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夏の夜のLabyrinth
〜2nd. 硝子のMermaid〜

■seashell・1■



どこまでも続く、白い砂浜。よせてはかえす波の向こうには瑠璃色が広がり、高く上った陽をきらきらと反射させては、透明な光を放っている。
真っ青な空には、小さな真っ白い雲が、数個浮かんでいるだけだ。
カモメが一羽、孤を描きながら、かなたを飛んでいく。
忍は、大きく伸びをした。
「やっぱ、夏は海だよな〜」
「その意見に、意義は無いが」
隣りに座っている俊は、あたりを見まわす。
見えるのは、どこまでも広がる白い砂浜と、青い空と、緑の海。
とても美しい対比を、邪魔をするモノは無い。
「しっかし、すごいなぁ、こんだけ広いとこに、人がいないってのは」
「だって、プライベートビーチだもーん」
後ろから麗花がのぞきこむ。
「金持ちのやることは、違うよな」
俊は大仰に顔をしかめて見せたが、麗花は首を傾げた。
「天宮コンツェルンの総裁ともなると、皆のいるとこじゃ泳がしてもらえないのかもよ」
「そうね、狙われる可能性、高いものね」
須于も頷いてみせる。
充分な集客能力のある広さの海岸一帯が、個人所有物であるということ自体、一般人にはついてけないスケールだ。
ここはリスティア軍総司令官であり、『Aqua』で最大の財閥総帥たる、天宮健太郎の所有物なのである。
どうしてこんなところに『第3遊撃隊』のメンツがいるのかというと、対『紅侵軍』戦での功績に対する、ご褒美ということらしい。他の部隊がもらえる休暇より多めの日数と共に、ここへの招待を受けた。
もっとも、対『紅侵軍』戦の最終戦で、ケガを負った亮の療養も含めて、ということらしいが。
亮は、総司令官の一粒種なのだ。

「でも、泳ぎたいから海買っちまったって?貧乏人にはできないよな」
おどけて肩をすくめる俊に、麗花も須于も笑い出す。
忍も一緒に笑っていたが、やがて、勢いよく立ち上がる。
「せっかく来たんだし、泳がなきゃソンだな」
「そういうコトなら、受けて立つぜ?」
俊も、にや、としながら立ち上がる。
両手を上げて麗花もはしゃぐ。
「はーい!私も参加しまーす!」
「私は、審判でいいわ」
須于は、にこ、と言う。
「ジョーも……」
麗花が振り返った時には、皆よりちょっと後ろで煙草をふかしていたはずのジョーは、その場から離れている。
金髪の後姿が、防波堤の方に見える。
「むう、事前に察知したわねっ!」
頬を膨らます麗花に、忍は笑う。
「あんだけでっかい声で話してりゃ、イヤでも聞こえるって」
「そりゃそうだ」
「ま、今回は見逃してやるか」
大げさに腕を組んで言う麗花に、須于も声をたてて笑い出す。
「おらおら、んなことしてるうちに行っちまうぞ!」
俊がこちらに向かって水をかける。
麗花はビーチサンダルを、足を振りまわす勢いだけで脱ぎ捨てると走り出す。
「やったな〜!」
子供そのものな三人の様子に、須于はもう一度、肩をすくめて笑う。
それから、空を見上げる。
どこまでも、青だけが広がっている。
天頂でもっとも濃くなっているそれは、水平線が近づくにつれてゆっくりと薄くなり、やがては海の緑と溶け合うのだ。
欲しいままに太陽を受けとめている海面は、眩しいくらいに白い光をきらめかせている。
思わず目を細めて、それから、忍たちに視線を戻す。
「須于は、泳がないんですか?」
不意に、静かな声が真後ろからした。
振り返ると、襟ぐりがひろめのTシャツの上から、パーカーを羽織った亮が立っている。
「泳ぐのは好きだけど、あそこまで真剣に泳ごうとは、思わないわね」
微笑んで答える。
亮は、手にしていたクーラーボックスを砂浜に置く。
差し入れを持ってきてくれたのだろう。
海にいる三人からも、亮が来たのが見えたらしい。そして、亮が手にしているモノも。
須于が声をかける前に、こちらに向かって泳ぎ出す。
おそらく、競争ということになったのだろう、息継ぎたんびに上がる顔が、けっこう真剣なのに、亮も思わず、くすりと笑う。
一瞬でも、亮が声をたてて笑ったのに驚いてそちらを見ると、目が合う。
「ジョーは?」
「さっき、そっちの防波堤の方に行ったみたいだけど……」
などと言っているうちに、三人が、上がってくる。
忍と俊は、どちらが一番だったか言い争っているようだ。どこまでが本気でどこからが冗談なのか、イマイチよくわからないところが、返って笑える。
麗花が胸を張って
「なに言ってんのよ、私が一番だったに決まってるでしょ」
「それはない」
間髪いれずに二人が口をそろえて切り返すものだから、須于と亮は顔を見合わせて、笑い出してしまう。
笑いながら、つい亮の顔を観察してしまう。
バカにした様子もなにもない、普通の笑顔だ。
それを不思議に思うのもどうかとは思うが、つい最近まで、彼がこんなふうに笑えるとは考えたこともなかったし、見ることもないはずだった。
三ヶ月だけの付き合いの、『代理』のはずだったから。
「ハモるか、そこで〜!」
麗花は、こぶしを振り上げて二人に向かっている。
忍は器用によけると、亮に笑顔を向ける。
「なに持ってきてくれたんだ?」
「冷蔵庫に入ってたのを、てきとうに」
返事をしながら、亮はクーラーボックスを開ける。
顔を寄せると、中からすうっと冷気が漂ってくる。
「おっ、気持ちいいな」
忍の声に、追いかけっこ状態だった俊と麗花が、寄ってくる。
「おおおお、涼しい」
中身の方は、バラエティーに富んでいる。忍は迷うことなく炭酸系を手にする。
俊はスポーツ飲料、麗花は柑橘系を手にしたようだ。
須于は、烏龍茶を取る。よく冷えていて、手にするだけで気持ちがいい。
この気温で、缶はすぐに汗をかきだす。
プシュッ、という気持ちのいい音がいくつか重なる。
「ジョー、どこまで行っちゃったかな」
彼が去った方の防波堤を見ながら、麗花が言う。
俊がいいかげんな返事をかえす。
「ま、そのうち戻ってくるだろ」
「当たり前だっての」
忍が絶妙のタイミングでツッコむ。
はたかれて、ちょうど飲みかかっていた俊はむせ返る。
「……あに、しやがんだよ」
「寒いこと言う、お前が悪い」
「真実を告げて、どこが寒い」
「ひねりが足らんと言っている」
顔をそちらに向けた亮が、言う。
「ウワサをすれば、影、のようですね」
防波堤の向こうから、ジョーが戻ってくるのが見える。
しかし、こちらまで見えるところまで姿を現したジョーは、そこで立ち止まった。
「手招きしてるよ?」
麗花が首を傾げる。
反応が早かったのは、亮だ。
「なにかあったみたいですね」
「ああ」
忍も、先ほどまでのふざけていた表情から一変して、呼んでいるほうに走り出す。
俊もすぐにそれに続く。
麗花と須于も、顔を見合わせる。
「私たちも行った方がいいのかな」
「そのほうがいいでしょうね。そこから動かせないモノがあるようですから」
須于が返事をする前に、亮がすっかり軍師のモノの方の、須于たちにとっては聞き慣れた口調で答える。
先にそちらにたどり着いていた忍が、こちらを向く。
「人が、倒れてる!」
「!」
麗花と須于も、走り出す。

ジョーが待っているところにたどり着くと、そこには青みがかった髪の人が、倒れていた。
黒っぽいTシャツとGパン姿だ。かなりスレンダーで、性別は判断しかねた。
ジョーが、首をかしげながら言う。
「脈があるのは確認したが、動かしていいかは、判断しかねてな」
「正しい判断ですね」
てきぱきとした調子で亮は、倒れている人物の側にしゃがむ。
髪をかきあげてから、目を軽く開けてみて、それから様子をうかがっていたが、すぐに表情をゆるめて顔を上げる。
「事情はともかく、溺れたとかではなさそうですね。貧血だけのようですし」
「こんなに濡れてるのに?」
当然の質問を、麗花がする。
「だから、事情はともかく、と言ったんですよ」
亮は、冷静な口調のまま答える。
「ともかく、まだ気付きそうにありませんし、このまま放っておくワケにもいきません。運んでくださいますか?」
「ああ」
ジョーが軽がると抱き上げる。
顔があらわになる。ひどく、白い顔だ。貧血を起こしている、というのを差し引いても。
「ついたら、着替えさせてあげてくださいね、須于と麗花は」
「え?」
「女性ですよ、彼女」
言われてみれば、たしかに胸らしきモノがある。
「わかったわ」
須于は、頷く。
忍は、元いた方を見る。
「じゃ、俺片付けて帰るわ」
「おう」
倒れてた彼女を抱き上げたジョーと、須于、麗花、それに俊も、別荘の方に歩きだす。
亮は、立ち止まったまま、海の方を見る。
麗花が、振り返る。
「亮?」
彼は、振り返らずに言う。
「先、帰っててください」
「うん……?」
「はやく着替えさせてやったのが、いいんじゃねぇの?」
俊にうながされて、須于も頷いた。
「そうね」
亮は、相変わらず海を見つめたままのようだった。



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