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夏の夜のLabyrinth
〜1st. 緋闇石〜

■fragment・1■



「忍、お前までいなくなっちまうかと思ったぜ?」
そう声をかけてから、ジョーは煙草をくわえる。
ライターで火をつけ、ひとつ大きく煙を吐いても、背を向けたままの忍からの返事はなかった。
軽く肩をすくめると、ソファに腰をかける。
時間が必要なのは、わかっていた。
それは、ジョーも同じことだ。
明らかに、煙草の量が増えている。ただ、その自覚がある分は忍よりも動揺の具合が少ないのかもしれない。
窓に向かったままの忍にとっては、失ったものが大きすぎるのだ。
一ヶ月前に幼馴染みを。
そして今度は、その失踪の手がかりをつかみかかった軍師を。
手がかりをたたれたコトへの苛立ちよりなにより、きっと忍の中にあるのは。
自分の非力さへの、言いようのない怒り。
なにもできなかった、そして、なにもできないことへの。
「……畜生ッ!」
窓ガラスが、大きな音を立てる。
いっそ窓ガラスが割れて、自分の手が血だらけにでもなれば、少しは気が休まったかもしれない。
窓ガラスの向こうの光景は、灰色だ。
雨が降っているせいで、景色に色彩がない。
形容するなら、『どしゃぶり』の雨だ。

一ヶ月前なら、こんな光景は見ることなどできなかった。
天候管制所(Weather Contorol Center=WCC)の天候管制塔(Weather Control Tower)が『故障』してから、もう一ヶ月がたったということだ。
だいぶ見なれた景色になりつつあるが、それでも、この雨が不気味であることには変わりない。
人間の手で作り出されたはずの星が、自分たちの手では制御できなくなることへの『恐怖』。
しかし、その『恐怖』を感じているのは、この人口の星『Aqua』の中枢部をほとんど網羅している国、ここリスティアでも、ごく少数だろう。
WCCが『故障』ではなくて、『破壊』されたのだという事を知る者は限られている。
構造、システムについての正確なデータが残っているとはいえ、地球の数倍の大きさを持つ『Aqua』を作り上げるほどの超科学を駆使していた旧文明時代の産物を、正確に復旧するのには時間が必要だ。
徹底的に旧文明を崩壊させた戦争から293年が経っていて、復興がずいぶん進んでいるとはいえ、あれほどの科学は確立されていない。
538年前、破壊しつくした後に捨て去った『地球』がどこに存在するのか、すら把握できていない。
それに、これ以上の恐慌状態は、いまのリスティアには危険すぎた。
大概の人々の恐怖の対象は、二週間前に突如『宣戦布告』もなしに侵攻をはじめた『紅侵軍』にある。
その不意打ちによって、国境演習中だった一部隊三十名が無残に命を落としたという事実は、もう百年以上も戦争を経験していない人々を震え上がらせるのに充分だった。

だいたい、二週間というのが、あまりにもタイミングがよすぎる。
忍の幼馴染みで、この『第3遊撃隊』の一員である俊が行方不明になってから、二週間での侵攻開始。
そして、侵攻開始から二週間で、今度は遊撃隊軍師、村神優の行方不明。
どちらも『紅侵軍』の現れた、リマルト公国との国境付近での出来事だ。
一回目の国境付近調査は、不審火の調査が目的だった。
『遊撃隊』は、他部隊とは異なり少人数で特殊任務を果たすのが仕事だ。
武装していない警察のかわりに、不審なものの調査をこなすのは珍しい事ではない。万が一、テロなどの凶悪な犯罪行為だったら、警察の手には負えないからだ。
すっかり平和な日々がついている昨今では、こういった任務の方が主な仕事だ、といっても過言ではない。
もっとも、リスティア軍内に『遊撃隊』が組織されたのは、ここ数年のことらしいが。
しかも、その存在も、軍役について配属されてはじめて知った。ようは、秘密裏の組織らしい。
集められているのは、それぞれ特殊技能がある者ばかりのようだった。
にも関わらず、一回目は俊を失った。
不審火というには、まばゆすぎる紅の光が火柱のように立ちあがった。と、思った次の瞬間、目前から俊は消えていた。あまりにもあっという間で、誰も、何も出来なかった。
そして、二回目だ。
いや、二回目の国境付近調査は、その危険性がわかっていてやったのだが。
結果は、自分たちの『危惧』を見事に証明したものとなってしまった。のみならず、最も失ってはならない軍師の行方不明、という最悪の結果に終わったのだった。
一ヶ月前には、六人だったのに。
いまは、四人。非力さに唇を噛むしか出来ない自分が、歯がゆすぎて悔しかった。

「あいつら、何する気なんだ」
ぽつり、とつぶやく忍に、ジョーが答える。
「まだ、あいつらだと決まったわけじゃない」
「でも、あいつら以外にッ!」
抑えきれない感情がこもった瞳が、振り返る。
案外、激情家なんだな、とジョーは思う。優が不審火に包まれた瞬間、自分が止めなかったら、忍も火中に飛びこんでしまったに違いない。
そんな、前後さえわからなくなるタイプだと思っていなかった。いや、忍が皆を代弁するかのように激怒してくれてるおかげで、自分が落ち着いていられるだけなのかもしれない。
今回の事で心穏やかでないのは、自分だって同じだ。
ジョーの冷静な瞳と目があって、忍は少し、目線をそらす。
「あいつらの仕業以外には、考えられない」
「ああ、それは、わかってる」
だいたい、人とこうして多くの単語を交わしていること自体、ジョーにとっては普通ではない。
多分、こうして口でもきいていないと、自分も何を思うかわからないからだ。
「でも、本当にあいつらの仕業だとしたら……」
煙草を消して言いかかったところで、かたり、という音がした。
忍の視線が、そちらに移る。ジョーも振り返る。
入ってきたのは、『第3遊撃隊』の残った四人中の、あと二人である。
今回の顛末を、総司令部に報告に行っていたのだ。
二人とも、結果を言いよどんでいるのか、口をつぐんだままだ。
「で?」
ジョーが、促す。
「代理の軍師が、着任するそうよ」
黒髪のセミロングの方、須于が答える。それに、ポニーテールの方、麗花が続ける。
「三ヶ月で挽回できれば良し、さもなくば、解散」
「挽回って……?」
忍が、まさか?という目で聞き返す。
「そうよ、不審火の正体を解析するのと、俊と優がどこにいったのかと、結果如何によっては『紅侵軍』から取り戻すのと、あわせて三ヶ月」
肩をすくめる。解散しろと言わんばかりね、というわけだ。
「…………」
忍は声を失ったらしい。
さすがに、ジョーも軽く眉をしかめる。
「三ヶ月で、この状態で、か?」
「これでも、随分と寛大な処置だと思いますけどね。結成から二ヶ月でなんの功績もないのに、六人中二人も行方不明者を出しているのですから」
不意に加わった別の声に、四人は一斉に振り返る。
そこには、細面で華奢な体つき、髪が腰までありそうな、形容するならば『絶世の美人』という人物が立っていた。
もっとも、印象的に残るのは冷たい光を宿した瞳の方だが。
「誰だよ、お前?」
「勝手に上がりこむなんて……」
ここには特殊な鍵がなくては入れないのを忘れて、思わず麗花が言いいかかる。
相手は、ちら、冷たい視線を送ると、ぴら、と辞令を見せる。
「天宮 亮、本日付けをもって、『第3遊撃隊』軍師代理をおおせつかった者ですよ」
口元に、不敵な笑みがある。
「天宮って……まさか、総司令官の?」
総司令官、とはリスティア軍総司令部の長官で、リスティアのみならず『Aqua』全体において発言力の大きい実力者だ。ほかに思い当たる苗字がない。
「まぁ、いちおう子供という立場ですが、この際それは関係ないでしょうね。あなた方に興味があるのは、三ヶ月で目的が達せられるか、でしょう?」
なんかこう、丁寧だがとげのある物言いだ。不審火の解析にすら手を焼いた自分たちを、バカにしているとしか思えない。
四人とも、一様にむっとしたようだ。忍が、かろうじて抑えた声で聞き返す。
「へぇ、じゃ、三ヶ月で目標が達成できる、と?」
「もちろん、僕の指示にしたがっていただければ」
「なによ!まるで優の指示が悪かったみたいな言い方ね?!」
さすがに麗花が抑えかねたのか、声を荒げた。
「一回目はともかく、二回目の国境調査は明らかに作戦ミスですね、言わせていただければ」
怒り爆発寸前だが、そのせいで優を失ったのは確かなので、何も言い返せない。
かといって、このまま顔を合わせてると、ヤツ当たりとわかっていてなにか言ってしまいそうだ。
「まぁ、ひとまず」
ジョーが、一呼吸してから言った。
「部屋、でも決めたらどうだ」
「そうね、空いてるところって」
須于が、抑揚のない声で引き取る。
四人の視線があって、忍が軽くため息をついた。
「ああ、俺の隣りだな」
どうやら、忍はいま少しの間、亮の相手をしなくてはならないのが決定したらしい。



忍は、殺風景な部屋を指し示す。
「ここな、お前の部屋」
本当なら、『手伝おうか』と言うところだが、さすがにさっきの今で、そんな親切をしてやる気分ではない。
「ま、持ちこむものは、勝手だし」
亮は、それには返事をせず、無表情に軽く部屋を見回した。
部屋の中は、雨戸がしまっている窓がひとつ。それから、二人が立っている扉のほかに、奥にもうひとつ。
そして、奥にどうみても廊下へは出られない扉が、ヒトツ。
不信気に、亮の眉が上がる。
「あの扉は?」
「ああ、あれは、俺の部屋と繋がっちまってる扉。棚でバリケード張るもよし、鍵を三個取りつけるもよし、好きにするんだな」
開いてたって、頼まれても行き来しないだろうけど、と思いながら答える。
「荷物をとってきます」
相変わらず無表情なまま言うと、亮は背を向けた。
ありがとうとか、そういうのはないのか、と怒る気力すらなくなる傍若無人さだと思う。
だいたい、何も実績がないのは亮だって同じハズだ。それでいて、あの自信はどこからくるのだろう?
総司令官の息子だからだろうか?でも、どちらかと言うとそれを持ち出されるのは、迷惑そうにも見えた。
いや、プライドが高すぎて、そういう七光り的なものがイヤなだけかもしれない。
あいつなら、それもありそうだ。
なんにしろ、と忍は思う。
人当たりがよかった優とは、正反対の軍師が来たようだ。



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