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夏の夜のLabyrinth
〜5th Christmas Requiem〜

■snowflake・6■


らいんだよ



大きなツリーに飾り付けるのには、時間がかかる。
午後の三時を回ったところで、いったん休憩にして、朝、俊が運んできたケーキをおやつに、お茶の時間にする。
須于たちも、ケーキがどんな仕上がりかは見ていなかったらしく、フタが開いたとたんに歓声があがる。
「かーわいい!」
「切るの、もったいないね」
ジョーも思わず、ほう、と声をあげたから、けっこう驚いたらしい。
もったいない、と言いつつもケーキは、八等分される。
問題は、この場にいるのは七人なので誰がおかわりの特権を得るのか、というコトと、かわいい砂糖菓子のサンタたちをどう分配するか、である。
「やっぱ、平等にジャンケンでしょう」
「だろ」
知沙友が主役だというコトをすっかり忘れた様子で真剣に、勝負に挑んでるのは麗花と俊だ。
「うん、ジャンケンしよ!」
「お、受けて立つぞ」
知沙友も、おもしろがっているらしい。忍も、大真面目に握りこぶしをつくってみせる。
ジョーは軽く眉をよせる。
「俺は、砂糖菓子はいい」
「ダメ、全員参加!」
麗花に口だけでなく、手も出されそうになって、大きくよける。その仕草に笑いながら、須于が言う。
「じゃ、ジョーが勝ったら私にトナカイをとってね」
須于のお願いには、弱いらしい。
こく、とあさく頷くと、ジャンケンに参加する。
結果の方は、ジョーの参加は大勢に影響しなかったのだが。
いちばん大きいケーキ(亮が器用に切り分けてしまったので、あくまで、気分の問題だが)とサンタの砂糖菓子を手に入れたのは、知沙友だった。
一口、さっそく口にした麗花が、幸せそうな声を出す。
「おいし〜!亮、いつでもお嫁に行けるよう」
あまりにも幸せそうなのと、内容に吹き出してしまう。
知沙友は、手作りだというコトに、かなり驚いたようだ。
「すごい、私もつくってみたい」
「退院したら、いつでも教えてもらえるよ」
「そうそう」
俊の台詞に麗花が頷いてみせる。
「そうね、一緒に作りましょうよ、私も教えてもらいたいわ」
須于も、楽しそうに言う。
「うん、教えてね」
どこか、あいまいな笑みが知沙友の顔に浮かぶ。
かすかな笑みを浮かべただけで、亮は、なにも返事を返さない。
忍は、ケーキに見入っている。
「それにしても、崩しちゃうのがもったいないな」
「どっから食べるか、迷っちゃうね」
知沙友も、忍の台詞にすぐ頷く。
話題は、ケーキそのもののことに戻って行く。
食べちゃうのが、かわいそうだね、と言いながら大きめのケーキはあっという間に片付いてしまう。
お茶を終えてから、また飾り付けて、結局、飾り終えた頃には日が暮れていた。
「ちょうどいいや、部屋の電気消して、ツリーの灯かりつけようよ」
麗花の提案に、反対はない。
「ようし、じゃ、電気消すぞ」
ツリーの灯かりの電源を入れたのを確認して、忍が声をかける。
「いいぞ」
俊の返事を合図に、部屋は暗くなる。
一瞬の間を置いてから、ツリーの灯かりが点滅し始める。
赤、青、緑、橙、華やかな色の小さな灯かりたちが、絶妙な間をとりながら、クリスマスツリーの飾りを華やかな色に染め上げる。ツリーだけではない。
白が基調の病室も、今日の午前中に飾り付けられたモノたちも。
強めの光のそれは、まるで街中のイルミネーションを少し、切りとって持ち込んだようでもあって。
「キレイだねぇ……」
思わず、つぶやいた知沙友の言葉は、その場にいた皆の感想そのもので。
「ずっと、クリスマスだったらいいのに」
微かなその声を、亮がどんな顔をして聞いていたのか、忍には、見えなかった。

時間が時間なので、今日のところはこれで引き上げ、ということになる。
「明日はイブだねぇ」
麗花の台詞に、忍が頷く。
「夜になったら、サンタクロースが来るぜ」
「知沙友ちゃんは、サンタさんがきたら、なにがもらいたい?」
俊が、微笑みながら問うが、その表情がどことなく固い。
思わず、麗花は顔を反らして小さくため息をつく。
どうせなら、知沙友の欲しいプレゼントを上げたいから、なにげなく訊こうと企画した茶番なのだが、あまりにも大根役者だ。台詞が棒読みときてる。
が、知沙友から返ってきた答えは、いたってまとも、だった。
「パパに、会いたいなぁ……お仕事忙しくて、最近来てくれないから」



バイクで帰る俊、ツリーを運ぶためにバンで来た連中と別れてから、亮と忍は仲文のところに顔を出す。
カルテから顔を上げた仲文の表情は、医者そのもの、だ。
「いいところに来てくれたよ、声かけようと思ってたんだ」
亮が、微かに首を傾げる。
でも、それは何事か、と尋ねているというよりは。
その無表情さから、仲文が何を告げるために呼ぼうと思っていたのか、忍にもわかる。
「……明日、ですか?」
「最終発症の初期症状が出始めてる……やっぱ、こないだの外出はきいたな」
告げる仲文の表情も硬い。
ようは、知沙友の命が、本当のカウントダウンをはじめてしまった、ということだ。
最終発症がはじまってしまったら、誰にも止める手立てはない。
その細胞が病魔の思うがままに破壊されていくのを、見ていることしか、できない。
いまの医学では、残念ながら。
だから、その時をできるかぎり遅らせるための処置が行われるのだ。
半無菌室で、食事は徹底的に消毒されていて、病室に持ち込めるモノも厳しく制限されて。
国立病院内なら、まだともかく、そこから外に出たら、雑菌にさらされにいっているようなモノ、だ。
そういう意味で、忍が車から轢かれるのを止めたあの日は、致命的な行動としていた、としか言いようがない。
とはいえ、外に出る前から、最終発症の兆候はあったわけだが。
そうでなければ、こんなにイロイロ持ち込んでのクリスマスなんて、許可されるはずがない。
わかってはいたこと、だ。
でも、はっきりとしたタイムリミットを告げられるのは、やはり、辛い。
表情を失ったまま、二人は外に出る。
車に乗りこんだところで、亮が、口を開いた。
「総司令部に、寄ってください」
なにか、考えがあるのだろう。
忍は、亮の言うとおりに車を総司令部に向かって走らせる。

亮からの要求をきいた健太郎は、思わず苦笑する。
「ずいぶんな、無茶を言うね」
「でも、不可能ではないでしょう」
まるで、世間話でもしているような口調だが。忍も、驚きのあまり、言うべき言葉が見つからない。
亮がなにを言い出したか、というと。
知沙友の父親を休みに、というのだ。
いちおう平日で、しかも、知沙友の父親がどこに勤めているのかもわからない状態で、そんなコトを言われても対処のしようがないように聞こえるが。
「リスティア国内にある企業なら、大なり小なり関わりがあるはずですから」
なにがとかというと、天宮財閥が、だ。健太郎は総司令官でもあるが、『Aqua』最大の財閥の総帥でもある。
現在のリスティアのみならず『Aqua』全体の政治経済の中枢を握っているといっても、過言ではない立場なのだ。
特に、リスティア国内で生き残ろうと思ったら、天宮財閥の総帥に逆らうのは得策ではない。その立場を乱用しろ、と言ってるも同然だ。
「最終発症がはじまってるのなら、家族にも告げられるはずだぞ」
「連絡がとれない、と言ってるようですよ」
「特殊開発業務か」
健太郎は小さく肩をすくめる。
企業によっては、特許を抑えるまで外部に自社の開発事項が漏れないように、社員をカンヅメにして、特許出願業務を行うところもある。それくらい特許が大事、というコトだが、それだけにどこにカンヅメになっているかは極秘にされる。
言葉にはしないが、ますますやっかいだ、と言いたいのは、その表情からうかがえる。
「どうせ、俺がやらなくても介入する気だろ」
コンピュータへの浸入を止めるための暗号システムは、亮にとってはあってもなくても同じだから。
健太郎が調べなくても、亮がハッキングしてしまうだろう、と言っているのだ。だったら、最初から亮がやれば済むだろう、ということでもある。
「僕がやるより、カドがたたないですし」
「仕方ないな」
机上のキーボードになにかを入力する。
「で、名前くらいは把握してるんだろうな」
亮はにっこり、とする。
「知沙友ちゃんの戸籍から、調べてください」
「じゃ、ないかと思った」
口調こそぼやいているが、もうすでに、そちらの画面に移行している。しばらくの間、健太郎がキーボードを叩く音と、画面が切り替わる音だけになる。
が、その作業を中断させる音声が入る。
健太郎は、すぐに音に応えた。
「どうした?」
『『第2遊撃隊』から緊急通信です』
「内容は?」
忍たちの表情も改まる。実戦デビューとして、小規模テロの相手をしているはずだからだ。少しの雑音とともに緊迫した声が入る。
『建物内部に一般人残留があり、人質に』
「わかっているとは思うが、人質の安全確保が第一だ」
『はい』
一呼吸置いてから、健太郎はさらに言う。
「初動残留確認では、残留者なしという報告だったね」
『残留を隠していた企業があったようです』
「すぐ、査問会を」
言葉も口調も穏やかだが、その顔は、とてもじゃないが機嫌がいいとは形容できない。
その表情のまま、亮の方を見る。
「誰が人質にされたのか、確認してくれ」
亮が軽く頷くと、健太郎はさらに、キーボードになにか打ち込む。
それまで、ただの事務室としか見えなかった総司令官室の様相が変化しだす。そう、それは、まるで、いつも作戦指示を亮が出している地下司令室そのものだ。いや、こちらのほうが、規模が数段大きい。
無数の画面に膨大な量の計算式が流れ出す。
テロ集団が襲ったビルは雑居のようだが、亮にはどの企業が残留を隠蔽していたのか、はわかっているらしい。
画面の方には、ほどなく企業の人事、組織、それから戦略構想などが表示され始める。
それから、どうみても個人のメール画面も。
一緒に画面を見上げていた健太郎が、ため息混じりの声を出す。
「……こりゃ、休みを出させようとしても、ムリだな」
「まさか……?」
健太郎が亮に、人質が誰なのかを調べろ、と言った時点で忍のもある程度の想像はついていたが。
「そのまさか、です」
亮が肯定する。
人質になったなかに、知沙友の父親が、混じっている。
社員をカンヅメにするほどの特許を用意しているという状況だからこそ、人質になる危険性を侵しても、残留を申告しなかったのだ。特許は、会社にとっては生命と同じだから。
「で、そのお嬢さんは最終発症しはじめてるんだな?」
亮は、画面を見上げたまま、頷く。
「悠長にやってるヒマはないな」
健太郎は逡巡する様子もなく言うと、通信機のスイッチを入れる。
「『第2遊撃隊』を陽動隊に切りかえる」
指示された方の戸惑った声が、忍たちにも聞こえてきた。
『じゃあ……?』
「『第3遊撃隊』を出す。人質解放は、早いほうがいい」
その言葉が終わらないうちに、画面は会社の人事関連から、戦場コードと精密地図へと切り替わっている。
振り返った亮は、軍師の表情だ。
「十五時間で、ケリをつけます」
忍は、チラと時計に目を落とす。午後九時、だ。
ようは、明日の昼までに、ケリをつける、と言っているワケだ。
知沙友の望んだプレゼントを、届けるために。


らいんだよ

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