には、大小と呼ばれる二本の刀が差されている。
『やはり、ロクでもないのが混じってるらしい』
ふつり、と入ったインナーカムの声に、スコットはグラスを傾けるふりでそっと返す。
「姫君狙いか?」
『最終的には。彼女のゼミの教授に恨みがあるらしい、よくある話だ』
通信監理を担うジョンにだけは、今回の件はバレている。結局のところ、5号を介した通信がもっとも気密性も高いということで、収集された情報はジョンを通じて伝えられることになった。
「度し難いヤツか」
『ああ、仮装は』
「古典映画の殺人鬼、だろ?」
言葉が終わる前に、スコットの手は腰へと伸びる。
正確には、鯉口を軽く下へと向け、その重量に乗せて鞘は後ろに、そして本身は右の手に。
スラリ、と引き抜かれた刃は、キラリ、と美しい光を反射する。
かと思えば、その切っ先は姫君の方へとずんずんと近付いていた、とある映画の殺人鬼の首元へと突きつけられる。
一段低くなった、スコットの声と共に。
「無粋な真似はよした方がいい」
「無謀もやめといた方がいいんじゃねぇかな」
マスクの下の声を何かで変えているのか、機械的な音声が返ってくる。
余裕らしく、両手に持った拳銃が二つ、軽く揺れる。
「無謀はドチラかな?コレは竹で出来ているとでも?」
ほんの軽く動いただけで、殺人鬼には己の首元が濡れるのを感じたらしい。
「痛みはないだろ?よく切れるから?」
うっすらとスコットが笑みを浮かべれば、片側の銃が、カラン、と音を立てて落ちる。
「クレイジー」
「ドチラがだろうね?」
「ほら、そこまでですよ」
殺人鬼の両側から、これもまた人気だったドラマの警察官に扮した者たちが現れ、両腕をとってさっさと引いていく。もちろん、落とした拳銃も拾い上げた上で。
いきなりの銃と刀の応酬に、ざわ、と遠巻きにされる中、スコットは涼しい顔で刀を懐紙で拭き上げて鞘へとキレイな所作で戻す。
「お目汚しでした」
一礼と共に発せられた言葉に、姫君を含む誰もが余興の一環だと思ったらしい。
「すばらしい所作でしたわ」
彼女の皮切りに、ひとしきり拍手が起こった後、わいわいと歓談へと戻っていく。
ほ、と小さく息を吐いてから、通信に返す。
「片付いたよ」
『お疲れ、スコット。今のところ、中に入れたのはソイツくらいだ』
なるほど、会場の周辺などで姫君に気付かれぬよう警備をする人々に内心でそっと頭を下げる。
「FAB、後はこのまま無事に終わることを祈るばかりだな」
『そうだね、ところでね、スコット』
「ん?」
『今度、5号ででいいから、その刀とやらを扱うところ、見せて欲しいな』
微妙に遠い目になりつつ、スコットは頷く。
「わかった、ただし」
『うん、僕だけにしとくから』
くすり、と笑ったような声が聞こえ、通信は終わる。
このまま、再度通信が入らぬことを祈りつつ、刀について興味を持ったらしい人々が近付いてくるのへと、スコットはにこやかに微笑みかけてみせる。



2016.11.21

■ postscript

YOKOさんが作ってくださった、それは素敵な刀付き着物お兄ちゃんより。

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