□ 全てに先んじろ
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通信が入った気配に、盛装のペネロープは優雅に挨拶をして物陰へと移動する。
「時間通り、さすがね」
声をかけた先に浮かび上がっているのは、1号の操縦席にハイブランドのスーツで正装したスコットだ。
ブレインズに調整してもらった1号の確認飛行ということにしておくと言ってはいたが、本当にしてのけたらしい。当然、トレーシー島との通信はとっくに切ってあるはずだ。
『レディを待たせるのは紳士とは言いかねるだろ』
「その意気や良し、というところかしら」
軽く肩をすくめてみせるスコットに、くすり、とペネロープは笑いつつ表情を緩める。
先日来、トレーシー家の他の兄弟たちには気付かれぬように頻繁に連絡を取り合っているが、ついぞ表情があるスコットを拝んだことが無い。
「でも、ウチの協力なんて無くても、スコット一人で全てやってしまえてる感じよ。アフタヌーンティーパーティでも、もう十分にトレーシー家の跡取は切れ者だと」
現状を告げれば、スコットの顔からはまた表情が抜け落ちる。
『その評価はありがたいが、一分の隙も作りたくない。クレイトン公にまで手数をかけてしまっていることは謝るし感謝もするが、今は頼む』
「FAB、安心して。父も貴方の役に立てるのは嬉しいと言っていたから」
『恩に着るよ。もうすぐ到着だ』
ペネロープの返事を待たず、スコットからの通信は終了する。
一カ月前のトレーシー家にとっての大事件、ジェフ・トレーシー行方不明の一件は一つの家庭を動揺させるだけでは済まなかった。
なんせ、彼は経済界に影響を与えるだけの規模の企業を実質的に支配していたのであり、そうして得た収入を元手に私設の救助隊を運営していたのだ。
ただ企業を動かしていただけなら、家族には残された資産は十二分にあるので経済的な問題だけは無い。が、大きな問題はこの救助隊だ。
トレーシー兄弟たちの矜持にかけて、この救助隊を過去のものにしてしまう訳にはいかなかった。
父を失った弟たちにとって、インターナショナルレスキューは唯一の拠り所となってしまったのだから。彼らの心をこれ以上傷つけない為にも、守り切る必要がある。
どうあっても、嫡男であるスコットが跡取としてすべてを取り仕切るのだと、企業経営者と一部のインターナショナルレスキューの正体を知る者たちに納得してもらうしかない。
スコットは、父を失った中で実に冷静に動いた。
真っ先にペネロープとその父、クレイトン公と連絡を取り、回せる手を回した。
ようは、先手を打ったのだ。
そして、打ち続けた。
一歩も引かない為に、この一か月、ほとんど寝てもいないはずだ。が、そんな様子はおくびにも出さない。
誰より、弟たちに寸分も知られてはいないだろう。彼が、最も知られたくない相手は彼らだから。
今晩の晩餐会参加は、今回の件の総仕上げだ。
スコットは、きっとペネロープが思う以上に堂々と振る舞って見せるだろう。
そうして、トレーシー家は変わらず企業を運営室続けることを、そして混じっている軍部の者たちにはインターナショナルレスキューを継続することをも納得させてしまうだろう。
この苦労を弟たちが知ることがあるとしても、それはペネロープも想像が出来ないほどに先のことだ。
そんな感傷を、軽く首を振ることで振り切ったペネロープは、堂々たる物腰で現れたスコットへと微笑みかける。
「さ、行きましょうか」
差し出した手を優雅に受け止めつつスコットも笑い返す。
「ああ、いざ出陣だ」



2017.05.05

■ postscript

「お兄ちゃんが兄弟守るのに無双してるけど弟たちは知らない話」というお題より。

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