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夏の夜のLabyrinth
〜3rd. 夏の終わりに〜

■puzzle・1■



八月の半ば頃、リスティアの首都アルシナドの中央公園(セントラル・パーク)で、リスティア最大の夏祭りがある。
地方でも様々な祭りがあるが、これがリスティアでも最大で、観光案内にも必ず掲載されてるというシロモノだ。昼間は山車が繰り出したり、古風な服装をした行列や流鏑馬があったりで、夜になると、盆踊り風のがもようされたりしている。1990年代の人間が紛れ込んだら、いろんな祭りがごった煮になってるのに、目を白黒させるに違いない。文字通りの『お祭り騒ぎ』だから。
三日連続で行われる祭りには、昼夜問わず多くの人が集まる。
かき入れ時の小売産業以外は休暇になるから、地元の人間も多い。
軍隊も例外ではない。有事でないので、堂々と休みである。
祭りの警備担当にあったってしまった部隊以外は、だが。
そんなわけで、忍たちも、色とりどりのちょうちんがぶら下がる中央公園に繰り出している。
麗花は、生まれて初めて着る、という浴衣に大喜びで、ワタアメをほおばっている。忍も祭りは好きらしく、機嫌良さそうに、たこ焼きを手にしている。
須于は、少々心配そうに振り返る。
「大丈夫?」
先ほどの戦利品のヨーヨーを手にしたジョーは、少し皆から遅れ気味に歩いている。
足元を気にしているようだ。
「歩きづらいもんだな」
ぼそり、という。
「慣れないと痛いでしょ?」
なんと、ジョーも浴衣を着ているのだ。麗花が、なんのかんのと言いくるめて着せてしまった。
当然、その足には下駄というわけで、これがなんとも歩きづらいらしい。
ジョーに合わせて歩調を落とした須于も、浴衣だ。紺色のそれには、色とりどりの朝顔が咲き乱れていて、赤い帯にリボン結びがかわいらしい。浴衣だからと髪をアップにしているので、うなじが見えてるのがちょっと色っぽかったりして、最初はどこに視線をやっていいのか、わからなかったジョーは、いまは足のほうにすっかり気を取られている。
二人が遅れてるのに気付いて振り返った忍と麗花は、顔を見合わせて微笑んだ。
須于とジョーが追いつくのを待って、少し歩調を落としてまた、歩き出す。
「亮も可哀想ね〜」
次なるおやつ、リンゴ飴を手にした麗花が言う。
「こんなときまで、お仕事なんて」
「ま、立場が立場だから、頼まれやすいんだろ」
この場に亮がいない理由を、『仕事』というのは少し語弊があるだろう。
警備の一部を軍が担当する都合上、総司令部が取りまとめを行うのだが、その関係で祭りの催しの手伝いとやらも、飛びこんでくるらしいのだ。
亮が駆り出されたのは、この『手伝い』のほうだ。
「なんか、伝統芸能系のなんかだって、聞いたけど……」
などと忍が首を傾げているうちに、広場に出る。どうやら、ここがその会場のようだった。
やはり、こういった催しには外国からの観光客の方が興味を示すようで、あたりの敷き物に腰を降ろしているのは、圧倒的にそういった人々だ。
四人も、適当に見える位置を選んで腰を下ろす。
麗花は、リンゴ飴をたいらげながら、また言った。
「俊は、どうして来ないんだろ?」
「さぁな、夏祭りだけは、絶対来ないって決めてるみたいだから」
「ふぅん?絶対とは、また…」
「あら、始まったみたいよ」
須于が、舞台を指す。
御簾、のようなモノが下がっている舞台から、古風な笛と琴の音らしきモノが聞こえてきて、もったいぶった速度で、御簾が上がっていく。
中央に、十二単おぼしきモノを着て髪には絢爛な飾りをつけた人物が立っている。
顔は、扇で隠れてしまっていて見えないが。
やはり、ゆっくりとした速度で扇が取り除けられると、会場がどよめいた。
実に、美人がそこにはいたのだ。
「すごーい、綺麗ねぇ」
ため息混じりに、須于が感心した声を上げる。
麗花もうなずいたが、首をかしげた。
「でも、亮はどこなのかな?」
「笛か琴じゃないのか?」
しごく当然の観測をジョーが述べる。
「そうだよね、きっと……どっちかなぁ?」
「笛かしら?」
「わたしは、琴だと思うな」
女の子二人は、勝手な予測を述べてから男性陣を見る。
「どっちだと思う?」
「さぁな」
ジョーの返事はそっけない。麗花は、忍のほうに向き直った。
「忍は?」
忍は、なんとも奇妙な表情をしていた。じぃっと、舞台を見つめている。
「およよ、美人に見とれてるかな?」
にやり、としながら麗花が言うと、忍は奇妙な表情のまま、こちらに視線を移す。
「どっちも、不正解」
「え?」
どうやら、舞台のほうに目はやっていたが、会話はしっかり聞いていたらしい。いきなり、はっきり言われて麗花は驚いた様子だ。
「正解は、真ん中、だ」
「ええ?!」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、慌てて口をおさえる。
言われて、じぃっと舞台を見つめていたジョーも頷いた。
「確かに、そうだな」
そう言われてみれば、両隣で和楽器を演奏している二人は亮にしては、骨格がしっかりしすぎている。
会場中をどよめかせた上、伝統芸能なんて興味のカケラもなさそうだった、地元民まで集客してしまうほどの容姿の持ち主こそ、どうやら亮本人らしい。
線が細いとは思っていたが、化粧をしてしまえば、女性そのものだ。
いや、そこらへんの女の子よりずっと綺麗だ。
周囲の男性の表情を見てれば、それは明らかというもの。
「いやはや、化けるね」
と、麗花は言ったが、もとの素地がきれいなほうなのだろうと、忍は思う。
「そういや……」
ぽつり、と言いかかったのを、ジョーが訊き返した。
「え?」
「いや、なんでもない」
落としかかった視線を舞台へと戻す。
扇が、すうと降りて来て、舞台の人の顔は再び隠れてしまう。
音楽がやみ、御簾がはじまりと一緒のもったいぶった速度で降りていった。



空に、綺麗な赤が広がっていく。
それを合図にしたかのように、色とりどりの様々な花火が上がり出す。
夏祭りの最後のメイン、大花火大会だ。
鮮やかな閃光が様々な華を形作ったかと思うと、消えていく。
「わ、あれ、色が変わったよ!」
麗花がはしゃいだ声を上げる。
その次に上がった、すうと流れていく花火に須于も、感嘆する。
「きれいねぇ」
「やっぱ、柳は風情があるね」
「柳?」
首を傾げたのは麗花だ。
「いまの、糸ひいたみたいに、下に引いてったでしょ?」
「うん」
「その形が柳の木に似てるから」
「へぇ、おもしろーい」
須于の説明に、麗花は素直に驚いている。
赤、緑、黄。次々と上がるそれは、見上げる人々の顔を染めていく。
「ホント、すごいな」
ぽつり、とジョーが言う。麗花が笑顔を向けた。
「綺麗だよねー」
「この一瞬の為に、どれだけ労力をかけるんだろうな、職人は」
「ああ、そうだな……上げる人も」
色とりどりの光とはいえ、火薬であることには変わりない。暴発すれば、命が危ないのだ。
つい最近まで、戦闘と無縁でなかったせいか、ついそんなコトも考えてしまう。
聞いた麗花も、真面目に頷く。
「きっと、こうして皆が喜んで見上げるのを想像しながら作るんじゃないかしら?」
須于が、微笑んだ。
「そうだね、きっと、上げてる人たちも、私たちのことも見てるよ、楽しそうだねって」
「確かにな」
男性陣二人も、顔を見合わせて笑顔になる。
目前でこんな綺麗なショーが繰り広げられているのだ。殺伐としたことを考えるのは、無粋というものかもしれない。
大きな音をたてて、今度は水面をいくつもの花火が吹き上げていく。
呼応するように、空にも大輪が上がる。
「うわ」
忍も思わず声を上げる。
四人が夢中で空で繰り広げられるショーに見入っていると、だ。
腰の辺りに、こつん、となにかがあたった。
忍は視線を下ろす。
子供用の浴衣を着た小さな子が、涙目で見上げていた。
「……ごめんなさい」
大きな花火の音でかき消されそうな声で言う。ぶつかってしまったことを、謝っているらしい。
でも、それだけにしては涙目は、おおげさだろう。
忍は、しゃがむだけのスペースもないので、少し膝を折って覗きこむ。
「どうしたの?」
「お兄ちゃんが……」
「はぐれちゃった?」
こくり、と頷く。手が、固く握り締められている。不安なのだ。
須于も振りかえる。
「お兄ちゃんと、はぐれちゃったの?」
「みたいだ」
頷き返して、忍はもういちど覗きこむ。
「大丈夫、一緒に探してあげるから」
「は、はなれちゃったら、大きな木の下って……」
小さな子は、半分しゃくりあげながら、一生懸命説明しようとしている。
「大きな木…?」
「アレじゃないのか?」
ジョーが指差した方には、中央公園でももっとも大きい樫の木がそびえている。
しかし、それは対岸だし、職人たちが花火を上げているほうだ。
「あそこは、侵入禁止だよ」
「うんと、あとは…」
麗花もあたりを一生懸命見まわす。しかし、こちら側にあるのは、皆同じような高さだ。
忍も、しばし首を傾げていたが、
「ここ、よく遊びに来てる?」
案の定、子供は頷いて見せた。
「木登り、する?」
「お兄ちゃんが、する」
「どの木か、わかるかな?」
言いながら、抱き上げて高い高いをして見せる。
目を凝らしていた子は、嬉しそうな声を上げた。
「あそこ!お兄ちゃん!」
「ようし、じゃ、行くぞ〜」
そのまま肩車にして、道案内をさせる。
木の下で待っていた少年は、何度も頭を下げた。
「ありがとうございます。ちょっと手が離れたら、あっというまにはぐれちゃって…」
言いながら、小さいのの手をしっかりと握る。
半べそをかいていた小さな方は、満面の笑顔だ。
兄に、ほら、お礼言いなさい、と言われて素直に顔をこちらに向ける。
「ありがとー」
小さな兄弟を見送って、さて、というところで、ひときわ大きな音がして、勢いよく花火が上がり出す。
忍たちは、視線を上げた。
フィナーレだ。
あとは、黒々とした夜空が広がるばかりだ。
「んじゃ、帰るかー」
忍が伸びをする。
「うん、さっきの子、会えてよかったねぇ」
「そうね」
まわりの人たちも、まるで波が引くように消えていく。
今年の夏祭りも、これで終わりだ。
人込みにまぎれて、忍たち四人も家へと向かう。


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