□ おとぎ話が目前に降りてきた話
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別に美しい自己犠牲を払うつもりはなかったのだけれど。
赤ちゃんを抱えた友人の脱出を優先したのは、人道的に当然ではあるだろう。なんせ、小さな命は持久戦には向いてない。
今にも崩れそうな脱出口があって、おそらくは一人しか通れないとなったら。
きっと、自分じゃなくても同じことをしたのだと思う。
少なくとも、人生の伴侶となる人はそうに違いない。あの人の仕事は、こういった際に人々を救うことだから。
だからきっと、こんな選択肢をした自分のことを誇りに思ってくれる。
そう、言い聞かせるけれど。
けれど、友人と幼い赤ちゃんをかろうじて迎え入れてくれた、ボロボロの穴は役目を終えたとでもいうようにあっさりと崩れてしまい、視界は無くなった。
ほんの少しの光でも入り込んでくれれば、希望も抱けるというモノだけれど。
これは、どう考えても無理だろう。
もしかしたら、友人がここに人が閉じ込められていると誰かに告げてくれるかもしれない。けれど、それは友人と赤ちゃんが安全なところにたどり着いてからだ。
それは、どのくらい先のことなのだろう?
だいたい、友人が脱出して、ここが閉ざされてからどのくらい経ったんだろう。
暗いままというのは恐ろしい。
時間の感覚も奪われていく。
間違ったことはしていない。
将来のある命を救ったのだ、正しかった。
こんな暗い恐ろしい空間で、友人と赤ちゃんが絶望の中、飢えて倒れていくなんてあってはならないだろう。
でも、自分だってさすがにこういう最後はご遠慮したかった。
「せめて、閉じるついでにひと思いにしてくれればなぁ」
ぼそり、と呟いた瞬間。
ガラガラ、と大きな音がして、思わず頭を抱えてしゃがみ込む。
ひと思いに自分も潰れてしまえば良かったなどと言いかかったのに、上から崩れてくるのを恐れたのだ。自分で自分の行動に笑ってしまいそうになりつつ、音が続かないことに気付いて、そっと視線をあげてみる。
次の瞬間、ぽかん、と目が見開かれる。
先ほどまで、真っ暗のはずだったのに。
上から、真っ白なくらいの光が差し込んできている。
残念ながら、とてつもなく上方から、だけど。
あれだけの大きな穴が空いた割には、周囲になにか落ちてきた形跡は無い。
どういうことか、ともう一度見上げてみると。
するすると何かが降りてくるではないか。
間違いなく、人が。
ロープのようなものにつかまって、慣れたように降りてきた彼は真面目な顔で問いかけてくる。
「お怪我はありませんか」
「え、あ、はい」
多少のすり傷くらいはあるかもしれないが、そういうことを取り沙汰してるのでは無いだろう。
「それは良かった、ではこちらに」
差し伸べられた手を、反射的につかみ返すと大きくうなずいて引き寄せられる。
何やら自分を抱き寄せている手とは反対側で操作していたかと思えば、あっという間に上へと上がり出す。
「ええと、あの」
「ああ、申し遅れて失礼しました。インターナショナルレスキューです」
「インターナショナルレスキュー」
その名は聞いたことがある。人生の伴侶となる人も、人命救助のプロなのだけれど、そんな彼らの組織も手をこまねくような局面で鮮やかに手助けをしてくれる人々がいるのだという。
話にだけは聞いたことがあったけれど、それはどんなに極限でも救いが欲しいというおとぎ話のようなものかと思っていたのに。
「ホントに、いたんだ」
思わず呟いてしまったのが聞こえたらしい。相手はにこり、と鮮やかに笑う。
「ええ、責任をもってお届けします」
告げられた名に、またも目を見開く。
「あの人のことを?」
「お互い、協力し合う仲ですので。貴女のことも伺ってますよ、話通りの勇気ある方だ。尊敬します」
何が起こったのかも知っているらしい。
「そんな立派なモノじゃ」
「いえ、大いに誇りに思うでしょう。もちろん、本音はそれだけではないでしょうが」
どこか悪戯っぽく付け加えた彼は、柔らかに微笑んで開けた場所を指す。
「ほら、見えてきましたよ」
指された場所を見れば、コチラに気付いて真っ先に視線をあげた二人がいる。
赤ちゃんを抱えた友人と、それから、地図や端末を握りしめたままの、あの人。
降り立てば、真っ先に友人がかけてくる。
「良かった、良かった、普通のレスキューじゃ崩れてしまって助けられないって言われて」
ボロボロと泣きながら告げてくるのに、目を見開く。あの人は、私を助けてくれた彼へと深々と頭を下げている。
「ご協力、心より感謝する」
「いや、お役に立てて何よりだ」
それから、先ほどと同じく彼は少しだけ悪戯っぽく笑う。
「大事な人の手を離すなよ」
「う、わかってる。けど、今は」
「ああ、今はやるべきことがある、こちらも次に向かう」
二人して仕事の顔つきになる。
ああ、誇りに思える顔だ。
満足に思っていると、あの人がコチラを向く。
「もう、どこへも行くなよ、行かないでくれよ」
もちろん、それは少々危なっかしい自分への釘刺しだったのだろうけれど、泣き笑いの友人と彼はなぜか笑顔を見かわしている。
そして、すぐに彼もその大きな銀色の機体へと戻っていく。
自分と友人は、どちらからともなく顔を見合わせる。
「ホントにいたんだねぇ」
「そうだねぇ」
本当に困っている時には、どこからともなくやってくるというシルバーの機体が飛びたって姿があっという間に消えた後も、二人して青い空をずっと見上げていた。



2018.04.04

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