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夏の夜のLabyrinth
〜5th Christmas Requiem〜

■snowflake・3■


らいんだよ



「ね、大丈夫だったの?!」
家に帰りついたなり、麗花に口早に尋ねられる。
なにがあったのか、は、先に戻った俊から聞いたのだろう。台所のほうから、俊が顔を出す。
「お茶、はいってるぞ」
と、いうことは、須于もジョーもそこにいる、ということだ。
気になるのは、みんな一緒、ということだろう。
腰を落ち着けたところで、忍が口を開く。
いちおう、助けた本人というコトで、何が起こったのかを簡単におさらいした後、
「知沙友ちゃんっていうんだけど、入院中でクリスマスができないんだって」
「えぇ〜?!かわいそう!」
すぐに声を上げたのは、やっぱり麗花だ。
「病室からクリスマスの飾り付けを見て、つい、外に出たくなったみたいですね」
亮の言葉は形容詞がついていないが、なにが言いたいかは、容易にわかる。真っ白で味気のない病室から、色とりどりに飾り付けられた華やかな街中を見たら、誰だって寂しい気分になる。
ましてや、まだ幼い少女にとって、それは、どんなに綺麗に映ったのだろう?
須于も、首を傾げている。
「でも、病気によっては、そんな飾り付けをするわけにも、いかないんでしょう?」
「そうだよねぇ」
忍と亮は、ちらり、と視線をあわせる。
「それなんだけど」
忍のほうが、もったいをつけてた口調で、言う。
「許可、もらってきたんだ」
「許可?」
「うん、病室で、クリスマスさせてもらう許可」
短くなった煙草をもみ消しながら、ジョーが尋ねる。
「させてもらう、というのは……俺たちがやる、ということか?」
肯定する前に、口々に賛成の声が上がる。
「お、それ乗った」
「やるやる」
「いいわね」
なにか言いたげだったジョーも、皆が賛成なら逆らえない。
それを知っていて、麗花が意地悪く訊く。
「おや、ジョーは反対?」
「いや、そういうわけじゃ……」
しかし、返事は歯切れが悪い。
「なにか、気になることでもあるのか?」
俊は、不思議そうだ。
「別にない」
言葉ではそう言っているが、表情もイマイチさえない。
「気が進まないなら、別に強制しないよ?」
麗花が気を使ったのだろう。が、ジョーの表情はさっきよりも、困った様子になった。
須于が、くす、と笑う。
「小さい女の子の相手ができるか、心配なだけだから、大丈夫よ」
「………」
なにやら頬が染まったということは、それが図星なんだと言ったも同然だ。
麗花と俊は爆笑になってしまう。
忍も、悪いとは思ったようだが、笑顔になりながら言う。
「じゃ、問題ないな」
「決まり、でいいですね」
亮の口元まで、緩んでいるのを見たジョーは、さすがに決まり悪そうに微笑んだ。



夜、泡だて器の音がしているのが聞こえたので、忍は台所を覗いてみる。
亮が、ケーキを作っているようだ。
昼間のうちに焼いておいたのだろう、スポンジケーキのほうは、もう数枚に切り分けられている。
「知沙友ちゃんに、持ってくのか?」
ボールで生クリームを泡立てながら、亮は軽く頷いてみせる。
「食べ物にも、制限ないんだ?」
「食中毒になりやすいモノは、避けたほうがいいですけどね」
抵抗力が低い、ということらしい。
忍は、カウンターの椅子に腰掛ける。
「先天性細胞破壊症、だっけ……珍しいよな」
「そうですね、遺伝性の特殊な病気ですし」
感情のこもらない声で言われると、教科書の一節でも暗唱されてる気分になる。
亮は、泡だて器を止めると、生クリームの泡立ち具合を確かめる。
どうやら、いいかんじになったようだ。電動泡だて器の泡立て部分を取り外す。
それを流しにおいてから、今度はナイフを取り出してくる。
「……見ても、わからなかったな」
「見てわかる人は、少ないでしょうね」
相変わらず、ケーキをデコレーションする手を休めずに、亮は言う。
器用に苺を並べたかと思うと、薄いスポンジを重ねる。一段目と二段目の間には、クリームと苺がたっぷりと挟み込まれた。
また、生クリームをさっと、塗る。それから、苺を。
「軍師としても天才的なのに、な」
ぽつり、と忍が言う。
そう、普通に考えたら、不思議だ。
軍師としてだけ、他の人間が扱えないような機器も使いこなしてみせる天才なら理解も出来る。
だけど、発症自体が珍しい患者の病状まで、一目で見抜けるものだろうか?
どちらも、生半可な知識ではできないことだ。経験も必要だ。
たしかに、亮は幼い頃にすでに、軍師としての知識も才能も発揮することが出来た。
そういう天才も、世の中にはいるかもしれない。
でも、そうではなくて、と忍は思う。
亮は、はじめて、ケーキを作る手を止めて、忍の方を見た。
その顔から、表情が消えている。
「おかしい、ですか?」
「いや、おかしくはないよ」
どうやってそれだけの知識が詰め込まれたのだとしても、それ自体は、おかしくはない。
中枢に近い部分に関われば関わるほど、そこではとんでもないことが起こりうるから。
でも、もしかしたら、この膨大な知識は、亮が望んで手に入れたモノでは、ないのかもしれない。
そういうことを、言いたいのでは、ない。
「……ただ」
言いながら、まっすぐに亮を見る。
「痛くないかな、と思ってさ」
亮は、不思議そうに首を傾げる。忍は、言葉をかさねた。
「一人で知りすぎてしまうことは、痛いんじゃないか?」
どう返事をしていいのか、わからないのだろう。戸惑った表情のまま、こちらを見ている。
クリスマスソングが、レクイエムになりそうだ、と言ったときの亮は。
わかっているのに、だけど、それをどうすることも出来ないもどかしさと。
知沙友にクリスマスをしてあげたら、見届けなくてはならないのだ。最後まで。
少しずつ進んで行く病状を。
戸惑っていた亮の表情は、ゆっくりと、微かな笑みにとってかわる。
「でも、今回は忍にも背負わせてしまいましたから」
「そうか?」
亮の場合、肝心なことを口にしないのは、お手のモノだから。
「だから、そんなコトを言うんでしょう?」
「!」
面食らった忍に、亮はにこり、と、もう一度微笑むと苺を並べ終わったケーキに、スポンジを重ねた。
そして、周囲に器用にクリームを塗っていく。
絞り袋を手にすると、まるで魔法のように流線形の模様が描かれる。
細い指先が、なんとも綺麗に動く。
白の中で、赤い苺がなんとも鮮やかだ。
「はい」
真っ赤なそれが、目前に差し出されている。
「あまったから」
いたずらっぽい表情が、そこにはある。たしかに、こういうほんの少しの余りモノというのは、ちょっと得した気分になる。
忍も、にや、とした。
ちょっと、大粒の苺は甘酸っぱい。
亮は、出来上がったケーキを見ながら、ちょっと首をかしげている。
ケーキのほうは、飾り付けもきれいだし、完璧に見えるが。
「どうかしたか?」
「……やはり、砂糖菓子飾った方がいいですか?」
「砂糖菓子?」
「ほら、サンタクロースの形とかになってる・・・」
知沙友のところに持っていく、というコトを考えて、だろう。
たしかに、そのほうがかわいらしくなりそうだ。
「だな、ついでに、チョコレートプレートも」
忍がなにを言っているのかはわかったのだろう、亮は微笑んで頷いて見せた。
それから、時計に目をやる。
まだ、店は開いてそうだ。
エプロンをはずしはじめた亮に、忍も身軽に立ちあがる。
「車、出してやるよ」

クリスマス・イルミネーションの煌く街を走って目指す先は、お菓子屋が集まる通りだ。
専門店街だから、通常はあまり遅くまではやっていないけれど、この時期だけは別で、かなり遅くまで開いている。毎年、テーマを決めて飾り付けられる通りは、今年はまるですべてが砂糖菓子になったようだ。
童話の絵本の中のようなパステルカラーの通りには、カップルがあふれている。
いつもとは違う飾り付けと人ごみに、忍はどこがどうなってるか、よくわからないが、亮の方は目的がどこか、わかってるらしい。
慣れた様子で歩いていく。
しかも、亮は人込みをくぐるのが得意のようだ。するすると先にいってしまう。
「ちょい、待てって」
このままだと、はぐれそうだ。
振り返った亮は、自分の勝手なペースになっていたのに気付いたのだろう、少し照れくさそうに足を止める。
イルミネーションがやわらかい光のせいもあるだろうが、えらくやさしい表情にみえる。
そういえば、そういうコトも計算して設計されたイルミネーションだと、なんかの雑誌に書いてあったっけ、などと、関係ないことを思い出す。
忍が追いつくのを待って、亮は、歩調を落として歩き出した。
「テレビとかではよく見るけど、本物はやっぱキレイだな」
こちらを見た亮は、にこ、とする。
「来たのは、初めてですか?」
「彼女でもいなきゃ、来れないだろ」
「……かもしれませんね」
少し返事が遅れたのは、あたりを軽く見まわしたから、だ。
「ま、亮は違和感ないけどな」
線が細いから、くらいの意味で軽く言ったのだが。
亮の足が、一瞬、止まる。横顔に、表情がない。
「亮?」
悪いコトを言ったかな、と思う。そういえば、スーパーでもナンパされてたようだった。当人、なにげなくあしらってはいたが、気にしているかもしれない。
が、こちらを見た亮は、笑顔だった。
「じゃ、カップルに見えてるってことですか?」
口調も、おもしろそうだ。
「かもな」
「僕が、彼女ですか?」
さらり、と言われた台詞に、なぜか、ぎく、とする。
が、亮は笑顔のまま、すぐ先の店を指して見せた。
「ほら、あそこですよ」
ぎく、などとする必要は、ないはずだ。だって、いままで疑ったこともないし、そんなことを考えることもなかったのだから。
きっと、イルミネーションのせいだ。
あまりにも、やさしい光だから。
亮のあとから店に入ると、そこは砂糖細工の専門店らしく、さまざまな人形や動物たちが並んでいる。
もちろん、サンタクロースも。
かわいらしい表情で、こちらを見上げている。
思わず、忍もガラスケースを覗きこむ。
「よく出来てるなぁ」
いまから煙突に入ろうとしているのやら、そりに座っているのやら。
サンタクロースだけでも、いっぱいだ。
「これと、これと……」
亮は、大きな荷物を背負ったサンタクロースと、いまにも走り出しそうなトナカイたちを選んだ。
それから、こちらを見る。
「家用のも、飾りますか?」
「ああ、麗花たちが喜ぶぜ、きっと」
「ちょっと、雰囲気が違ったほうがいいですよね」
知沙友に持っていくケーキも、見ることになるからだ。細かいことに、よく気がつく。
「じゃ、あと、これとこれも」
亮の指して見せたのは、祈るような姿の天使たちだ。
キレイなラッピングをしてもらったモノを受けとって、外に出てから、忍は言った。
「食べるのが、かわいそうになりそうだな」
「そうですか?」
「それじゃなくても、すごいキレイに出来てたのに、さらにこんなのが乗ったらさ」
と、亮の手元の砂糖細工を指す。
亮は、少し照れくさそうに微笑む。
「あとは、チョコレートプレートですね」
思い出したように言うと、また、先に歩き出す。
歩調は、ゆるくして。


らいんだよ

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