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夏の夜のLabyrinth
〜3rd. 夏の終わりに〜

■puzzle・4■



久しぶりに、亮が寝付けないらしい。
ほんの微かな気配に気付く自分もどうかとは思うが、どうやら貴也の相手をずっとしていたせいか、なんだが目が冴えている。
忍は、躰を起こす。
亮の部屋と内側からつながっている扉をノックすると、案の定、すぐに返事が返ってきた。
開けると、亮は、にこり、とした。
「珍しいですね、眠れないんですか?」
「うーん、そんなとこだな」
寝付けない、というよりは、寝ていない、が正確だったようだ。亮の周囲には、様々な紙類が広がっている。
「調べモノ?」
「少し」
答えながら、何気ない様子で紙をたたんでいく。
手にしていたのは、確実に地図だったと思う。
紙で出来た地図をみるのは、珍しい。絶え間ない変化を追うなら、更新が楽なほうが良いに決まってる。
だから、政府機関の発行する正式なものですら、ネット上でソフトとして配布されている。
忍が紙製の地図を初めて目にしたのは、入隊してからの、訓練で一回だけ、だ。
通信網を遮断された時、という極限状態での訓練だった。
もっとも、亮の手元にそういうマニアックなものがあっても、驚きはしないが。
軍師という立場上、持っていて当然だろうし、たまにはそれを見なおすことだってあるだろう。
だけど、それをおかしい、と直感したのは、亮の瞳のせいかもしれない。
ただ見直している、というより、それは。
軍師の、それ。
忍が黙りこくっているので、亮は紙類を片付ける手を休めて、顔を上げた。
口を開きかかると、亮は自分の口元に指を一本立てて見せる。
忍も、すぐにうなずいた。
貴也が、階段を昇ってくる音がする。
「明日、買い出しな」
「はい」
それだけ確認すると、忍は、部屋に急いで戻る。
ほどなく、扉がノックされた。
「はい?」
貴也が、顔を出した。



貴也が来て二日目。
「あれぇ?忍は?」
「さぁなぁ、いないんなら、でかけたんじゃねぇのか?」
居間で新聞を広げていた俊が、首をかしげながら言う。本当は、貴也のスキをみて抜け出したのを知っている。
が、そんなことを言おうモノなら、貴也が何をしだすか分からない。
なんせ、自分中心に世界が回ってるのだから、思い通りのときに相手がいなかっただけでも、これだけふくれっ面になれるのだ。
「ええええ、遊びに行こうと思ったのにぃ」
休暇中なのだから、それは可能だが。
相手の都合、とかは思考の外なんだな、相変わらず。俊は、貴也に見つからないよう、小さくため息をつく。
「しょうがないや、俊、遊びに行こうよ!」
確かに、ここに置いとくよりは、外に行った方が『遊撃隊』であることを知られる危険性は低くなる。
これだけマイペースの貴也の相手をするのは、麗花たちも大変だろう。
「ああ、いいよ」
俊は新聞をたたむと、立ちあがる。

そのころ、忍は国立総合病院にいた。
「初めまして、速瀬忍くん、だよね」
目前にいるのは、もちろんお医者さまだ。着てるのも白衣だし、手にしてるのもカルテだし、間違いなく医者である。
だが、髪型がらしくない。緩やかにカーブした髪が、目元を隠しそうな長さまである。
口元も、えらくニコニコとしていらっしゃる。
この人が、『Aqua』でもトップレベルの医者だとは、にわかに信じがたい。
「はぁ、そうです、どうも」
忍にしては、なんとも間の抜けた返事を返しながら、まじまじと相手を見詰めてしまう。
相手は、笑顔のまま、手を差し出した。
「亮の主治医やってる、安藤仲文です、よろしく」
つられるように、握手してしまう。
亮が、昨日、中断した話をする前に行きたいところがある、と言って連れてこられたとこが、ここだったのだ。
それでもって、なぜか、主治医に紹介されている。
忍にとっては、なにがなんだかわからない展開だ。自分の背後に巨大な『?』が貼りついている気分。
仲文は、忍の手を握ったまま、瞳を覗き込んできた。
一瞬、眼鏡の奥の切れ長の瞳に鋭い光が走る。
気のせいか、と思ったのだが。
「『第3遊撃隊』のリーダーに会えるとは、光栄だよ」
「!」
かろうじて振りほどきはしなかったが、素早く離すと、亮の方を見る。
『遊撃隊』の存在を知るのは、当人たちと総司令官だけのはずだ。
「国立病院の建物は、数少ない旧文明産物なんですよ」
亮は、にこり、として説明する。
「総司令部が、なんらかの理由で使用不能になったとき、ここは仮の総司令部となるだけの機能が備わっています。ですが、協力者無しには、使用できませんからね」
どうやら、仲文は、その『協力者』ということらしい。
「医者が協力者ってのは、いい選択だろ?」
笑顔のまま、仲文が付け加える。
「特に、こいつみたいにケガしても取り返しつかないとこまでいかないと、言いさえしないヤツがいると?」
と、亮を指してみせる。
対『紅侵軍』戦で、深手を負ってるのに忍が気付くまで、口にさえしなかったことを言ってるのだ。
当てつけられたのがわかったのだろう、亮は、まったく反省のない平坦な口調で言う。
「扱いにくい患者で、悪かったですね」
「口で言うより、行動で示して欲しいね、完治したかも確認させてくれないしさ」
大げさに肩をすくめる。
「忍くんも、こいつには、苦労するだろ?」
忍は、思わず、笑顔になる。
「そうですね、タマに」
「だろう、ほら、な」
仲文は、大げさな身振りのまま、亮の方を見る。
忍も、一緒に視線を移した。
まいったの、ポーズの亮が、そこにはいた。もっとも、本気でまいってるわけではない顔だが。
「検査が終われば、いいんですよね?」
「そうだけど、口ばっかだからな、こういうことに関しては」
仲文は、不満が残っている表情のまま、カルテを手に立ちあがる。
「でもま、しょうがない、使用許可を上げよう」
「ありがとうございます」
にっこり、と亮は微笑む。
「現金なヤツ」
苦笑しながら、そう言って彼は部屋から出た。
亮は、当然のような表情で、仲文の端末の前に座る。複合パスを入れると、医療関連の情報が開いていたモニターはあっという間に、忍も見慣れた遊撃隊仕様のものになる。
「で、何があった?」
昨日言いかかった質問を、忍は口にする。
「アファルイオの一部隊が、失踪しました」
「失踪?」
思わず、聞き返してしまう。
「ええ、詳細はわかりませんが、失踪した部隊は……」
亮が、キーボードをたたきながら、考え込むように口をつぐむ。なにか言いにくいことでもあるのかと思ったが、そうではないらしい。リアルタイムで、『失踪したのはどの部隊か』を調べているのだ。
だが、画面を見詰めながら漏れたつぶやきは、その部隊が彼にとっても意外であったことを示していた。
「……精鋭とは、聞いていましたが」
軍師な表情のままの顔が、こちらを向く。その表情からは、驚きはなくなっている。
「失踪したのは、張一樹率いる、アファルイオ先代の親衛隊も努めた部隊です」
「規模は?」
「正確には掴めませんが」
返事はしているが、その手は休まない。
「親衛隊の任から離れた後も、増員などはなかったですから部隊規模は小さいですね」
「なかったって、言いきりか?」
「そういう記録が、ないですから」
亮は、相変わらず忙しくキーボードをたたきながら言う。画面がめまぐるしく変わるので、忍にはなにが見えているのかは、しかとはわからないが、これは。
「リスティアの言葉じゃ、ないな?」
「リスティアの記録には、アファルイオ軍隊のことは載っていませんから」
答えた亮の口元に、笑みが浮かんでいる。忍が、言外に言いたかったことを、正確に理解している笑みだ。
忍は、肩をすくめる。
「軍隊の人事なんて、国家機密でも高レベルだろう」
「軍事機密の中では、セキュリティは低いですよ」
こともなげに言う。
情報を制したものが勝つという。
たしかにその通りなんだろうと、初めて実感する。亮は、おそらく対『紅侵軍』戦のときも、相当量の情報をこの方法で手に入れていたのだろう。
「さすがに足取りは、掴めませんね」
めまぐるしく変わっていた画面がブラックアウトして、亮は忍の方を見る。
小さく、肩をすくめてみせる。
「でも、よほど、意表をついた行動さえとってくださらなければ」
その表情にあるのは、自信だけだ。
「問題なく、対処できますけどね」
忍は、それに笑顔だけで答える。亮のいう『よほど』は、万分の一も起こる可能性はあるまい。
「あとは、出てくるのが明後日以降のことを、祈るのみってことか」
「そういうことです」
いま動いたら、間違いなく貴也に『遊撃隊』の存在はバレてしまう。
マイペースだが、ヘンなところで勘がいいのだ。
怖いのは、それだけだ。
小規模部隊なら、たとえ精鋭でも怖くなどない。対『紅侵軍』のときに、何度も相手している。
そして、負けたことはないのだから。
「ほかに言うのは、明後日でいいだろう」
「そうですね、機会もないでしょうし」
頷きながら、亮はモニターの画面を医療用に戻した。
それで終わりかと思いきや、さらに何やら打ち込んでいる。
「?」
忍は、後ろから覗き込む。そして、思わず声を上げた。
「あ」
書き込んでいるのは、自分の診療画面だ。検査欄が『済』になっている。さらに、いくつか書き込まれているコードを実際に読むことはできないが、その内容は推測できる。
「悪いことしてるなぁ」
「検査が終わればいいわけですから」
屁理屈である。でも、こんなことをしている時の亮は、年相応に見える。無邪気なイタズラでも、している感じだ。
その、診療画面も閉じられる。
「さて、本当に買い出しに行かないと」
買い物に出なくては行けなかったのは、本当だったから。
「ああ、あんまり遅くなるとヤバイしな」
忍もうなずく。
「明後日から、仕事だな」
亮は、ただ微笑んだ。忍も、笑顔で車のキーを取り出す。
「さてと、行こうぜ?まずは、どこからだ?」
『よほど』が目の前に近づいてるとは、露ほども思わずに。


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