□ 引き止める手
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ジョンにとって、それはいつも通りの光景だ。
とてもではないが何人たりと近付けないとしか思えない場所に、荒天などなかったかのように1号で近付き、取り残された人々を救う。
九死に一生を得た子供が、助けだしたスコットから離れたくなくて、しがみついて泣きだしてしまう。
それは、多分に、救われた安心感がにじみ出たものでもあって、微笑ましくもある。
弟たちのあしらいに慣れた長兄は、あっさりと上手く言い聞かせてコトを収めてしまうのが常だから、気にせず、次の案件のトレースへと移る。
この件のレスキューに入る前に、別に緊急を要しそうな状況の案件があることは伝えてある。
「ジョン、やはり出動した方が良いと判断する」
トレースを任せていたEOSが、真面目な声音で告げてくるのとデータとを見比べたジョンもすぐに頷き、スコットへと通信を繋ぎ直したのだけれど。
思わず瞬いてしまったのは、仕方あるまい。
なんせ、まだスコットの足には、子供がすがりついたままだったのだ。
えぐえぐとしゃくりあげているのが、良く見える。
しかも、その子を見やるスコットの視線が何やら困っているように見える。
とんでもないことでも言い出したのだろうか、と思いつつも、人命にはかえられないので声をかける。
「スコット、次のレスキュー案件だ」
『ああ、わかった』
頷いた兄は、すでにいつも通りの表情だ。
す、と腰を下ろし、そっと子供の目線に合わせて覗き込む。
『もう行かないと』
『やだ、おにいちゃん、いっちゃいや』
『君と同じように困っている子を助けに行くんだよ』
子供はイヤイヤと首を横に振る。
『ぼくも、いくー!』
『君は、レスキューは出来ないだろう』
容赦ない事実の前に、子供の目にはいっぱいの涙が浮かぶ。
『いつか君がレスキュー出来るようになったら、その時は一緒に行こう。楽しみにしてるよ』
ふわり、と子供のオレンジがかった金髪を撫でると、スコットはするりと身を翻す。
まだ涙の残るエメラルドの瞳は、それでもしっかりとスコットを見送る。


二件目のレスキューも、華麗としか言いようのない無駄のなさで完了した後。
トレーシー島へと向かう1号の方から通信が入る。
「何か異変か?」
『…………』
すぐにジョンが返したのに、返事が無い。
「スコット?」
先ほどの子供の件といい、今日のスコットはどこか変だ。懸念を表情に乗せて、ジョンはもう一度声をかける。
「やはり疲れが」
『ああ、その、休暇の話な』
ここ最近、レスキューに財閥の管理、社交と立て込んでいたので、少しは休暇を取ってはどうかとジョンが勧めていたのだ。
案の定というべきか、スコットは首を縦にふろうとはしなかった。
また、もうその話はするな、と言い出すかと身構えていると。
『5号に、星を見に行ってもいいか?』
「え?」
思わず、目を瞬かせる。
「5号にスコットが?」
『ああ、良ければ研究の話でも聞かせてくれ』
「もちろん、スコットが来てくれるなら喜んで」
休んでくれるだけでなく、まさか5号にやって来るとは。
『1号のメンテナンスと、雑雑した用事片付けたら行くよ』
「うん、待ってるよ」
返して、通信を終えて。
「歓迎のベーグルパーティでもする?」
軽口を叩くEOSを、軽く睨んでやる。


宣言通りに5号へとやって来たスコットは、なにやら小瓶を渡してくれる。
「ハチミツ?」
「ベーグルに合いそうだった」
「へぇ、ありがと」
そんなこんなで始まったスコットの5号での休日は、それなりにのんびりしてもらえたのではないかとジョンは自負している。
一緒に星を見たり、未だに5号から続けている研究の話も聞いてもらったり、水耕栽培の野菜を収穫して料理をしたり。
スコットにしては珍しく、一切、仕事の話をしないままで二日間。
さすがに、そろそろ降りるよ、と言い出したスコットにジョンは首を傾げてみせる。
「どんな風の吹き回しだったの?」
「ん?」
「休暇取るだけでも珍しいのに、5号に来るなんてさ」
明確に問いかけてみれば、スコットは少し照れたような困ったような顔になる。
「今更だけど、ジョン、ずっと我慢してくれてただろ」
「我慢?」
「うん、他の兄弟が僕のこと引き留めてた時にさ、いつも、ジョンも何か言いたそうだったのに、絶対に言わなかった」
大学生まで進学したスコットは忙しい兄だったから、たまの帰宅時にはバージル以下、皆してよってたかって引き留めていた。
それぞれがそれなりに満足するまで、スコットは気長に付き合ってあげていた。それこそ、飛行機がギリギリになっていても。
ジョンとて引き留めたかったけれど、それ以上に兄を困らせたくはなかったのだ。
「こないだの子、髪と目の色がジョンに似ててさ、まるでジョンに引き止められてる気がして」
それで、スコットは困ったような顔をしていたのか。
まさか、あの当時の我慢を気付かれていたとは。
「まあ、ホント、今更だけど穴埋めしようかな、なんてな」
苦笑を深める兄の手を、ちょん、とつまんでみる。
「ねぇ、スコット」
「ん?」
「もう少しだけ、いてくれない?お茶を一杯くらいで、いいから」
あの頃言えなかったワガママを言ってみれば、あっさりと笑顔が返る。
「ああ、もちろん」
あと、ほんの少しの間、スコットはジョンだけの兄だ。



2017.02.01

■ postscript

「お兄ちゃんがレスキューした子供にすがりつかれる話」というお題より。

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