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夏の夜のLabyrinth
〜4th Alive on the planet〜

■drizzle・6■




フィルターで見るモノは、たったひとつ。
『生命機器』、だ。
いま目前に立っているのは、たった一人で。
「嘘だろ……?」
忍は、自分の口元に、笑みが浮かぶのがわかる。
別に、おかしいからではない。あまりにも、現実ではない気がして。
悪夢の中のようで。
「嘘を言っても、仕方ないと思うよ」
優の口元の笑みは、消えない。
穏やかな表情も、変わらない。
「でも、おかしいじゃないか」
そう、おかしい。あるわけがない。
だって、ドクターの作ったそれは、全て、彼の支配化におかれたはずなのに。
優の行動の全ては、自身の意思によるモノ、としか思えない。
もし、支配化におかれてるとしたら、こちらの情報はドクターに筒抜けだったはずだし、戦いはもっと苦しいモノになっていたはずだ。
ありえない。
なのに、いま、優が望んでいるのは、その確認。
ポケットにつっこんだままの、フィルターを、取り出せない。
優の改造したフィルターを。
改造した?
どうして、改造したのだろう?
改造しなければ、見えない?ほかの全ては、見えたのに?
『特殊』という単語が、頭に浮かぶ。
ドクターの創り出したそれらはとても優秀で、通常のフィルターでは見分けることができない、と、亮は言った。
それ以上に、高性能のモノが、この世に存在するとしたら、それは。
優は、ただ、黙ってこちらを見つめている。
忍に、考える時間を与えるかのように。
言わなくても、気付くと、知っている瞳。
そして、その答えを待っている。
答えは、多分。
忍の表情で、答えが出た、とわかったのだろう。
優は、口をひらく。
「存在しては、いけないんだよ」
言う通りだろう。
答えが、そうだとしたら。
思考の中でさえ、はっきりと言うコトを避けているモノだとしたら。
なにも言えずに、首を横に振る。
信じたくなど、ない。
優の表情から微笑みが消える。真剣な表情が、こちらを見た。
「今回のことで傷ついたのは、襲われたほうだけじゃ、ない」
頷いてみせる。
こちらに向かってくるアーマノイドたちの瞳が、辛そうだった。自分の意思ではない行動を強要される苦しみをうつした、瞳。接近戦中心だった忍は、それを、イヤというほど見た。
だから、それは知っている。
が、優は首を横に振った。
「いちばん苦しんだのはね、望んだ人たちだよ」
優の言っているのが、誰なのか、忍にも理解できる。
瀕死の大事な者が、『アーマノイドになっても生き延びて欲しい』と、望んだ者。
自分の財産を失ってでも、生きていて欲しいと、望んだ者たち。彼らがいるからこそ、アーマノイドは存在するのだから。
でも、それを望んだことで、悲劇は起こったのだ。
自分たちの大切な者が、自分たちを襲うこと。
大事な者を傷つけること。
自分の意思でない行動を、とらされること。
一部のマスコミでは、今回の事件を『行きすぎた願望が生んだ、歪んだ悲劇』と呼んだ。
大事な者に、生きていて欲しいと望むことが、罪だろうか?
笑っていて欲しいと、側にいて欲しいと、望むことが?
そして、それが可能なら、どんなこと『手段』を使っても、と思うことを責められるだろうか?
アーマノイドになっても、生きていて欲しいと望むことを。
でも、事件は起こったから。
望んだ者たちは、誰が責めなかったとしても、きっと。
自分で自分を責めたに違いない。
いまも、きっと。
どこかで、苦しんでいる。
「だから、ね」
また、穏やかな表情が、戻ってくる。
「『手段』は、無くさなくては、いけないんだよ」
優の言いたいことは、わかる。
だけど。
そんなことは、出来ない。
出来る訳がない。
かつて、自分たちの軍師だった者を、手にかけるなんて、できない。
こんなふうに、穏やかに微笑んでいてくれたから。
この笑顔があったから、初の出動も、大丈夫だと、思えたのだ。
優は、機械などではない。人間だ。
少なくとも、自分にとっては。
黙っていれば、わからないのだ。
いま、ポケットに入っているフィルターさえ、消してしまえば。
亮も、そう思っているはずだ。そうでなければ、どうして優の改造したフィルターをつけるな、と言ったのか、説明がつかない。
そうと気付かなければ、破壊する必要もないのだから。
忍は、もういちど、首を横に振る。
少し困ったような表情が、優の顔に浮かんだ。
「建前だけじゃ、やっぱり、ダメか」
言いたいことがわからずに、かすかに首を傾げる。
本当は訊き返したかったのだが、声がうまく出そうにない。
「助けて、欲しいんだよ」
「助けて……?」
今度は、かすれてはいたが、声が出た。
優は、頷く。
それから、瞳を閉じた。
呼吸を、ととのえているのが、わかる。
優にとっては、口にするのも辛いことなのだと、わかる。
少し、大きめに息を吸ってから、優の瞳が、こちらを見た。
まっすぐに。
「永遠の時なんて、いらないんだ」
いままで見たことのない、苦しげな瞳が、こちらを見つめている。
望みはわかる。
そして、それが切実だということも。
忍自身には、想像することのできない苦しみが、あるだろうということも。
多分、もう、望んだ者はいないのだ。
優が、この世にいて欲しいと、望んだ者はどこにもいないのに、存在し続けなくてはならない。
しかも、永遠に。
だけど、それでも、手にかけることなど。
また、首を横に振る。
「忍にしか、頼めないんだよ」
それを止めることのできるのは、『龍牙剣』だけだから。
だけど、忍にとっては、機械ではない。
でも、人間では、ないのだ。
歪んだ時間を、生きることに苦しんでる。
それでも……
「亮くんに、自爆装置を止められてしまったからね」
優は、かすかに微笑んだ。
「あとは、忍しかいないんだよ」
言われて、気付く。止めた時限爆破装置は、優自身が持っているモノ。
自身を、壊すために。
「君を、苦しめているのはわかるけれど」
ぽつり、と告げる声は、いままで聞いたことのないほど、低い声。
笑みはまた消えて、浮かんでいるのは、苦悩している表情だ。
「亮くんが、君を苦しめたくないのも、わかるけれど」
亮は、優が自身を壊そうとするのを、邪魔してみせた。フィルターを変えて、優がなんらかの方法で指示をだせないようにしたにも関わらず、指示変更をして。
それは、多分、優の言う通り、忍が傷つかないように。
苦しまないように。
忍にとって、なにがあろうと、優が人間だというコトを、知っているから。
でも、優自身は、苦しみつづけなくてはいけないのだ。他のアーマノイドたちはみんな死んでしまったのに、自分だけが生き残ったという、新たな苦しみを加えて。
永遠に。
誰かが、苦しまなくては、ならない。
そうだとしたら。
『龍牙剣』を握り直そうとした、その時だ。
亮の声が、ヘッドホンに入る。はっきりと、通る声が、告げた。
『……忍、第一級禁止旧文明産物の、排除を』
感情の、こもらない声。
『これは、命令です』
瞳を、閉じる。
「……了解」
それから、視線をまっすぐに優に返す。
優も、見つめ返している。
ポケットにつっこんでいた、フィルターを手にする。
いままで、つけていた新しいフィルターをはずして、かわりにポケットに突っ込んだ。
それから、ゆっくりと、優の改造したフィルターを降ろす。
閉じていた目を、あける。
はっきりと、捉えている、見慣れた、印。
『生命機器』の位置を示している、紅い表示を見つめながら、『龍牙剣』を握りなおす。
未来永劫、終わらない時を苦しむだけで生きていかなくてはならないのなら。
この一週間、いつも念じていたことを、もう一度、念じる。
これが、最後だ。
貫くのは、『生命機器』。
「行くぜ」
言ったなり、ガラクタと化した『生命機器中枢』を飛び越え、そして目前になった『紅い表示』を貫く。
はっきりとした、手応えを感じる。
いつもどおりに、剣を引きぬいた。
目前のそれは、まだ、しっかりと立っている。
まっすぐに見てられなくて、視線を反らす。
「ありがとう……」
その声に、視線を、戻す。
こちらを見つめている優の顔には、笑みが浮かんでいた。
それから、ゆっくりと、瞼が落ちていって。
彼の躰からは、力が抜けていった。
膝のあたりから、力が抜けるのがわかる。
足元に倒れたはずの、優の姿が近くなったから、自分が膝をついたのだと、気付く。
まったく、血の流れていない、躰が目前にある。
人間なら、ありえない。
刺されたのに、血が流れないなんてコトは。
それでも。



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