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夏の夜のLabyrinth
〜1st. 緋闇石〜

■fragment・2■



居間を見渡しながら、麗花が不機嫌そうに言う。
「で、あったらしい軍師殿は、どこ行ったのよ?」
ここにいるのは四人。忍、ジョー、須于、麗花、だ。
夕飯後、いちおうの新体制になったことなので、集まることになっていたのだが。
「ノックしたけど、部屋、いなかったみたいだぜ?」
忍が聞かれる前に答える。
ジョーは黙ったまま、煙草に火をつけた。
須于が、玄関の方に目をやる。
「外へ行った感じでもなかったわね」
「じゃ、あそこしかないな」
言いながら、忍はかったるそうに立ち上がる。

あそこ、というのは、一見普通の家に見えるこの家の地下に作られている『司令室』だ。
最新の機器が集められている、と言われるそこを、本当に使いこなせるのは数えるほどだろうね、と優は言っていた。
入ってくる情報量が多すぎて、通常の人間には処理しきれないのだそうだ。
優も、『司令室』の半分、使っていたかどうか。
それでも、かなり優秀な軍師なのだ。普通部隊の司令官では、四分の一、使いこなせればいいところらしい。
だったらいったい、あれを使いこなせるのはどういう人間なのだろう?
あれを使いこなせる人間がいたとしたら、あるいは三ヶ月の期限内に、どうにかしてしまうのかもしれない。
しかし、そんな人間がいるわけなどない。
階段を降りながら、そんなことを考える。
案の定、亮は『指令室』にいるらしい。在室者を告げるランプが、点灯していた。
なんとも思わずに、コードを入力して扉を開く。
「?!」
思わず、顔をそむける。
眩しすぎる。
いったい何が……と、ゆっくりと目を開けて、そして、何が起こっているのかがわかって、また愕然とする。
眩しすぎる、と思ったのは『司令室』中のモニターというモニターが、映像を流しているせいだ。
それが、目の回るような速さで、次々に切り替わっていく。超高速で逆走三回転するジェットコースターより、タチの悪い景色の流れがそこにある。
そして、すべてのモニターから発せられる様々な音、音、音。
それぞれの音量は小さいようだが、それが集合体になると、まるで音の洪水だ。どこで何の音がしているのか、さっぱりわからない。
よくよく目を凝らすと、『司令室』の真ん中にすえられた大きめの背もたれの椅子に、誰かが座っている。
いや、誰かはわかっているが、その姿がわからなくなるくらいに回りのモニターの切り替わりが速い。
まともに見ていると、訓練で鍛え上げているはずの忍でさえ、本気で酔いそうだ。
目を細めて、あまりモニターが目に入らないようにしながら声をかける。
「おい?」
言いながら、聞こえるわけないか、と思う。
これだけの音の洪水で、聞き分けられたら普通ではない。
だいたい、このわけのわからん中にいて、何をやってるんだこいつは。
そこまで考えたときだ。全画面が、一斉に一時停止して、ぎくっとした。
同時に、音の洪水も止まる。
「なにか、ご用ですか?この声は、速瀬忍、でしたね」
声がして、椅子がくるりと回転し、亮がこちらを向く。表情が不機嫌だ。邪魔するな、とでも言いたげな。
本来の目的を忘れて、思わず尋ねる。
「聞こえたのか?」
「なにがです?」
怪訝そうな表情だ。
「いや、俺の声が」
「当前でしょう」
そんなくだらないことを、いちいち訊くな、とでも言わんばかりだ。
しかし、忍が納得していない表情なのに気付いたらしい。面倒くさそうに付け加えた。
「無機質な音の中に有機質の音が加われば、嫌でも気付きます」
どうやら、それで説明は終わりらしい。それ以上でもそれ以下でも、ないようだ。
「……ここで、何してるんだよ?」
「何って、一つしかないでしょう?」
亮は、ますます怪訝そうな表情になった。
「三ヶ月以内に、目標をすべて達成するための準備ですよ」
「どこがだよ、あんな無茶苦茶に映像流して」
さすがに、ちょっとムッとしてくる。これを、通常の人間に使いこなせるわけがないのに。
だいたい、あんな音が交じり合ってしまって、何が得られるというんだ。
「無茶苦茶?ああ、あなたにはね」
「なんだと?」
亮はヒトツ、ため息をついた。これだから馬鹿はイヤなんだ、と言われた気がして、ますますムッとする。
「画面をよく見たらどうです?どこが無茶苦茶なのか、お聞きしたいですね」
言われて、一時停止しているモニターたちを見上げる。
止まっている画面を見ると、それがなんなのかは一目瞭然だった。
大量のシュミレーション。
それから、自分たちの戦力データの詳細な解析。それがそれぞれの画面に、理路整然と並んでいる。
確かに、ひとつひとつは意味ある画面だが、それを一度にとは。
かえって意味のないものになりはしないか。
いや、亮はさっき、あの音の洪水の中から、正確に自分の声を聞き分けた。
人の声だ、というだけではなかった。誰の声か、も聞き分けていたのだ。
ほとんど声を聞いたことがないはずなのに。
本当に、見分けられるとしたら、聞き分けられるとしたら?
彼こそが、この『司令室』を使いこなすことの出来る人間だ、ということだ。
そして、ぞくり、とした。
本気なのだ、彼は。
三ヶ月で、本当にすべてをこなす気なのだ。
黙り込んでしまった忍に、亮は感情のこもらない声で言う。
「用が無いようでしたら、続きがあるので」
出ていってくれ、ということだろう。
それで、本来の目的を思い出す。
「あ、そうだ、上でみんなが」
「非生産的なことは、止めておきましょう。それより、明日は早めにここに集まっていただきたいですね」
亮の言うとおり、顔合わせなんて非生産的だ、と言ってしまえばそれまでなのだが。
よくもまぁ、ここまできっぱりと言えるものだ。
でも確かに、上に行くヒマがあるのなら、ここで情報解析した方が、格段に生産的なことは確かだ。
「わかったよ」
肩をすくめ、諒承の意を伝える。
背を向けて出ていこうとした忍に、亮の声が追いかけてくる。
「よく寝るのも、仕事のうちですよ」
「え?」
空中に、なにかキラ、としたものが放物線を描いて、忍の手の中に収まる。
それはどうやら、錠剤のようだ。
「?」
「軽い睡眠薬です、こうもいろいろあったのでは、よく眠れないでしょうから」
自分の言うことだけ言ったら、後は背を向けられてしまう。
今日はよく眠れるわけがないと思っていたが、それを察されるとは思わなかった。
「どうも」
仕事の邪魔だと言われそうだなと思いつつ、今日の自分にはありがたいものだったので、素直にそう言う。
亮からの答えは、モニターの映像が流れ始める、というものだ。
いいかげんに出ていけ、ということらしい。

「ウソ、『司令室』を使いこなしてたって言うの??」
麗花の目が丸くなる。
須于も、不審そうな表情だ。
「あそこのモニター全部の情報を解析できるのは、機械くらいよ」
昼間の亮の態度が気にいらないのだろう、二人とも、かなり機嫌が悪そうだ。
それでなくとも、短い期間とはいえ、一緒にやってきた仲間が行方不明なのだ。不安定になるのが当然だろう。
それは、忍も同じことだ。
できることなら、早く取り戻したい。できるものなら。
あの傍若無人で唯我独尊な軍師に、腹を立てる気持ちも、よくわかる。
自分だって、いまだに一言一言を思い出すと、それだけで腹が立ってくる。
でも、考えようによっては、だ。
本当にあの『司令室』を使いこなせるほどの力量の持ち主ならば、これを利用しない手はない。
三ヶ月以内にすべてこなしたら、元に戻す、と総司令部は言っているのだ。
ということは、三ヶ月我慢すれば、元通りになるということではないか。
志願兵役期間が三年あることを考えたら、三ヶ月など短いモノだ。
ジョーも、同じ事を考えたらしい。口にはしないが、黙って煙草を吸っている。
それに気付いた麗花が、からんできた。
「なによなによ、男二人して落ち着き払っちゃって」
「いや、さ」
忍が、ぽつ、と口を開く。
「利用出来るものは、利用した方がいいかと思ってさ」
その台詞で、須于には、忍とジョーが何を考えているのかわかったらしい。
まだ腹は立っているようだが、頷いてみせる。
「そうね、このまま解散させられるよりは、いいかもしれないわね」
「ははーん、あの軍師を利用するだけ利用して、ポイッって考えなわけね」
誰もポイッとまでは言ってないが、麗花にも話が見えたようだ。
代理は代理のままで終わらせよう、というわけだ。
「わかったわ、それ、のった」
麗花が、首を縦に振った。
須于も頷く。
「悪い考えじゃないわ」
ジョーも、軽く頷く。諒承した、ということだ。
「じゃ、意義無しってことだな」
「さて、どんな作戦をだしてくるのかしら、ね」
「ま、明日のお楽しみってとこね」



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