□ テンボールで勝利せよ
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レスキューから戻ったというより、1号を降りたところでアランが仁王立ちしているものだから、スコットは思わず瞬きをする。
レスキューに行きたがっていたのを振り切った時にはよくある話なのだが、今日は残ることに納得していたはずだ。
そんなスコットの驚きに気付いているのやらいないのやら、アランは思い詰めた顔でずいっと寄ってくる。
「スコット!マッセー教えて!」
「マッセー?」
スコットの知る限りでは、その単語はビリヤードの用語であるはずだ。そして、アランは数えるほどしかやったことが無いはず。
ここ数日、2号と4号もまともにレスキューには出ていない。おおよそ、暇を持て余した二人にイイように遊ばれたのだろう。
「マッセーの前にビリヤードをきちんと覚えた方がいいんじゃないのか」
長兄に読まれた、と悟ったのだろう。末弟はくしゃっと表情を歪めたかと思うと飛びついてくる。
「うわーん、悔しいよ、スコットー!!」
「わかったから、せめて着替えくらいはさせてくれ」
さすがにレスキュースーツのままビリヤードはゴメンだとばかりに告げてみれば、アランはまた真剣な顔を上げる。
「プレールームで待ってるからね?!」
「FAB」
ブンブンと手を振りながら去ってくアランを見送り、スコットは苦笑する。
あれくらいに勉学にも励んでくれると良いのだが。

プレールームに行ってみると、アランはすっかり準備を整えて待ち構えていた。
「さあ、スコット、お願い」
ずい、と差し出されたキューを受け取り、スコットは軽く首を傾げる。
「ナインボールでいいのか?」
「え?ええと、テンボール」
「ほう?」
「沈んでもコールしてないのばっかで。それに、セーフティって何すればいいのか良くわかんないし」
自分の散々たる負けっぷりを口にするのは悔しいらしいが、教えてもらうには実力がわからねばどうしようもない、というのをレスキュートレーニングのお陰でよく理解してもいるらしい。
視線を落としつつ、ボソボソとだが告げてくる。
「FAB、ちょっと大変になるけど、いいか?」
スコットが尋ねれば、アランは大きく頷く。
「このまんまじゃ悔しすぎるもん!」
「じゃ、バンキングから」
バンキングはプレーの前に先攻後攻を決めるためのショットだ。アランは目を瞬かせる。
「え?ブレイクショットじゃなくって?」
「先ずはブレイクショットをもぎ取らなきゃ、始まらないだろ?」
軽く肩をすくめてやれば、アランの目がキラキラとし始める。
「うん、お願い!」

勢い込んで頼んできただけはあって、アランは熱心にスコットの話を聞いては練習に勤しんでいる。
元々、兄弟中では最もカンの良いところがあるアランだ。面白いように吸収していく。
そうして、何時間かたった頃。
「練習は続けた方が良いけど、前よりはずっといいゲームが出来るよ」
水のボトルを手渡してやりながら告げれば、アランは受け取りつつ頷く。
「ありがと!ね、スコット、もう一つ、お願いがあるんだけど」
「ん?」
「一回、僕とゲームして。本気でいいから」
真っ直ぐに見つめてくる目は真剣だ。
「わかった、一回な」
「うん」
バンキングからきわどいほどに自分に寄せたスコットに、目を丸くしたアランは、それから笑う。
「うん、そうこなくちゃ」
に、と笑い返したスコットはブレイクショットで軽く沈め、安定したコールで次々とポケットしていく。
アランはそのショットの一つ一つに息を呑んだり、思わず拍手をしたりだ。
「コレは、アランがゴードンにテンボールで勝てるようになったらな。10番をそのホールに」
そう付け加えながら、マッセーを披露する。
「わっ!スゴい!」
アランの声が終わらぬ間に、ボールはコールされたホールへとポケットする。
ほぼアランの出番は無いままのゲームだったけれど、当人は満足したらしい。
「ありがと!次は頑張れそう」
「そうか、もしゴードンが動揺させるようなことを言ってきたらな、こう返してやるといい。『どうしてナインボールじゃなかったの?僕に負けそうだったから?』ってな」
目を瞬かせたアランは、スコットのイタズラな光に気付いたのだろう、大きく頷く。
「うんっ、わかった」

さて、次の勝負の行方がどうなるのか、スコットにも一つ楽しみが出来たらしい。



2017.05.05

■ postscript

「お兄ちゃんとアーちゃんでビリヤードの話」というお題より。

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