□ 最速の意味
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昨晩も今朝も、それはもうしつこいくらいに確認していたクセに、恐る恐るというようにアランが振り返るものだから、スコットは苦笑を抑えるしかない。
軽く手を振ってやれば、アランの顔には満面の笑顔が広がっていく。いつものシャツ姿で保護者らしさには欠けているが、いるだけでご満悦いただけているようだ。
授業を始めるべく前で注意を引いた教師の方へと視線を戻すが、耳が赤くなっているあたりで察するのは容易、というもの。
視線を合わせた瞬間は、随分お若い人がいるのね、的な視線が集まったが、授業が始まってしまえば親たちの関心は自分の子供のことだ。
特段、目立つ格好をしている訳でも無い青年はあっさりとその中の一人になってしまう。特に、最前列にいる訳でもないので。
そうして、幾ばくかの時間が過ぎた頃だろうか。
おそらくはいつもより数段、一生懸命に教師の話を聞いているだろう末弟から、つい、とスコットの視線は逸れる。そっと、二歩、三歩。
後退れば、そこは廊下だ。
後は、気配を消して速歩に。
「ジョン?」
『悪い、やはりスコットじゃ無いと間に合わない』
返ってきたジョンの声は心底申し訳なさそうだが、スコットはあっさりと返す。
「わかってる、問題ない」
アランがしつこいくらいに確認してきたのも、恐る恐るスコットが来ているかを確認したのにも訳がある。
昨晩から、レスキューが必要になりそうな案件があったのだ。実際動くとなれば、1号でなければ、スコットで無ければならないという。
一方で、という事情がある。
今回の授業参観は、アランにとっては特別らしい。
ここ最近、そういった行事に参加出来ていないスコットにどうしても見てもらいたいことがあるらしく、ここ最近でご褒美がもらえそうな案件全てをこの一件につぎ込んできた。
となれば、だ。
スコットとしては、なんとしてでもアランの授業参観に参加するしかない。
かといって、インターナショナルレスキューの、しかも1号の救助を待つ人を見捨てることもあり得ない。
では、どうすれば良いのか。
屋上へと速歩で向かいながら、あっさりと脱ぎ捨てたシャツの下は、いつものレスキュースーツだ。
ジョンからの通信が入ると同時に呼んだ1号がすでにホバリングしている。
慣れた動きで乗り込んだスコットは、さらり、と告げる。
「Thunderbirds Are Go!」
そうして1号は、最速でレスキュー現場へと向かう。

『本当にあの時間で済ませるとはね』
感心しているというより、呆れている感のあるジョンの声にスコットはにっこりと笑みを返す。
「そのことはもういいから」
『わかってる、再生するよ』
浮かんだ映像はスコットが後退ってぬけた後の授業の様子だ。5倍速で流れていくソレをスコットは無表情に見やっているが、やがて、つい、と指を伸ばす。
再度、等速で再生。
レスキューを補助しつつ、録画している映像を見やっていたジョンは、自分が再再生する前にスコットが気付いたことに、そっと肩をすくめる。
長兄の目には三倍速だろうが末弟の活躍は見逃さないらしい。
目一杯手を伸ばして発言をしたい意思を示したアランは、無事に教師に指名されて一生懸命の様子で応えている。
幼さも残る答えではあるが、悪い内容ではない。
教師も、良いところを指摘して教室の雰囲気も良い。親たちからも拍手が沸くが、アランはふり返ったりはしない。
仕事中は、その内容に全力を尽くすこと。
それが長兄との約束で、勉強に励むことは今のアランの仕事のヒトツとされているから。
ニコリ、と兄らしい笑みでそれを見届けたスコットは、レスキュースーツの腕をまくってさらりといつものシャツを羽織る。
眼下に見えてきたのは、アランの学校の屋上だ。
他人から見ればとんでもない高度から、あっさりと降下したスコットは、振り返りもせずに腕のなにやらを操作して1号を帰還軌道へと乗せる。
そうして、速歩で目的の部屋へと向かう。
そっと入った部屋では、ちょうど教師が最後の発言を求めて声を出したところ。
さっと上がった手の中には、ようく見知ったモノが混じっている。つま先で立っているのでは無いかというほどに伸び上がったのを認めてくれたのか、教師の指名はアランだ。
少しだけ大きめの音を立てて椅子から立ち上がったアランは、まっすぐに教師を見つめながら告げる。
「簡単では無いと思います。ですが、やっていく努力をする価値のあることだと思います」
命とは限らないが己に負担と犠牲の可能性のある、ボランティアや救助などはなされるべきなのか。
トレーシー家の、いや、もしかしたら長兄のモットーをきちんと理解していること。堂々とそのことを告げることが出来ること。
アランが見て欲しかったことは、その一言で十二分にわかる。
ややして、授業が終わって。
終わった、となったなり振り替えるアランへと頷き返せば、笑み崩れながら荷物をつめ、走り寄ってくる。
「ありがとう、忙しいのに」
「いや、いい授業だったね」
にっこりとスコットはアランの髪をかき混ぜる。
「特に、救う側に回る者の命が危うくなるようなことはしてはいけないと思う、というのは良かったと思うよ」
ぱあっとアランの顔が輝く。
「うん、いっつもスコットが言っていることだもんね」
「ああ、アランもきちんと覚えていてくれて、嬉しいよ」
「当然だよ」
照れつつも、自慢げな弟にスコットの笑みも大きくなる。
ジョンに録画をしておくよう言っておいて本当に良かった、と。そして、このシャツの下にレスキュースーツを着るクセをつけておいて良かった、と思いつつ。



2021.10.02 The meaning of fastest

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