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夏の夜のLabyrinth
〜1st. 緋闇石〜

■fragment・10■



「ひとまず、終わったようですね」
亮の物静かな声で、我に返る。
「スキって……亮のことだったのか」
「今回のことで、だいぶ旧文明産物のことも調べましたから」
相変わらずの無表情で言う。
「せっかくですから、『物質転送装置』も役立てようと思いまして」
何でもないことのように言いながら、目前で気絶している者を指す。
「どうやら元に戻ったようですが、一通りの検査は必要でしょうね」
言われて動かした視線の先には『緋碧神』ではなく、俊がいた。
慌てて、揺り起こす。
「おい、俊ッ!しっかりしろよ?」
「……?」
俊が、ゆっくりと、眼を開ける。もう、その瞳の色はあの表情のない『緋碧神』のモノではない。
「……忍?」
それから、あたりを見渡して、驚いたように瞬きをする。
「いったい……?なにがどうなってるんだ?『不審火』の捜査してたんじゃなかったっけ?」
どうやら、『緋闇石』に取りこまれてからの記憶が無いらしい。
本当に、不思議そうだ。
首を傾げつつも、さらに辺りを見まわした俊の視界に、亮が入ったらしい。
眉が、かすかにしかめられる。
なにか、口を開きかかったとき、だ。複数の足音が近づいてきたかと思うと、ジョー達が顔を出す。
その表情は、作戦が成功して喜んでいるというより、むしろ、驚いているものだ。
「本当に……魔法が解けたみたいに、止まっちゃったわ、攻撃……」
「リマルト公国側の人たち、ほんと、なんで自分が攻撃してたか、わからないみたい」
それから、俊が本当にいることにも驚いたらしい。
「ホントに……いたんだな」
作戦を遂行したほうがこうなんだから、俊のほうはもっとわからないのは、仕方ない。
「な、なんなんだよ??いったい、何が起こったんだよ?」
「ともかくも、『元通り』のコマは揃ったようですから、急いで手続きしないと、あと一日しかありませんよ」
亮の冷たい声に、四人が我に返る。
「なんのかのと書類手続きがありますから、このまま『総司令部』に向かった方がいいですね」
この場をさくさくと仕切っている亮に、俊は不審そうな瞳を向ける。が、忍たちが大人しく聞いているのを見て、なにか理由があることと察したのだろう。口をつぐんだ。



優と俊は、ひとまず、検査が必要だから、とジョー達のバイクで病院へと向かう。
語学に堪能な麗花は、ライムーンを見つけ出して何が起こっていたのか、を説明することを引き受けたようだ。
ライムーンがリスティアに来た時にはなにも言わなかったが、やはりリマルトの言葉もできるらしい。
そんなわけで、忍は亮を後ろに乗せて、『総司令部』に向かっている。
亮の言う通り、なんだかんだの手続きを考えたら、報告を含めて急がないと今回の最大の目的だった『元通り』がフイになってしまう。
それにしても、と、忍は思う。
亮は何気ない表情で、『物質転送装置を使った』なんて言っていたが、旧文明が滅びた時期を考えたら、使ってみようかな、なんて安易な気分で使えるモノではない。それなりの覚悟が必要なはずだ。
恐らく、転送するタイミングも位置も計算はしつくしただろうが、多少でもずれれば、あの『緋闇石』から発せられる光になにをされるかも、わからない。
作戦遂行前にずっと考えていた疑問が、いまや、はっきりとした形となって心に蘇っている。
どうして、ここまで、できるんだろう?
「なぁ?」
亮からの、返事はない。
バイクの上から声かけてるから無理ないといえばそうかもしれないが、亮には聞こえるはずだ。
しかも、前に誘拐事件の時に乗せたときより、えらく、こちらに持たれかかっている気もする。
『元通り』が目的だ、というものの、さすがに亮も多少は感情移入でもしてたかな、と思って、苦笑する。
例えそうだとしても、それを表に出すわけないことに思い当たって。
でも、だとしたら、もたれかかっているのは、本当に躰を支えきれないからということになる。
『総司令部』まで、もう少しのところまで来ていたが、忍はバイクのスピードを緩める。
自分の躰に回っている、亮の細い腕を見下ろすだけの余裕を作ったのだ。
白い手の細さは、もともと尋常のモノではない。それにしても、最初の頃よりさらに痩せているのは否めない。
ここ二週間は、食事の準備にすら現れなかった。他人の食事までかまってられない、だけならいいが。
おそらく、亮は自分の食事も考えてはいなかった、のではないか?
そこまで、思って慌ててバイクを止める。
忍の体の前で組み合わされていたはずの亮の腕が、急に揺るんだから。
片腕を引っつかんで、振り返る。
「おい、だいじょ……」
大丈夫なのか?と、尋ねたかったのだが。そうではないことは一目でわかる。
その顔から、血の気がすっかり引いている。青白いというより、真っ白、といったほうがいいかもしれない。
なのに、亮は微笑んでみせる。
「少し、貧血をおこしたようですね、大丈夫ですよ」
音量はさすがに落ちているが、声はしっかりしたモノだ。
「早く『総司令部』に行かないと」
「……どうしてだよ?」
思わず、口からそう出ていた。
「どうして、ここまでできるんだよ?『第3遊撃隊』のために?」
亮は微笑んだまま、だ。
「なぁ?!」
肩をひっつかんで、はっとする。なにか、生温かいモノが触れたのに気付く。彼の体温ではないなにか。
亮も、さすがにかすかに顔をしかめる。
「!」
手を、見る。
すべり止めにしている指無しの手袋のほうはともかく、その先の指には、赤いモノが、べったりとついている。
見間違いようのない、この赤黒い液体は、血、だ。
いったいどこで、こんなことになったのか、忍にはすぐにわかる。
『緋闇石』のスキを作ったときだ。焔のような光が一瞬消えたのは、戸惑ったからではない。
一度光を発し終えたから、だったのだ。そして、その焔は、亮に当たっていた。
あからさまに、貫いたりということがなかったので、失念していた。
その上、亮はその気配すら感じさせなかった。
「こんなケガしててなにが『総司令部』に急げ、だよ?!」
「『元通り』にするため、ですよ」
こんな状況になっても、相変わらず、亮は落ち着いた口調のままだ。
「馬鹿か?!こんなケガほっといたら、失血で死んじまうぞ?!」
「そうですね」
まるで、人ゴトだ。
基本的に、自分に対する意識が欠落してることに、初めて気付く。
自分が嫌われても、憎まれても、たとえ死んでしまっても、その事実はわかるが、それを辛いとか、怖いとか、そういうことを感じ取る感情が、欠落してしまっている。
理由は、知るべくも無いが。
なにかが、亮のそういう感覚を消してしまったのだ。誰だって、持っているはずの感覚を。
だから、できたのだ。あれだけ反感をあおりながら、優が戻ってきた時、すぐに『元通り』になるように仕向けることが。計算ずくの上で。
それは、わかったけれど、あんまりだ。
「いくら『元通り』になるからといって、誰かの命を犠牲にするつもりは、ないからな」
忍は、はっきりと宣言すると、有無を言わさず、止血をする。
「いまは、代理とはいえ、亮だって『第3遊撃隊』の一員なんだし」
言われた亮は、ヒトツ、瞬きをした。ひどく、驚いたらしい。でも、すぐに気を取り直したようだ。
「では、軍師の指令に従っていただきましょう、『総司令部』に行って下さい、まっすぐに」
落ち着いた瞳が、こちらを見つめている。
「これは、僕のプライドの問題だけです。僕が指揮しておきながら『元通り』がおじゃんになるなんて、許せないだけです」
忍は、また、どうして、と言い出す前に亮は答える。静かに微笑んだまま。
ただ、その笑顔は、『軍師な』ものではなくて、痛みを知ってるどこか頼りないモノだったが。
恐らく、そうなっていることに、亮は気付いてないに違いない。
「ただ、それだけです」
忍に言ってるだけではない、まるで呪文のようにそうやって、自分の中の感情を消し去ってしまう。
冗談じゃない、そう思う。
「俺だって『第3遊撃隊』の『元通り』のために誰かが死ぬなんて、プライドが許さないね」
まっすぐ見つめたまま視線をはずさずに言う。
理由を言いたくないのは、仕方が無い。でも、それで自分を犠牲にさせるのはまっぴらだ。
たとえ、本人が、自分が何をしようとしているのかをわかっていないとしても。
亮は、降参のポーズをして見せる。
「わかりました、では、ヘッドホンを借りますよ……少しでも手続き、しておいた方がいいですから」
『元通り』のほうも、諦めるつもりは無いらしい。
「ああ」
首に降ろしたままだったヘッドホンを渡す。
それから、バイクに座りなおす。片手は、亮の腕を引っつかむ。
また、貧血でもおこしたら落ちてしまうし、そうじゃなくても亮なら、『元通り』のために自分から落ちるくらいのことは、やりかねない。
発進したバイクの後ろで、ぼそぼそとなにやら連絡を取っているらしいのがわかる。
向かう先は、『総司令部』ではなく、『国立病院』だ。



亮がヘッドホンでいろいろと手を回してくれていたお蔭だろう。
なんのかんの、の手続きは全て、間に合ったようだ。
ようは、あとは総司令官からの正式な『通達』さえあれば、『第3遊撃隊』は『元通り』というわけだ。
様々な辞令が通達される部屋で、検査も終了して、無事、五体満足が証明された俊を含めて、その『通達』を待っている。『通達』は最後の儀式のようなモノで、形だけだ。
そう思うと、肩の力が抜けていく。
手持ち無沙汰なので、忍は窓の外に眼をやった。
『Aqua』でも最も高い建造物である『総司令部』は百階建てのガラス張りに見えるビルだ。
これも、旧文明産物といわれているが、それが事実かどうか知る者は、極少数に違いない。
この部屋もその八十階で、全てが下に見下ろすことが出来る。
向こうに見えるのは、首都アルシナド最大の公園、中央公園だな、なんて思いながら、ぼんやり見つめていて、はた、とする。
いつのまに、木々の緑がすっかり濃くなっている。夏の色だ。
最初、『不審火』の捜査に行く時は、まだ梅の季節だったのに。
あと、一ヶ月もしたら、花見だな、なんて言っていた。
いつのまにか、もう六月も終わろうとしていることに気付く。この三ヶ月、自然に目を向ける余裕なんて、まったく無かったのだと気付く。よく見れば、大通りの中央分離帯を飾る花、あれは紫陽花だ。独特の青が、正常稼動を始めたWCCによる梅雨の雨で、かえって映えている。
俊が脇に立っている。
「参ったよな、気付いたら夏かよ」
おどけた口調だが、本当は不安もあるに違いない。
何が起こって、自分がどうなっていたのかを告げられてはいるが、それが事実だと確かめるすべは、まったく無いのだから。挙句、記憶もきれいさっぱり消え去っている。
でも、どう慰めたとしても、無駄だというのも知っているから。
忍は、ただ、笑顔を向ける。
「俺も、気付いたら夏だったよ」
それも、本当のことだから。きいた麗花も笑い声を上げる。
「ホント、気付いたら夏になるとこだったね」
「そうね」
須于も頷く。ジョーもかすかに口元に笑みが浮かんでいるので、同じなのだろう。
それだけ、夢中で『元通り』のために戦っていた、ということだ。
麗花が、不思議そうに首を傾げる。
「ところで、優はどこ行っちゃったのかなぁ?」
検査が終わったから、と帰ってきたのは俊だけで、無事救出を確認したあの日以来、優に会っていない。
もし、検査中に異常があったのだとしたら、今日の『通達』はありえないから、そうではないはずだ。
「たぶん、すぐ元気な顔見せる……」
まるで、忍が答えかかったのを合図にしたように、扉が開いて、優が姿を現す。
笑顔を向けようとして、彼の顔に浮かんでいるのが、なにかを決意したものであることに気付く。
「今回は僕のせいで、随分、苦労させてしまったね」
懐かしい、落ち着きのある声は、しかしどこか寂しげだ。
「最初から、僕の采配ミスだったんだ……俊くんが、行方不明になったときから」
「それは、いったい……?」
「総司令部から、極秘情報が来ていたんだよ。『不審火』は『旧文明産物』の可能性がある、とね」
その顔に、いままで見せたことなど無かった自嘲の笑みが浮かぶ。
「僕は、それを二度までも無視した…遊撃隊の軍師としては、完全に失格だ。亮くんは見事だったね、重要戦力を欠いた上、軍師代理という立場で、ここまでしたんだから」
「でも、人間的にはすっごく、問題あったわよ?」
「そうね、逆なですることばかり言うし」
優は微笑んだままで、口々に不満を言う二人に、尋ねる。
「早く、僕に戻ってきてほしいと思った?」
二人は、申し合わせたように、こっくり頷いた。
「それが、軍師代理の仕事なんだよ」
「え……?」
麗花と須于は、あっけにとられた顔つきだ。
「『代理』であるからには、いつかは『本軍師』に手渡さなくちゃならないから?」
忍の、いつもより低い声での確認に、優は頷いてみせる。
「そう、作戦は信用させなくてはならない。でも、精神面まであまりにも信頼関係が築き上げられてしまうと、本軍師のペースに戻すのが大変だから、ね」
ジョーが、かすかに眉をしかめる。
「忍、気付いてたのか?」
「あれだけ逆なでするわりに、ほかのことでは、あまりにも察しがよすぎたから……やろうと思えば、逆撫でどころか、混乱してる人間を落ち着かすくらい、簡単みたいだった」
「脅されてたわけじゃない、と」
重ねてジョーが尋ねる。俊は不思議そうだが、須于も麗花も何のことかすぐにわかったらしい。
「そうだよ、『紅侵軍』に優がいるってわかったとき、言わないでくれっていったのは俺の方だ」
「それさえも、自分の役目の為に使ったってわけね」
須于は、ため息とともに肩をすくめる。
肝心なことをぼかして信頼感を適当に薄めてしまうのも、全部、亮の計算のうちだったというわけだ。
「すっかり、乗せられてたんだ」
麗花も、やられた、という顔つきだ。
「じゃ、彼が本軍師になっても、やっていけるね?」
「優……?」
優は相変わらず、穏やかに微笑んだままだ。
「あれだけ采配ミスをしといて、人に救出されたあげく、何事もなかったように我が物顔で軍師に戻るなんて、僕も出来ないよ。……留学しようと思ってる」
微笑んではいるが、決意している瞳だ。
なにを言ったところで、引き留められはしない瞳。
『元通り』が目的だったはずなのに、それは、どうやら、おじゃん、のようだ。
なんとなく、この三ヶ月の目的を見失ってしまったような気がして、口をつぐむ。
「別に、永遠にお別れの訳じゃないさ。勉強し直して、もういちど遊撃隊を任せてもらえるか、挑戦するよ」
もう、優はそう決めたのだ。
忍は、頷く。
「うん、わかった」
ジョーたちも、優の決意は理解したのだろう、笑顔をみせる。
「帰ってくるの、楽しみにしてるからね」
「連絡してね」
「ああ、ありがとう。じゃ、僕は、これで」
優は、微笑んだまま、また扉を開ける。忍たちに別れを告げる為に、ここに来たらしい。
「そうそう、『通達』はね、新しい軍師が持ってくることになってるからね」
最後の最後で、いたずらっぽい笑みを浮かべて、優は扉の向こうに消えてしまう。
残された五人は顔を見合わせる。
「新しい軍師……ってことは?」
「このまま、『第3遊撃隊』は存続ってことだな」
「気付くのが遅いんじゃないんですか、少し?」
相変わらず、ちょっとバカにしたような落ち着き払った声が聞こえる。
振り返ると、亮がいつの間にか、立っている。
「なにが計算よ、ぜっんぜん、変わってないじゃない」
麗花が、憤然と言い返すので、みんな笑ってしまう。
言った麗花も笑っているから、本気ではないらしい。
どうやら、このまま、新生『第3遊撃隊』が発足するらしい。
忍は、そっと尋ねる。
「ケガ、大丈夫なのか?」
あれから数日しか経っていない。
「ええ、ふさがったみたいですから。辞令もおりたので、退院しました」
こともなげに言われてしまうと、みもふたもない。忍は、そういう問題じゃないだろ、という台詞をかろうじて飲み込む。
でも、亮の笑顔には、前のような冷たい影はない。どちらかというと、無邪気なものだ。
まだ、当然のことながら、血色はいたって悪いが。
亮が軍師である限り、おそらく『第3遊撃隊』は最強を誇るに違いない。
なんといっても、旧文明産物である『緋闇石』を相手に、人数さえ欠けてる遊撃隊を操って、最初の約束通り三ヶ月の期限内に、勝利してしまった。
でも、まだ彼があんなに、『第3遊撃隊』に入れ込んでいた理由もわからない。
それに、これからも、いろんなことが起こるはずだ。
そうだな、と、忍は思う。
これから、本当の『第3遊撃隊』が始まるのかもしれない。



〜fin〜


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