[ Back | Index | Next ]

夏の夜のLabyrinth
〜5th Christmas Requiem〜

■snowflake・1■


らいんだよ



ハロウィンが終われば、街の装いはクリスマス色になっていく。十二月半ばにもなれば、街中にクリスマスソングが溢れ出す。
それに合わせるようにして、街行く人々も、明るくわくわくとしはじめる。
街全体が、なんとなく華やいでいる。
その華やぎにのせられたのか、珍しく『第3遊撃隊』のメンツは六人みなで買い出しにきた。
最近は、すっかり世間サマも落ち着いたようで、このままなら何事もなくクリスマスと正月を迎えられそう、というわけで、その準備のためだったりする。
日常雑貨の他、パーティー用品とかも買い込もうというので、二手に別れている。
こちらは、日常雑貨組の忍、亮、俊だ。もうすでにたくさん買い込んだらしく、忍と俊の腕には大きな袋がいくつか下がっている。
亮が、メモを見ながら言う。
「あと、食品類ですね」
「うへぇ、まだ、あるのかよ」
思わず声を上げたのは俊だ。
「ご飯抜きでいいですか?」
淡々とした口調で言われると、ぐっとする。なんとなく亮自身は食べなくても平気そうだから、本当にご飯抜きとかありそうだ。
もちろん冗談だが。
「そりゃ、困る……行きゃぁいいんですな、はいはい」
思わず真面目に返答してしまってから、亮の口元に笑みが浮かんでるのに気付いたらしい。照れくさくなったのだろう、ぞんざいに言って、先に歩き出す。
反対側から買い物メモを見ていた忍が、不思議そうに尋ねる。
「……にしても、卵とかやけに多くないか?」
「ああ、ケーキを焼こうと思って」
あっさりというところを見ると、作るのは亮なのだろう。いつもご飯を作ってくれているので、違和感はない。 ないどころか、外見だけならば、えらく似合いそうな気もする。
ケーキ作りが似合う、というのが、亮にとって褒め言葉にあたるのかどうかは微妙なところだが。
思わず、生クリームを泡立てたりしてるとこを想像しそうになって、軽く首を横に振る。
「それって、やっぱクリスマス用?」
「買った方が、いいですか?」
「いや」
思わず、首を横に振ってしまう。亮は基本的に料理が上手だ。きっと、ケーキもおいしいだろう。
「亮の作ったケーキ、食べてみたい」
忍の大げさな仕草に、亮の口元が笑ってしまっている。
「普通のデコレーションケーキでいいですか?」
「いいんじゃないかな」
答えながら、さらに思う。そう聞くというと言うコトは、バリエーションもあるのだろうか。
それにしても、疑問がひとつ。
「なぁ、訊いてもいいか?」
「なんですか?」
「亮の家って、コックとかいるんじゃないのか?」
亮の口元には、さっきとは別種の笑みが浮かぶ。
「天宮の家にはいますよ」
「………?」
「かなり長いこと、仲文のとこにやっかいになってたものですから」
「ふぅん」
そういえば、仲文はただの主治医にしては、ずいぶん亮の扱いが上手い。どんな事情があったのかはわからないけれど、仲文が預かっていたのだとしたら、それは納得がいく。
でも、触れない方がいい話題だったかな、とも思う。
それを察したのだろう、亮が口を開く。
「おかげで……」
突然、先を歩いていた俊が振り返った。
困惑した表情をしている。
「ところで、どこに行けばいいんだ?」
「その先を曲がったとこの、スーパーです」
答えた亮の顔は、もう、いつも通りだ。

荷物が増えてきたので、亮に先に行っててもらい、忍と俊は荷物を車においてから、スーパーに入る。
昼間でも、街路樹や店先を飾っているカラーボールやカラーライトは一目を引くが、それは店内に入っても同じコトだ。クリスマスソングがながれ、『メリークリスマス』と書かれた赤と緑の飾りが、いたるところに散りばめられている。
時間的に母子連れが多くて、なんとなく気恥ずかくなりながら、亮を探す。
生成りのセーターに細身のGパンという、よくありそうな格好でも、亮は目立つはずなのに。
「………?」
姿が見えない。
二人して、きょろきょろしてしまう。
「……あ」
思わず声を上げたのは忍のほうだ。
「いたか?」
俊も、視線をそちらに向ける。そして、彼も思わず声を上げた。
「げ」
たしかに、忍の視線の先には買い物用のカートと亮がいたのだが。
さらに、オマケがいた。
背の高い彼は、亮に一生懸命なにやら話しかけている。
様子からして、ナンパというヤツだ。スーパーでナンパとは、なんとも場違いだが、思わず声をかけたくなるほど目を惹く容姿だということなのだろう。
それほど、亮の容姿は整っている。ただし、性別は女だと信じて疑われていないというオマケもついてきているが。
ともかく、そのままにしとくワケにもいかないので、忍はそちらに歩き出す。
しかし、そこにたどり着く前に、亮に話しかけていた彼は方向転換をして歩いてきた。なんとも、奇妙な表情が浮かんでいる。
自分らの脇を通りすぎるのを待って、亮がこちらに向かって、かすかに微笑んだ。
「いまの、なに?」
俊は、咳き込むように尋ねる。興味津々といったとこだ。
ナンパだと確信してはいるが、さすがにそうは聞けない。
にこり、として亮は答える。
「ヒマかときかれたので、遺伝子操作食品の問題点と、品種改良及び生産性を含めて考えた際の総括的な功罪を考えているところなので、ヒマではないと」
本当にそんなこと考えてるワケはないが、さらさらとそういうコトが口をついて出てくるあたり、亮らしいというか、なんというか。一緒に買い物に来てる人がいるとか、ありきたりのことを答える訳でなく、戸惑う様子もなく、あしらったらしいところを見ると、ナンパされるのは初めてではないと思われる。
たしかに、ごく自然に、野菜の具合とかをみてる様子は、とても『Aqua』で一二を争うような優秀な軍師とは思えない。軍師という役目を離れている時には、本当に穏やかに見える。忍たちとて、形容するならば「美人」という単語を選ぶだろう。
もっとも、野菜相手に敵に対するように鋭い目つきでいられても、怖いが。
果物のコーナーまで来たところで、亮が、軽く首を傾げる。
「苺でいいですか?」
もちろん、ケーキのデコレーションのことだが、いきなり言われた俊のほうは戸惑ったようだ。
「え?冬ったら蜜柑だろ?」
「違う違う、ケーキだよ」
忍がフォローする。
「ケーキ?」
「そう、クリスマスケーキ」
「作るの?」
尋ねられた亮は、軽く頷いてみせる。俊の表情が、ぱっと輝いた。
どうやら、甘いモノはいける口らしい。
「いいねぇ、苺ってコトは、デコレーションケーキだな」
「いいみたいだぜ、苺で」
急に足取りが軽くなった俊に笑いながら、忍が言う。
「ですね、安くなってるみたいだし、ちょうどいいですね」
亮も微笑みながら、すぐ先のカートを指す。
クリスマス向けなのだろう。大きめの粒のそろった、真っ赤な苺たちが山積みになっている。
パックを手にした亮は、痛んだのが混じってないか手早く見た後、三つ、カゴにいれた。
「すっごい、おっきいなぁ」
俊が感心した声を上げる。忍もうなずいた。
「だな」
「今日のデザートも、苺にしますか?」
わざわざ、口に出して言っている意味を正確に察した亮が、首をかすかに傾げた。
「いいね」
「そうしようよ」
異口同音にすぐに賛成されて亮は、思わず口元が笑ってしまっている。
最近は、微笑むだけにしろ、よく笑うようになってきた。忍は、それを見て思わず微笑んでしまう。
亮の表情は、今度は不思議そうなモノにとって変わる。
「そんなに、嬉しいですか?」
言われてから、表情に出てしまったことに気付く。
「いや、まぁ、うん……」
しどろもどろになってしまう。
俊がすかさず、嬉しそうに言う。
「案外、食いしん坊なんだぜ、忍は」
「カレー大王に言われたくないって」
「ほっとけ」
漫才を呈してきた会話に、亮はまたおかしくなってきたらしい。大きく口元をほころばせる。
それから、その表情のまま今日の分の苺を、カゴに加えた。

もともと、いつもの食料買い出しが目的で、さらにクリスマス用のモノも加わったのだから、その買い物量は、かなりのモノだ。なんていっても、六人分である。
スーパーの袋は忍と俊の両手にひとつずつと、さらに亮の手にひとつ。
けっこうな重さのそれらをぶら下げて、道路向こうの駐車場に向かう。
「あ、信号点滅してる!」
声を上げたのは俊だ。
そういうのを見ると、つい走りたくなる性分らしい。言ったなり、俊は急ぎ足で渡り出す。
「おいおい」
言いながら、忍もごく自然に追いかける。
亮も、慌てた様子もなくついてくる。渡りきったところで、信号は赤に変わった。
なんとなく振り返ったのは、微かな気配に気付いたからだったのかもしれない。
「あ!」
滅多にない、亮の驚いた声に、忍と俊も振りかえる。
小さな女の子が、赤に変わった横断歩道を渡ろうとしている。
あの背の高さは、発車してるトラックからは死角だ。その証拠に、ブレーキを踏むどころか、スピードは上がりつつある。
「危ない!」
忍は、買い物袋を投げるようにして俊に掴ませると、ガードレールに手をかける。
なにをしようとしてるのか気付いた俊が、思わず大声を上げた。
「バカ!お前まで轢かれるぞ!」
忍は思いっきり地面を蹴ったかと思うと、ガードレールのポールを鉄棒変わりに大きく旋回して、走り出した自家用車を飛び越すと、トラックの前に歩き出した女の子を脇に抱える。
あとは、道路脇に転がるのが精一杯だ。
横断歩道の両脇にいた人々からも、思わず悲鳴が上がる。
トラックの方も、忍が飛び出してきたのは視界に入ったのだろう。慌てて急ブレーキをかける。
忍は、すぐに身を起こす。
どうやら、本人も抱えた女の子のほうにも、ケガはなかったようだ。
大事にならなかったのがわかると、立ち止まった人々は、何事もなかったように流れ出す。
怒鳴ろうとして、窓から顔を出したトラックの運転手も、自分が女の子を轢くところだったのに気付いたらしい。文句を言うのを止めて、そそくさという表現がぴったりの表情を浮かべ、そのまま走り去ってしまう。
横断歩道が青になるのを待って、同じく俊に買い物袋を預けた亮が、こちらに戻ってきた。
忍は、女の子を覗きこむ。
「大丈夫?」
女の子は、青白い顔をして、ただ、がたがたと震えている。
怖かったからか、と思ったが、そうではなくて。よくよく見れば、着ているモノが、この寒さに耐えられるとは思えない薄さだ。いや、これは服というよりは、パジャマだろう。
着ていたコートを、着せ掛けてやる。
それから、もう一度、覗きこみなおした。
「怖かったね」
うつむき加減だった彼女が、顔を上げる。
年は、五、六歳だろうか?
この寒空に、パジャマで歩いているというのは、普通ではない。
「おうちは?」
返事は、返ってこない。忍は、微笑んだまま、質問を続ける。
「なまえ、教えてくれる?」
「……ちさと」
小さな小さな、答えが返ってくる。
「そう、ちさとちゃんって言うんだ」
これでひとまず、とっかかりだろう。
荷物を車に置いてきた俊も、こちらにやってくる。それまで黙って忍の後ろから見ていた亮が、口を開いた。
「忍、ここらへんに電話ボックス、ありましったっけ?」
「え?」
戸惑って顔を上げる。
「携帯、持ってないのか?」
思わず口にしてから、本当に言いたい意味に気付く。役目上、亮が持っていないわけがないし、うっかりする、ということもありえない。そして、亮が探している本当のモノがどこにあるかも、思い出す。
「俊、ちょっと頼む」
言うと、すぐ歩き出す。亮も、俊に頼みます、というかのように軽く頷きかけると、その場をすばやく離れてしまう。
「おい、ちょっと待てよ、俺にどうしろってんだよ〜?」
いきなり、小さな少女を押しつけられた俊は、戸惑った声を上げた。


らいんだよ

[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □