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夏の夜のLabyrinth
〜3rd. 夏の終わりに〜

■puzzle・3■



翌朝、朝ご飯にありつくべくダイニングに現れた忍への、亮の挨拶はちょっと変わっていた。
「……お知り合いに」
「え?」
思わず、問い返す。
「工藤貴也という方、いらっしゃいますよね」
「ああ、うん」
頷きながら椅子に腰掛けるが、その表情は怪訝そうだ。それはそうだろう。朝起きていって、いきなり相手の知るはずのない、自分の知り合いの名を言わたら、誰だって驚く。
亮が、にこ、としたので、どういうことかなんとなくわかる。
軍師の仕事のひとつに、雑務管理も含まれている。総司令部との密接な通信網を管理している、という関係上からなのだが。
兵役に就いて、唯一、大きく制限されるのが外部との連絡、だ。
自由に電話や手紙をやり取りしていたら、作戦遂行時に敵にどこにいるのか簡単に知れることになる。もっとも、現在では形式的なものと化しつつあったが、この春の対『紅侵軍』戦の記憶も新しい今、『第3遊撃隊』に関しては、徹底されている。
そういう前置き無しに知り合いの名を出したのは、亮のちょっとしたイタズラだ。忍の驚く顔は、珍しい。
「貴也から、なんか?」
「ええ、会いたいそうですよ」
言いながら、香りのいいコーヒーを注ぐ。
忍がそれをブラックで飲んでいるうちに、トーストとスクランブルエッグ、ベーコン、サラダなどなど、イングリッシュ・ブレックファースト並の朝食が並ぶ。
もちろん、忍がそれだけ平らげるから、だ。
で、いつもなら、えらく新鮮な牛乳がついて、完成。
が、今日は、どうやら、そうではないらしい。
小ぶりのナイフでオレンジを半分にすると、果汁絞りで器用にジュースにしてくれた。
トーストにバターを塗りながら、忍は言う。
「珍しいな」
「そうですね、対『紅侵軍』戦もあって、連絡が止められてたせいもありますけど」
「ああ、そうだな」
確かにそうなのだが、こうして誰かから連絡が入ってみると気付く事実がある。
六人もいて、誰のとこにも、家族からの連絡、というモノがない気がする。
亮の場合は特別連絡しなくても、お互いの安否はイヤでも知れるので、関係ないのだろうが。
それに、自分が知らないだけで、こちらから連絡しているのかもしれない。
「貴也からってことは……俊も?」
亮は、頷いてみせた。
工藤 貴也は、学校時代の友人だ。忍の知り合いということは、俊の知り合いでもある。
「……と、いうか」
と、ここではじめて、亮はなんとなく、らしくない表情を浮かべた。
「みんな、ですね」
「みんな?」
忍は、ベーコンを運びかけていた手を止める。
「みんなって、『第3遊撃隊』のことか?」
「特殊研修って、ご存知ですか?」
質問に答える変わりに、亮はこう尋ねた。忍は、首を横に振る。
「ですよね、僕も、すっかり失念してました」
亮がなにかを忘れる、ということ自体が珍しいうえ、一瞬浮かんだしまった、という表情など、めったに見れるものではない。思わず、浮かんできた笑みを呑み込んで質問を続ける。
「で、その特殊研修って?」
トーストをちぎって口にする前に、質問する。
「軍の試験から配属までに一ヶ月間があるんですが、その間に体験入隊出来る制度があるんです……いろいろ細かい制限もありますから、実際に運用した例は、ほとんどないんですけどね」
だいたい、どういうことかわかる。
坊ちゃん育ちで、寂しがり屋で、ワガママな貴也のことだ。その諸々の制限を突破して、軍隊経験の第一歩を忍たちと過ごすことに決めたに違いない。
「休暇中、だもんな」
「ええ」
『遊撃隊』という特殊部隊は、表向きには存在しない。だから、忍たちも通常の陸軍の一部隊に属していることになっている。
『休暇中』であるそこに、体験入隊を望まれたら、断れないのだろう。
滅多にないことだし、実戦後の処理と自身のケガもあって、亮にも盲点だったに違いない。
「期間は?」
「三日です」
「ま、その間に失言がなければ、『遊撃隊』だって知られずに済むだろ」
亮が、なにか口を開きかけたところで、扉が開く音がした。この音は、ジョーだ。
毎日一緒に生活してると、扉を開けるなどという些細な行動にも、個性があるのがわかる。
笑顔で忍が振り返る。
「おはよ」
「おはようございます」
「よう」
差し出された白いカップを手に、ジョーはソファのあるほうに行く。
腰を下ろすと、新聞を広げた。これが、彼の習慣。
忍は、あと少しとなった朝食の続きに取りかかった。
亮はジョーの朝食の準備をはじめたようだ。卵がいい音をたててフライパンに広がる。
その後姿を見ながら、考える。
軍師の権限で、貴也の特別研修を断ることも出来たはずだ。
それをしなかったのは、多分。
「なに、ニヤニヤしてるんですか?」
ジョーの朝食を並べながら、亮が怪訝そうな声を出す。
「なんでもないよ、ごちそうさま」
忍は、笑顔のまま立ちあがる。
自分の朝食にありつくべく、ジョーが立ちあがった。



他のメンツにも、べつだん異議も上がらなかったので、貴也の『特別研修』の受け入れはあっさりと決まる。
『諒承』の返事を返して三日後、満面の笑顔で貴也は姿を現した。
「わー、忍も俊も、お久しぶり〜!」
「おう、久しぶり」
返事しつつ、忍と俊は思わず、こっそりと顔を見合わせる。
どうやら、貴也のマイペースな性格は相変わらずのようだ。
ひとまず、場所を居間に移す。
「よく、許してもらえたな」
軍に入ることを、だ。貴也の両親は、一人息子をそれはもう大事にしていて、猛反対だったのだ。
で、忍たちと同じ時には、軍の試験を受けていない。
忍たちにしてみれば、貴也が試験を受けなかったのは、正解だ。彼の場合、受験の理由は単純。
『みんなと違うのはイヤ』
その他、実際に起こりうる危険等は、まったく考慮外。通常の人なら『紅侵軍』戦の直後に軍の入隊試験を受けるというのは、それなりに覚悟がいるはずだ。
彼の場合、そういった範疇の外にいる。表情が、物語っている。
「うん、大変だったよう」
そう答える表情も、笑顔。貴也が笑顔のときは、自分の望みが順調に叶えられているときだけだ。
こういう時は、たいてい、周囲はろくな目に会わない。
「配属発表は、まだだよな」
俊が、あたりさわりのない話題で、話をつなぐ。
「うん、忍たちとねぇ、同じとこがいいって言ってあるんだ」
そんな希望が、軍で通るわけがないとは、考えもしないらしい。学校のクラス分けと同じだと思ってるらしい。
まぁ、陸軍所属希望くらいは通るかもしれないが、そうそう簡単に遊撃隊には所属にならないだろう。
配属発表されたときの大騒ぎが目に浮かぶ。
「あー、そうなんだ」
「あはははははははは」
思わず、二人の口からは乾いた笑いが漏れていた。
何があっても、と思う。
『遊撃隊』であることだけは、知られてはなるまい。
知ったら貴也は、機密であることなど、すぐにすっぱぬけて、自慢して歩くに違いない。
悪いヤツじゃないと思う。
ただ、年の割りに無邪気すぎるだけで。
忍は、なんとなく、何事も起こらないように祈りたい気分になった。

他のメンツに紹介されたのは、夕飯のときである。
お茶などして、適当にだべって、一日目は無事終了。
久しぶりにあったんだから、もっとおしゃべりしようよ、とのことでとっつかまった忍と俊をおいて、他は解散となる。
居間を出た麗花が、ぽつり、と言った。
「赤信号だなぁ」
「赤信号?」
須于が、首をかしげる。すぐ前にいたジョーも、振り返った。
「貴也くんね、赤信号だよ」
麗花が、繰り返す。たしかに、あの無邪気さは、なんとなく危なっかしい。
須于は、微笑んだ。
「こっちが気を付けてれば、大丈夫じゃない?」
「うん、そうなんだけどね」
ちょっと首をかしげてみせる。
それから、真面目な顔のまま、もう一度なにか言いかかったが、すぐ笑顔に変わった。
「確かにね、ドジ踏まないように、気を付けよっと」
おどけた言い方に、思わずジョーの口元までほろこんでいる。
それを機に、三人は部屋へと戻っていった。

「今は、表立っては動けませんよ」
亮が、低い声で言う。
ここは、亮の部屋だ。貴也に遊撃隊であることを知られるとやっかいなので、総司令室は完全に閉鎖してある。
別に、立ち聞きされてるとは思わないが、なんとなく声も低くなっている。
『わかってるよ、だが、他部隊では対処が難しいんだ』
特殊通信網の向こうの、総司令官である天宮健太郎の声も冴えない。
「『第2遊撃隊』は、陽動隊、ですしね」
『第1遊撃隊』は、試験部隊だったので、とうに解散している。
「……病院に行くフリして、仲文に端末借りることにでもしますよ」
『フリ、だけじゃなくて、ちゃんと検査うけろよ。サボってるだろう?』
すかさず、突っ込みが入る。
「おや、仲文が告げ口したんですか?大人気ない」
仲文とは、フルネームを安藤仲文。国立病院のドクターだ。
まだ年は若い(三十七歳の健太郎よりずっと年下の、二十七歳だ)が、リスティアのみならず、『Aqua』でも最もレベルが高いとされるリスティア国立病院内でも、トップレベルと評されている。
そして、亮の主治医でもある。
健太郎が言ってるのは、『紅侵軍』戦のとき負った傷が、本復したかの検査のことだ。
亮は、声の調子を変えずに言う。
「それにしても、一体、なにがあったんです?」
『ごまかすなよ』
言いながらも、本題をほっとく暇もない、と判断したらしい。
『……詳細は、機密にされてるから、わからないが』
通信機越しの健太郎の声が、総司令官のものとなる。
『アファルイオの一部隊が、失踪した』
「失踪?」
『そう、行方がアファルイオ中枢部にも、掴めないというのは、事実らしいな……しかも、その部隊がだな、やっかいなことに、精鋭らしいんだよ』
「精鋭部隊、ですか……?」
亮が、かすかに眉を寄せながら言う。
地方小部隊なら、小規模反乱などの可能性もある。なぜ、中枢部に属する精鋭が失踪する?理由がわからない。
『規模は、つかめないが……』
「対応できるようには、しておきますが」
『あとは、姿をあらわすなら三日後以降にしてくれと、願うばかりだな』


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