[ Back | Index | Next ]

夏の夜のLabyrinth
〜5th Christmas Requiem〜

■snowflake・2■


らいんだよ



こんな小さな女の子を押し付けられても、俊には、どう扱っていいのかよくわからない。
ともかくも、女の子と同じ目線の高さまで、しゃがみこむ。よく見なくても、その子に着せ掛けられてるのは忍の服だ、というのはわかる。その下が、どうやらパジャマらしい、ということも。
そういう目で見るからだろうか、顔色がよくないように見える。もっとも、どんなに元気な子でも、この寒空にパジャマで歩き回ったら、まともな顔色じゃいられない。
そこまで考えて、いつまでも黙ってるワケにもいかない、と気付く。
少々、戸惑いを残したまま、尋ねる。
「……っと、どこから、来たの?」
もっと他に、気を楽にしてやることが先決だろ、とか心の中で自分で自分にツッコんでしまうが、口をついて出たのは、いちばん不思議だと思ったことだった。
女の子は、おそるおそるといったかんじで話しかけてきた俊の方を、不思議そうに見上げる。
「どこから、来たのかな?」
俊は、もう一度、同じ質問を繰り返した。
こりゃ、泣かせないのが精一杯かな、と覚悟しつつ。が、以外にも返事は返ってきた。
ほんの、小さな声だったが。
「………おうちじゃないとこ」
「おうちじゃないとこ?」
ちんぷんかんぷんだ。答えになっていない。
思わず、おうむ返しにしてしまう。
「うん、あそこ、キライ」
女の子は、顔をしかめる。
「どんなとこ?」
「まっしろなの」
真っ白というと、季節柄、雪を思い出すが、それは違うだろう。なんていっても、パジャマだ。
他に白いところ、というと……などと考えてて、『連想ゲーム』みたいだな、と思う。
「真っ白だから、キライなの?」
頷いてみせる。それから、言った。
「痛いコト、するの」
パジャマ、白い、痛い……そこから連想されるモノといえば。
はた、とする。答えはきっと。
『病院』、だ。
だとしたら、パジャマは入院患者であるということ。
どんな事情があるのかはわからないが、そうだとしたら、こんなトコにいるのは、かなりマズイ。
でも、はっきりしたことがわからないうちは、どうしようもない。
早く戻って来てくれ、という祈りを込めて、俊は視線を忍たちが消えたほうに向けた。



表の通りの喧騒を抜け、人通りのまばらなトコまで来て、忍は振り返る。
「ここらへんなら、大丈夫だろ」
亮は頷いてみせると、ポケットから携帯を取り出す。ようは、人に聞かれない場所で誰かと連絡が取りたかったのだ。
登録されてる人にかけるのだろう、簡単に呼び出しをしている様子だ。
「あ、僕です」
それだけで誰だかわかるのだから、相手は親しい人間だ。しかも、亮の親しい人間はごく少数であるらしい。
総司令官であり父親でもある天宮健太郎か、もしくは主治医の安藤仲文だろう。
答えは、すぐにわかる。亮がこう言ったからだ。
「患者が一人、脱けだしたでしょう?」
患者、という単語が出てくるというコトは、相手は医者。そう、仲文だ。
「コードNo.00985-77-9096-1、通称病名、先天性細胞破壊症の子が」
その病名なら、忍も知っている。
めったにはいないが先天的なモノで、いまのところ、治療方法はない難病だ。すさまじいほどの健康管理をしさえすれば、その発症は遅らせることができる。ようは、完全防備な病室で過ごさざるを得ない。
ちさと、と名乗ったあの子が、その病気なのだとしたら、パジャマも納得がいく。
が、だとすると、この寒空に抜け出してくるというのは、致命的なはずだ。すぐにでも病院に戻さないと、まずいだろう。
一目見てなんの病気かわかった亮が、それを知らないわけがない。
知ってて、連れ戻さないということは。
寒さのせいではなく、背筋がぞくり、とする。
自分よりも、ずっと小さな子の運命が、もう決まっているなんて。
そして、亮の口からは、それを裏付ける言葉が出てくる。
「完全発症は、時間の問題のようですが」
無表情な声と顔。
完全発症は、ということは部分発症はもう始まっているということだ。だからこそ、抜け出すスキが出来た、ともいえるが。
「なぜ、抜け出そうとなんて思ったんでしょう?うすうす、わかっているでしょうに?」
自分がどんな病気か、をだ。子供は、大人以上に敏感だ。日頃の扱いからほぼ察してしまえる。
かといって、将来を絶望して、思いつめている様子もなかった。
それは、忍も感じたことだ。亮も、そう思ったから尋ねているのだろう。
相手の返事を聞いたらしい亮の表情は、なんとも不思議なモノになった。
「……クリスマス、ですか?」
首を傾げている。
ケーキを作ろうとかそういうのは考え付くようだが、能動的にそれをしたいとかいうのは、よくわからないのだろうと思う。自分が欲しいもの、というのが、基本的にないから。
「ちさとちゃんは、クリスマスをしたいんだ?」
忍は、脇から助け舟を出す。
病室はきっと、味気ない状態だろう。窓の外にひろがる色とりどりの街の景色は、どんなに魅惑的に映っただろう?
自分の手には、届かないと思えば思うほど。
忍の声が電話向こうの仲文にも聞こえたのだろう。
「え?はい、忍がいますけど」
それから、亮は携帯を忍に差し出した。
「俺?」
こくり、と頷いてみせる。
忍は、携帯を受け取る。
「はい、変わりました」
『悪いね、亮のヤツには、よくわかんないみたいだから』
「やっちゃって大丈夫なんですか?」
やっちゃうのは、クリスマスのことだ。もちろん、病院で。
仲文は、少し間を置いてから、こう言った。多分、言葉を捜していたのだろう。
『……こういう言い方はイヤなんだけど、もうかまわないよ』
もう、どんなことをしても、発症は止められない。そこまでは、いってしまっているということだ。
あとは、最悪のカウントダウンをするだけだ、と。
だから、すべてが終わる前に、幸せなことが一つくらい、あってもいい。
それを、忍たちに頼むということは。
ちょっと、複雑な環境でもある、ということになる。
「じゃ、ひとまず病院まで、つれて帰ります」
そして、携帯の電源を切る。
受け取った亮の表情が、さっきからない。病名を口にしたときから。
その表情のまま携帯をしまってから、ふと、視線を空に向けた。
「雪……」
「え?」
驚いて、忍も見上げる。
確かに、朝から曇り空ではあるし、天気予報では雪が降る、とは言っていた。
人口惑星である『Aqua』の天気は復旧されたWCCの管制コンピュータが管理している。だから、予報が外れるということはありえないが、降りだす時間までは告げられていない。
視界に見える限りでは、なにも降ってはいない、と思った瞬間。
空の向こうから、なにかがひらり、と落ちてくる。
たしかに、雪、だ。
最初のを合図のように、あとからあとから、ひらひらと舞い降りてくる。
今年最初の、雪だ。
WCCで管理されてるそれは、軽く地面を染めただけで溶けていくだろう。
亮は、手のひらで消えていく雪を見ていたが、やがて、ぽつり、とつぶやいた。
「クリスマスソングが、レクイエムですね」
どうやら、亮には医者の才能もあるらしいとは、わかっていたが。
あるだけではなくて、かなりのハイレベルらしい。一目見て、病名だけではなくて、症状の進み具合もわかってしまった。残された時間、も。
多分、仲文に電話したのは、何が欲しいのかはわからなかったけれど、抜け出してでも手に入れたいモノがあると、察したから、だ。なによりも先にわかったのは、それだったかもしれない。
無意識に、痛みを察してる。気付かずに、そのことに傷ついてる。
残された時間がなくて、それでも、望まずにはいられないことに。
「じゃ、派手にやろう」
にこり、と笑って忍が言う。
顔を上げた亮は、かすかに、首を傾げてみせる。
「俊たちも、反対しないよ」
「でも……」
珍しく、迷っている様子だ。
「クリスマスをしたがっている女の子と知り合ったって、言わなかった方が、怒ると思うね、とくに、麗花と俊あたりは」
怒っている様子が、亮にも容易に想像できたのだろう。かすかな笑みが浮かぶ。
でも、納得はしていないらしい。
「タイムリミットは、黙ってればいいよ。きっとヘンに意識するからさ」
それをきいて、はじめて亮はこくり、と頷いた。
後から知らされるのも、とても痛いけれど。知ってて、そういう扱いをされれば、されたほうはもっと痛い。
亮が迷ったのは、そのせいだ。
せっかく望みが叶っても、それが痛みを伴っていたら、どうしようもないから。
でも、そのせいで俊たちも、後から痛い思いをするだろう。
秤に、かけかねたのだ。
これが、いつもの『第3遊撃隊』としての任務なら、逡巡すらせずに選ぶだろう。
痛みをなるべく、誰にも行かないようにする方法を考えながら。
いまも多分、それを考えてる。
だけど、それが表に出るのは珍しい。優のことが、あったからかもしれないが。
手探りなのは、お互い様だ。誰だって、こういうときになにが正しいかなんて、わからない。
それは、忍も同じことだ。
「行こう、ちさとちゃん、風邪ひいちまう」
「そうですね」
雪のせいで、あたりの空気が冷えてきている。
二人は、急ぎ足でもときた道を引き返しはじめる。



荷物を持って回るのもなんなので、俊は荷物を置くのと、事情を説明する役ということで、ひとまず帰宅する。
忍と亮が、ちさとを病院に連れて行くことになるわけだ。
病院のことは、『キライ』ではあるようだが、別に脱走を狙ったわけではなかったようで、おとなしく、ついてきた。
病院に向かう途中、『クリスマス、やってみたい?』と尋ねたら、驚いたように瞬きをしてから、小さな声で、でも、だめって言われるよ、と呟いた。
どうやら、保護したことを仲文が告げていたらしく、母親とおぼしき人物が病室の前に立っている。
連れて行った忍は病室の札を横目で見て、ちさとというのは、『知沙友』と書くのだと知る。
目前に立って気付くが、えらく若く見える。たぶん、二十過ぎくらい、だと思う。ようは、知沙友ほどの年の子供がいるとは思えない。そこらへんが、事情かな、と思う。
その母親は、知沙友の姿を見るなり、その形のいい眉をしかめた。
「人に、迷惑かけちゃ、駄目でしょう!」
ホントの母親なら、それでも、まず、子供の無事を喜ぶと思う。病気が病気なのだし。
しかし、忍の上着の下はパジャマのままの知沙友をほっといて、忍に向かって頭を下げる。
「このたびは、ご迷惑をおかけしまして……」
「いえ」
首を横に振りながら、思う。
多分、知沙友の父親のことは、心から好きなんだろう。好きだからこそ、その子供にすら、嫉妬する。
ましてや、難病で、手がかかる。疲れてしまうのも、当然だ。
こんな態度にでてしまうのは、そのせいだろう。
でも、嫉妬も疲労も、子供に見せてはいけないモノだ。彼女には、休息が必要だ。
「あの、じつは」
忍は、クリスマスの件を、口にした。
医者の許可を、得てあることも。
彼女の顔にはなんとも複雑な表情が浮かぶ。知沙友の相手をしてもらえれば、一日中煩わせられることもない。
でも、相手は赤の他人だ。
「あそこで遭ったのも、なにかの縁だと思いますし」
にこ、と微笑んでみせる。
不思議と、落ち着く笑みだ。
結局、休息がとれる誘惑には、勝てなかったらしい。
「お願いします」
彼女は、頭を下げた。

一緒に行ったはずの亮は、仲文のところにいる。
慣れた操作で、看護記録を繰っている。病状が現状維持ならいいが、加速してはいけないから。
脇で机に腰掛けてる仲文が、にや、としながら言う。
「おまえ、ボロだしたね」
せっかく、クリスマスの普通の過ごし方を教えてあげたのに、と続ける。
亮は、表情のない顔を上げた。
「たしかに、綺麗だとは思いますけど……手に触れたいとかは、よく、わかりません」
「じゃあ、どうして、俺に電話してきたの?」
亮は、少しの間仲文の方を見ていたが、やがて首を傾げた。
「……さぁ?」
ノックの音がして、仲文は机から降りる。
「どうぞ」
忍が、顔を出した。
「許可、もらったよ、いったん帰ろう」
「はい」
亮は、さきほど仲文に質問されたときの表情のまま、立ち上がった。
それを気にする様子もなく、忍は笑いかける。
つられたように、亮の顔にかすかに笑みが浮かぶ。忍は仲文に会釈する。
「じゃあ、失礼します」
「ああ、頼むよ」
扉が閉まったあと。
仲文は、呟いた。
「こっちは、急ぐこともないかな」


らいんだよ

[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □