□ その菓子の名は
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ペネロープは、目前でなにやら妙に難しい顔つきをしているゴードンへと、首を傾げてみせる。
「お口にあわなかったかしら?」
「え?!めっちゃくちゃ美味しいよ?!」
お調子者の仮面を被って取り繕うのが得意な彼だが、弾かれたように顔を上げた返したのに嘘はないらしい。
言葉通り、彼の前の皿にあるガトーショコラは、あと一口といったところだ。当然、ペネロープとてそのことはわかっていて、話のきっかけを得たかっただけだ。
「その割には、難しい顔をしていてよ?」
本題を切り出せば、ああ、と苦笑がこぼれる。
「うん、ちょっと考え事してた。こんな感じのしっとりしてるのにチョコ感しっかりって感じのケーキでさ、ほらなんかさ、チョコバーみたいな形のあるじゃない?名前が思い出せなくってさ」
手振りも交えた解説に、なるほど、と思い浮かべる菓子はあったのだけれど、疑問の理由の方が気になったので更に問いかける。
「あら、同じようならガトーショコラでも良いのではなくて?」
「まぁね、家にいるならちょっとお茶でもしなよって引っ張り出すけどもさ。会社じゃそうもいかないから」
「会社?スコットのこと?」
返せば、小さく肩をすくめられる。
「そ、スコット。ペネロープだから言うんだよ?」
などと、少々あざとい言い方をされてしまえば、こくり、と頷くしかない。他言はしない、との意味を込めて。
「職場でいろいろと処理しながら、たまに妙に甘いモノが欲しくなるんだってさ。仕事の合間にお茶って暇が無いらしくてね、簡単に食べられる甘いモノ、探してくれないかって訳。僕なら、余計なこと言わないって見切られちゃってさぁ」
なるほど、とペネロープは頷く。
ジョンに言えば説教しか返ってこないだろうし、バージルとアランは悪意無く他の兄弟に相談してバラしそうだ。その点、ゴードンは器用に立ち回ってくれる、と踏まれたのだろう。スコットはあれでいて、総領息子らしい、一線を引いたドライな視点をもっている。
「そういうことなら、よく見かけるような」
「わかってるよ、僕もそういうの期待されてるって思ったからね、そういうの何回か差し入れたし、スコットにも好評だよ。でもさ、こう、僕として納得出来ないんだよねぇ」
スーパーで見かけるナッツ入りバーはすでに差し入れているし、スコットにも好評のようだが何やら気に入らないらしい。
「チョコレートって補給にはいいってわかってるし、ナッツもね。でもほら、急に人が来た時とかさ、ナッツはマズいでしょ。それにさ」
すらすらと言いかかって、はた、としたようにゴードンは口をつぐむ。
「それに?」
すかさず問いかけてやれば、ゴードンは困ったように首の後ろをなでる。
「んー、まぁ、そっちは僕の勝手だから。それはそうとお嬢さんなら、ご存じなんじゃない?僕の知りたい答えをさ」
にんまりと口の端をあげる顔は、いつも通りのゴードンだ。
にっこり、とペネロープも笑い返す。答えは知っていますけれども、の意を込めて。彼は聡い質だ、あっさりと頷く。
「お嬢さんのこと信用して言うんだからね?出来ればさ、少しでも美味しいモノ食べてもらいたいってことだよ。だってさ、パパの代理やってるのだって僕らを養う為でしょ?スコットは絶対にそうは言ってくれないけどさ。だってほら、一人なら生きてける術はいくらでも持ってるんだしさ。わかるでしょ?ね、協力してよ」
ここまで言われてしまえば、ペネロープとてこれ以上の意地悪はしにくい。にっこりと笑い返す。
「そうね、ブラウニーのことではないかしら?」
返れば、あ、というように口と目が見開かれる。
「あー!ブラウニー!そうだ、ソレだ!」
何度も頷いたかと思うと、心底の笑みが浮かぶ。
「やっぱりね、お嬢さんなら知ってるって思ってた。ついでっていう言い方は悪いけど、オススメ教えてくれないかな」
「わかったわ、後で連絡するわ」
「サンキュー、さっすが」
全く影のない表情になったゴードンは、最後に残ったケーキをそれはそれは美味しそうに口にする。
最後の一口を心置きなく口に出来て何よりだと思ってしまうのだから、ペネロープもたいがいなのだろう。



2021.06.20 The name of the cake is

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