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夏の夜のLabyrinth
〜1st. 緋闇石〜

■fragment・9■



ライムーン・ミューゼンをむざむざと『紅侵軍』に引き渡してから、また通常通りというか、亮が軍師代理として就任してからの生活が始まる。
ようは、『紅侵軍』を牽制することと、捕虜を捕らえることが目的の攻撃を、繰り返すということだ。
戦いの主導権を、こちらの側に握り続けること。狂信集団が相手なだけに、これだけは譲れない。
もし勢いを与えたら、なにをしだすか、本当にわからない。
だが、最初に与えられた『第3遊撃隊』解散までの期限も刻々と迫っている。
ライムーンを取り上げられた時点で、もうあと二週間だったのだ。なのに、亮は相変わらず、飄々といつもどおりの指示を出す。まるで、刻限が迫っていることを知らぬが如く。
しかし、どうやら『司令室』から、ほとんど出ていないようであることも確かだ。食事の準備にも現れないし、自分の部屋にいる気配もほとんどない。
『司令室』で、『紅侵軍』の膨大なデータと向かい合ってるのには間違いないのだろうが、だからといって、『第3遊撃隊』のメンツの焦りが収まるわけではない。
いや、データ処理しているはずなのに、相変わらずなにも告げられないという状況は、亮の性格がわかりかけてきた忍にさえも、焦りを感じさせている。
本当に、三ヶ月の期限内で、元に戻すことができるのか?本気で、それを望んでいるんだろうか?
わからないことが、多すぎる。
通常の作戦を告げる亮は、まったくの無表情で、三ヶ月前に自分たちの目前に現れた時と全く変わっていなくて。
忍でさえ、焦りを感じているのだから、麗花や須于はもって図るべし、だ。
「どういうつもりよ?!」
「本気で、やる気があるのかしら?」
「ま、解散したって坊ちゃんが傷つくのは、あのなにより高そうなプライドだけでしょうけど?」
「あら、どうかしら?最初から、解散のつもりでここに来てたら?」
聞こえよがしの会話を声高にしてみせる。
ジョーはもともと口数の少ないほうだから、口には出さないが、吸っている煙草が大幅に増えているので、イラついているのだということがよくわかる。
期限まで一週間切っても、いつも通りの作戦しか告げられない。
焦りが最高潮になっているのを、否定することはできない。



亮が、急に招集をかけたのは期限の三日前、だ。
相変わらずの冷静な表情のまま、彼は言う。
「『紅侵軍』との戦いに、ケリをつけましょう」
「ケリ……?」
「ええ、『紅侵軍』を消します」
こともなげに、とんでもないことを言い出したかと思うと、あっけに取られたままの四人に、作戦を説明しだす。
「あちらは、『緋闇石』に操られてるだけあって、大きなスキがいたるところにありますし、もともとリマルト公国の軍隊自体がそう強大なものではないですから、こちらが本気になれば、その戦力をつぶすのは不可能なことではありません」
だったら『どうしていままで、そうしなかったんだ』という当然の質問を言いかかった麗花の方に、亮は『軍師な』笑顔を向ける。
「元凶を断たなければ同じコトの繰り返し、ですから」
「『緋闇石』を消さなくては、リマルトが元に戻ったとしても、他のどこかが同じコトになる、というわけか」
俊も優も変わってしまったのを目前にしている忍は、『緋闇石』を否定する気はない。
それから、それを切り捨てることのできるのが、いまのところ自分の得物である『龍牙剣』しかないことも。
「その通りです」
忍が無意識に手をやった『龍牙剣』に軽く視線を向けてから、亮は頷く。
「今夜、リスティア全軍が動きます」
リスティア全軍といったら、すさまじい軍事力が傾けられることになる。その気になれば、『Aqua』全体を戦禍に包めるだけの力があるそれが動くという事実を、亮は通常の作戦と変わらぬ口調で告げる。
「『第3遊撃隊』は、『紅侵軍』中枢に突っ込むことになります」
「突っ込む……?」
「目的は、『緋闇石』を、『緋碧神』から『切り離す』ことです」
ようは、全軍攻撃の混乱に乗じて、敵の本陣に斬り込むつもりだ。
「突入ルートですが――」
画面に、ここ三ヶ月で得られたデータから解析したと思われる、『紅侵軍』本陣のマップが現れる。
「あちらも、本陣に突入される可能性はわかっているはずですから、多少の兵力残留が考えられます。恐らくは三人の将軍と、村神さんは確実でしょう」
痛いコトを、さらり、という。
「村神さんは、接近戦には現れないでしょうが、剣術にも秀でた三人の統制をとってしまう恐れがありますから、最初に抑えます」
あっさりとそう言うと、須于のほうを向く。
「このラインに、本陣の作戦伝達ラインがあります」
「気絶程度でいいのかしら?」
最後まで言われずとも、自分の役目はわかる。手にしている細い線を巻きなおしながらいちおう尋ねているが、口調は確認しているものだ。
「殺してしまったら、『第3遊撃隊』が『元通り』にならなくなりますよ」
亮のほうも、シュールな答えをする。
思わず、返答につまる須于をほっといて、次の指示に移っている。
「あとは、三将軍のを殺さずに抑えこむ必要があります」
「それが、私たちの役目ってワケかしら?」
「ええ、その通りです……忍には、『緋碧神』と向かい合っていただくことになります」
忍は無言のまま、頷く。
「役目はわかったが」
ジョーが、低い声で問う。
「そうやって『緋碧神』まで、忍がたどり着いたとして、前回の二の舞というオチになるんじゃないだろうな?」
それは、誰もが思っていたことだ。
亮はその問いに、微笑んでみせる。
「スキは、つくりますよ」
「『緋碧神』の、か?」
「もちろんです。今回は万分の一の可能性に賭けるなんてコトはしません」
迷いも、自信のなさも、どちらも欠片もない、微笑み。
「今回の作戦は百パーセント成功あるのみ、です」
しかし、『モノ』相手に一体どうやってスキなど作れるというのだろう?
そんな疑問が顔に浮かんだに違いない。口にしようとする前に相変わらずの察しの良さで先回りされる。
「そんなコトよりも、作戦通りに動くことを考えてください。この作戦、信じなくてもご自由ですが、成功させなかったら『元通り』はありえなくなりますよ」
そう、『元通り』を目指すなら、信じるしかない。



信じるしかないのに、こちらは信用されていないのかもしれない、というのは、かなり腹立たしい。
なんとなく、何を考えているのかは読めるが、結局、亮からはなにも告げられていないのも同然だ。
今回の作戦にしたって、そうだ。
『モノ』相手に、しかも、旧文明産物で人の精神を操るなんていう代物相手に、いったいどうやってスキをつくるというのだろう?
優はそんなコトはなかった。安心感がある程度には、告げてくれていた。
どんなに作戦が正確だったとしても、どこかに不安感があるようでは、信頼関係は生まれない。
忍は考える。
何かワケがあるのだろう、とは思う。でも、その片鱗すらも隠しつづけるのは、どうしてだろう?
そんなに、信頼できないだろうか?
忍自身、わかってるはずなのにイラつくのだから、他の三人はもっとイラついているはずだ。
きっと、早く『元通り』になって欲しいに違いない。ただ、それだけのために亮の指示に従うのだろう。
早く、優のいる、俊のいる、『第3遊撃隊』にするために。
そして、亮はその『元通り』のために、今回の作戦を立てた。
そう、理由はともかく亮も『第3遊撃隊』を『元通り』にしたいのだ。
『元通り』――?
確かに、優と俊が戻ってくれば、形は元に戻れるだろうが。
この前、気付いてしまった通り、作戦のクセは優のモノではなく、亮のモノに慣れてしまっている。
ジョー達もその事実はいやいやながらでも、認めるに違いない。仕方のないことでもある。
亮が『軍師代理』になってからのほうが、本格的に仕事をしはじめたのだから。
クセは、体で覚えてしまう部分もあるものだし。
だけど、精神面は、戻りやすいだろうな、とも思う。
亮は、あまりにも逆なでしすぎる。それが、育った環境からくる性格なのだ、としても。
でも、あれだけ様々なコトに察しがいいくせに、そんな単純な事実に気付かないなんて、ありえるだろうか?
そこまで考えて、はた、とする。
わざと、だとしたら?
作戦のクセを覚えてしまうのは、しかたがない。そうしなくては、仕事にならない。
だけど、精神面までの信頼関係を築いてしまったら、目指していた、とはいえ『元通り』は急に難しいモノとなるに違いない。
そこまで読んでいるのだとしたら?
亮の言う『元通り』に、そこまで含まれているとしたら?
忍は、首を横に振って苦笑する。
いくらなんでも、出来すぎだ。
だいたい、そこまで気を使ってたら、神経が磨り減ってしまう。
それに、あまりにも人が良すぎるというものだ。
考えすぎだ。
それに、ともかく今は。
作戦を成功させる事を考えなくては。
準備を整え、バイクの置き場に下りる。
ジョーも須于も麗花も、それぞれに準備を整えてきたようだ。
もうその表情に、感情的なモノはない。仕事に関しては、プロなのだから。
ヘッドホンから、亮の落ち着いた声が聞こえる。
いまでは、すっかり聞きなれた声。
『3、2、1、code Labyrinth、go!』
四台のバイクが、勢いよく飛び出す。
作戦は動き出したのだ。



外の激しい戦闘音も、ここまで来ると聞こえない。
忍は、『紅侵軍』本陣の、ほぼ中心部、までたどり着いていた。
ほんとに、亮の情報収集能力と、解析力には感心する。いままでのところ、兵力にしろ、配置にしろ間違いはない。
ジョー達の方からも、異常発生の知らせはないし、まったく作戦通りに進んでいる。
あとは、忍の突入タイミングと、亮が作ってみせると言ったスキが合うかだけだ。
それだけに、今回の作戦の成功がかかっていると言ってもいいが。
気配を消したまま、忍は『龍牙剣』を握りなおす。
亮は、スキをつくる、と言った。
この作戦は、百パーセント成功する、とも。
信じるだけだ。
扉を、蹴り開ける。
予測されない侵入者であったことは、瞬間的によぎった表情で分かる。
だからといって、『緋碧神』に焦った様子はない。
その名の由来のひとつであろう、碧色の表情のない瞳が、こちらを見る。
ただ、機械的な冷笑をその口元に浮かべると、胸元に下がった紅い石『緋闇石』に暗赤色の光が宿る。
そして、忍の知っている俊の声とは似ても似つかぬ声で、
「飛んで火にいる夏の虫、か」
とだけ言った。
どういう構造になっているのかなんて、忍には想像もつかないが、『緋闇石』は意思あるものかのように、ふわり、と持ちあがる。
『龍牙剣』を構え直す。
念ずれば、なんでも斬れる、と亮は言った。
『緋闇石』が発しようとしてる光線も、斬ることができるはずだ。
でも、それでは『緋闇石』を切り離すことはできない。
『緋碧神』に近付くだけの、スキがなくては。
『緋闇石』が、光を、俊や優を奪っていった焔のような光を発する、と思った瞬間。
「?!」
忍と『緋碧神』の間に、空中に、人影、が現れて二人の視界を遮る。
浮かび上がったとしか思えないその人影が、亮であることに気付くと同時に、これがスキなんだ、とわかる。
たしかに、それはスキだった。
『緋闇石』はその光を失い、戸惑ったように宙に浮かび上がっている。
崩れるように床に沈み込む亮を飛び越え、『緋碧神』の胸元にから伸びている細い紐のようなモノを、『緋碧神』と『緋闇石』をつないでいるそれを、思いっきり叩き切る。

ぷつん。

どう見ても、それは細い糸だったのに。
大きな音をたてて、それは、切れていた。
そして、あの忌まわしい焔のような光と共に、『緋闇石』は。
その場から姿を消していた。



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