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夏の夜のLabyrinth
〜5th Christmas Requiem〜

■snowflake・4■


らいんだよ



翌日。まずは、真っ白で味気ない病室をクリスマスカラーに、ということで、ツリーを持っていくことにする。
病室に入る限りの大きいの、という麗花のリクエストに、どこから調達してきたやら亮が用意したツリーを乗せると、バンを使っても六人は乗れない。
麗花が、笑顔で俊の肩に手を置く。
「あん?」
怪訝そうな表情になる俊に、ますます笑顔の麗花。
「得意なんだよね、バイク乗るの」
そう言われれば、誰だってなにが言いたいのかは、わかる。
「俺が、別便で行けと?」
「うん」
確かにバイクは好きだが、この寒空に好き好んで乗ることもないだろ、と思うのは人情だろう。
街中を防寒具ばっちりでバイクに乗ってると、好奇の目にさらされるのも嬉しくない。
が、相変わらず、麗花は笑顔のまんま、だ。
「いいじゃん、バイク、好きなんだし」
「俊、バイクで行くのか?」
否定の言葉を口にする前に、忍が聞きつけて台所から顔を出す。
「え、いや……」
まだ決まってない、と言おうとしてる間に、忍の姿は台所に消えている。
「ちょうどいいや、コレ、持ってって」
再び顔を出したときには、ケーキの箱を手にしていた。
「車で運ぶなら、クーラーボックス用意しなきゃいけないし、俊ならバイクでまっすぐ運べるだろ」
たしかに、そういうのは得意とするところだが、望んでいるかは別問題で……という呟きは、麗花の声にさえぎられる。
「決まり、ね」
このままおとなしく引き下がるのも悔しいので、最後のあがきを試みる。
「バン、五人も乗れないだろ?もう一台出せばいいじゃないか〜」
「もう一台、は別に行くトコができちゃってさ、悪いな」
忍が、すまなそうに拝むポーズをする。
「忍、準備できてます?」
亮の声がしたのは、俊の後ろから、だ。
「ああ、すぐ出れる」
返事を返した忍の顔つきが変わったことに気付いて振り返ると、亮の表情も見慣れた軍師のモノのほうになっていた。と、いうことは、行く先は総司令部しか、考えられない。
俊は、怪訝そうになる。
「なんか、あったのか?」
「いえ、まだそういうワケでは、なさそうなんですけど」
にこり、とする顔つきも、穏やかというよりは自信があるほうの、だ。
「じゃ、な」
二人とも、急ぎ足で出かけていってしまう。
麗花は笑顔で手を振った。
「いってらっしゃ〜い」
どうやら、配分は最初から決まっていたということらしい。ようは、なにをどう言っても、俊はバイクで行くことになるのだ。
「ケーキだけでいいんだよな?」
「もう、それだけで十分」
あきらめて確認する俊に、麗花はにっこり、と頷く。



バイクで行くことに、気が進まなかった理由のひとつは。どうやったって、先に着いてしまうコト、だ。
昨日もそうだったが、子供相手になにしたらいいかなんて、よくわからない。かといって、待合室でえんえんと、みなの到着を待ってるのも落ち着かない。
「ケーキ、生クリーム使ってるんだから、はやく冷蔵庫に入れなきゃダメだよ!」
という、麗花からのキツイお達しもあったことだし、と、俊は諦めて知沙友の病室へと向かう。
控えめにノックすると、昨日の様子からは想像のつかない、元気な返事が返ってきて驚く。
扉を開けると、満面の笑顔の知沙友がいた。
「おはよ!朝から来てくれたんだ!」
「あ、うん……はよ……えっと、誰もいないのかな?」
母親は、来てないのだろうか、と思いつつ尋ねる。
「今日は、お母さんお休み」
確かに、いつも看病してばかりでは大変だろう。ちょうどいい、休暇かもしれない。
そんなことを思う。
「冷蔵庫ってある?」
「あるよ」
元気よくベッドから降りると、慣れた様子でスリッパに足をいれる。
個室なだけでなくて、たいがいのことは出来るようになっているから、とは聞かされてたが、本当に冷蔵庫がある。しかも、けっこう大きい。
冷蔵庫の場所を聞かれたら、いったいなになのかは、誰でもわかる。
興味深々の表情で、知沙友は俊を見上げる。
「なんか、持って来てくれたの?」
「え、うん、ケーキを……」
「ケーキ!」
知沙友の顔が、ぱっと輝く。
「見せて!見せて!!」
「いいよ」
食事をするためのベッドに備え付けの小さなテーブルに箱を置くと、そっとふたを取る。いくら、自分の運転技術に自信があるとはいえ、相手はケーキだ。ホントに、崩れてないだろうな、と、ドキドキしながら。
ゆっくり開くふたに、待ちきれずに横から覗き込んだ知沙友は、歓声を上げる。
「すごぉい!キレイ!!」
「お」
フタをとりおえた俊も、思わず声をあげる。
崩れてないことに、ほっとしたのもあるが、それ以上にケーキの出来のほうに。
真っ白なケーキの上には、トナカイをつれたサンタクロースがいる。ひいてるソリには、たくさんのプレゼントを乗せて。砂糖菓子のもみの木まであって、まるで絵本の一ページを開いたようだ。
雪に見えるのは、どうやらホワイトチョコでも削ったらしい。
思わず、しばらく見とれたあと、ホントに崩れなくて良かったな、と改めて思ってしまう。
知沙友のほうは、嬉しそうな表情で覗き込んでいる。
「すごいねぇ、キレイだねぇ」
と、繰り返しながら。
その横顔をみて、俊は、少しでもはやく持ってくることが出来て、よかったかな、なんて、思う。
少なくとも、寒空の中、バイクを飛ばしただけのことはあった。
ただし、早く来て良かったなんて、間違っても誰にも言わないけれど。
言ったら、麗花あたりが、調子に乗るに違いない。
想像したら、それが顔に出たらしい。
我に返ると、知沙友がこちらを、不思議そうにのぞきこんでいる。
「おにいちゃん、どうかしたの?」
「え?!なんにもないよ??」
笑顔にもどると、慌てて手を振ってみせる。
「ひとまず、みんなが来るまでケーキしまっとこうな」
言いながら、知沙友の承諾を待たずにケーキにフタをする。知沙友も本来の用事を思い出したらしい。
棚の下の、白い扉を開いてみせる。
「はい、冷蔵庫」
「おう」
ケーキをそっと冷蔵庫に入れて、衝撃を与えないように扉を閉めて、さて。
ツリーを持ってくるはずの連中は、まだ到着しない。
「えっと……」
この間をどうしたらよいのか、いまひとつわからない。
まさか、いったん帰る、というわけにもいかないし。
きまり悪い沈黙におちいりかかった場を、明るい声で救ったのは知沙友のほうだ。
「ね、おにいちゃん、あやとり出来る?」
「あやとりぃ?!」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
学校で、女の子たちがやってるとこを見たことはあるが、やったことなどあるわけもない。
普段なら、知らないよ、で済ませてしまうのだが。
病院内でやれることといったら、限られているだろう。
「俺、あんまよく知らないんだ……教えてくれる?」
「うん、教えたげる!」
満面の笑顔で言う知沙友を見ながら、そこにあったイスに腰を降ろす。
手先を要求されることは、忍か亮の専売特許なんだけど、と小さく呟きながら。



総司令官室のほうは、当然と言えば当然だが、クリスマスの雰囲気はカケラもない。
「このままなら、『第3遊撃隊』の手を煩わすコトはないんだけどな」
総司令官である天宮健太郎は、いまいちすっきりしない顔つきだ。
「通常部隊動かして、オオゴトにするのも面白くないですしね」
「たしかに」
状況を映し出してるモニターを見ながら、忍と亮も頷く。
起こっているのは、小さなテロ、みたいなモノ。
起こしているのは、アーマノイド反乱を起こした矢野博士の娘、だ。
事件当時は海外にいたらしく、帰国したなりの行動開始。矢野博士は自分が失敗したときのことまで考えて、布石しておいたらしい。
ただ、ドクターが考えていた以上に徹底的に叩かれたせいで、今回の彼女の行動はかなりの小規模になってはいるが。
「いまは、『第2遊撃隊』が相手をしてるんですよね?」
亮の問いに、健太郎が軽く頷いて見せた後、微笑む。
「いつまでも陽動隊としてしか動けないんじゃ、使いモノにならんからな」
演習としては、ちょうどイイ規模だとは思うんだが、と続ける。
「いかんせん、経験値が足りない」
「必要以上に、力んでるかもしれない、と?」
「ま、イヤでもウワサは流れてるからなぁ」
「わざと、もあるでしょうに?」
苦笑する亮に、首を傾げる忍。
「ウワサ、ですか?」
「そ、『第3遊撃隊』は、出来る、とね」
にこ、としながら健太郎は、あっさりと言ってのける。
「大きな事件が二つあったからね」
健太郎の言う大きな事件、とは『紅侵軍』の件と先日の『アーマノイド反乱』の件だ。
戦場には当然、ジャーナリストもいるわけで、隠してても通常部隊とは異なるモノがいるらしい、ということは知れてしまう。とくに、『緋闇石』の件では、自分らの国も同じ恐怖にさらされる可能性がある、という不安から、各国のジャーナリストが、かなり入っていたようだ。そして、アーマノイドの一件のときも。
どんな部隊なのか、は知れないようにしてあるが、少なくとも小人数部隊であるコトは知れてるし、なによりも通常部隊で御しきれないモノをどうにかしてしまっている、というあたり、各国軍部とも注目してるらしい。
「それじゃなくても軍事力はイチバンあるからさ、いろいろ訊かれるしねぇ」
とぼけた口調で言う健太郎に、亮は、黙って肩をすくめてみせる。
おそらく、正体が見えないのをいいことに、適当に潤色して他国が余計な手出しをしにくいように仕向けてるのだろう。忍も、なにを言われてるのやら、と想像して思わず口元が笑ってしまう。
「自分たちと同じ頃に組織されたのに、片っ方だけ目立ったら、イヤでもあせるだろ」
真顔に戻って、健太郎が言う。
「それに、実戦デビューだし、な」
「デビューでも緊張しない人も、いると思いますけど」
忍が、すかさず言う。
緊張するどころか、忍達を発奮させることすらやってのけた、生意気な軍師代理は忘れられないだろう。
それでいて、作戦は緻密で正確で。
もちろん、亮のことだ。
「余計なコトはしなくていいのですから、大丈夫でしょう」
小生意気という形容がぴったりの、自分の口調を思い出したのか、亮は苦笑しながら言う。
「ま、いつでも、フォローに入れるよう考えといてくれ」
「わかりました」
二人は、頷いてみせた。


らいんだよ

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