□ 最高速度は大型ハリケーンの100倍
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何が腹が立つと言われたら、己が見逃していた先回りデータに他ならない。ようするに、ジョンは自分に最も腹が立っている。
もう一方の壁のはずのブレインズは、過不足無い測定データに彼の立場としての冷徹な判断しか下せない。
『ああ、そうだね。完璧なデータだ。スコットがやろうとしていることは問題ないよ』
感情でモノを言うのは現代最高の技術者としての矜持と立場が許さない。
『それともジョンは、うちの最先端技術開発に疑念があるということかな?』
気持ち良さげに風を、正確に言うのならば大型ハリケーンなど軽く凌駕する風速を機外で平然と受けつつ、さらりとある意味煽ってくる兄に、文句のヒトツも言えない自分に本当に腹が立つ。
ちなみに軽く見積もってだが、サンダーバード1号の最高速での風圧は現況知られる最高強度のハリケーンの100倍の強度だ。
ジョンが何に青筋を立てているのかは、推して知るべし、である。
『ジェットパックでは追いつかないのだから、しかたないだろう?』
「だからといってね?!」
「SB1号をジェットパック代わりとはさすがスコットだねぇ」
怒声をあげようとしたジョンにあっさりと被せたのはEOSだ。
感嘆しきりの声で続ける。
「小回りって言う点では大幅にジェットパックに劣るけど、速度っていう点では最高に性能活かしてる、さすがスコット!」
「EOS!」
「ジョンが怒っている理由も意味もわからない。だってスコットは信頼の置けるデータをきちんと事前に提示していた。EOSも解析して、全く問題ないと判断した。ジョンは、トレーシー財団最先端技術研究所の測定データとEOSの解析を疑っているの?」
EOSもこういう際には、生みの親のジョンよりもむしろ冷徹なデータを信奉する。今回のコレはそれをもスコットが見越していたという証左に他ならない。
「疑っていない、そういうことではなく」
「なら、ジョンはスコットを信頼すべきだ」
きっぱりはっきりと言い切ったEOSに、ジョンは一瞬、返す言葉を失う。
「スコットは誤魔化さなかったよ、ちゃんとデータを見せてくれてた」
ジョンはうつむくしか無い。
確かにEOSの言うとおりだ。
問題の無いデータだったからこそ、本当にその実力を発揮させた今の今まで、ブレインズもジョンも見逃していたのだから。
技術データとしてヘルメットとスーツ、そしてマグネットの強度までもきちんと測定されていた。
現に、スコットは何の問題も無く、科学的事実とは全く関係の無い点まで付け加えるなら、余裕の笑みさえ浮かべて1号の機外で最高速にさらされている。
そして、目的のモノをレーダーだけで無く視覚に補足したらしく、す、と眼を細める。
次の瞬間。
ありえない減速、軌道修正、加速、と1号が軌跡を描く。
「な?!」
「約束通り、異物避けたよ!」
ジョンの思わず上げた声に被さったのは、またもEOSだ。
『ああ、見事なモノだな。さすがはEOSだ、ありがとう。やはりコレは人には無理だな』
返ったスコットの言葉に、EOSの得意げな声が返る。
「でしょう?EOSはいつだってスコットとジョンの役に立つよ」
ここまでくれば、ジョンにだって今までの経緯は正確につかめる。
スコットは最初から、安全なデータならブレインズもジョンも見逃すとわかっていた。その上で一人だけまともに解析して返す相手、EOSを協力者として想定していたのだ。
軌道修正後も正確に補足し続けたレスキュー対象に見事に対処するスコットを拝みつつ、深く深くため息を吐く。
「EOS」
「なあに、ジョン」
「とてもいい仕事ぶりだ、だが今度からは最初から僕に報告しなさい」
「スコットもそれで良いって言ったらね。今回の件は褒めてくれて嬉しい」
ああクソッ、と絶対に言葉にはせずに髪を軽くかきむしるだけで我慢する。
そんなやりとりの間にも、世界最速の航空機をジェットパック代わりにしてのけたスコットはあっさりと救助をしてのけ、余裕の笑顔で対象を安全な箇所へと誘導していく。
あっけないというくらいなスピードと安全さで。
『ジョン、今回の件は無事完了だ』
さらりとした声に、ジョンは抑えきれない地を這う声で返す。
「そうだね、ありがとう。今後のやり方については相談させてもらえるかな?」
『安全面では必要十分なデータを提示しているからね、ジョンの提案が律速にならないのなら勘案させてもらうよ』
にこやかな声で返った回答に、この件、どうもすでに白旗しか用意されていないと知ったジョンは頭を抱えるしかない。



2021.05.05 Maximum speed 100 times that of a major hurricane

■ postscript

某所でステキ絵を拝んだ結果。

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