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夏の夜のLabyrinth
〜5th Christmas Requiem〜

■snowflake・7■


らいんだよ



半分、皮肉な声をだしたのは俊だ。
「イブにかかるお仕事とは、総司令部もイキなことしてくれるねぇ」
麗花も隣りで、大きく頷いている。
せっかく完璧なクリスマスをプロデュースするつもりだったのに、邪魔されておもしろくないのに違いない。
「でも、ずいぶんと急ぐのね?」
須于は、怪訝そうだ。
確かに人質をとられた、というのは穏やかな状況じゃないし、急いで救出する必要があるのはわかる。
そうだとしても、だ。
総司令官室を使用してまで、のコトだろうか?
「……知沙友に、関係あるのか?」
ジョーはそういうあたり、けっこうカンが冴えている。
画面の向こうの亮は、微かな笑みを浮かべた。
『ご名答、です』
「じゃ、人質のなかに……?」
『知沙友ちゃんの父親が含まれています』
不満そうだった麗花も、納得したようだ。小さく肩をすくめる。
「そういうコトなら、仕方ないわね」
「クリスマスに間に合わせようってんだな?」
俊の問いに、すぐには返事が返ってこない。
一瞬の間を置いてから、亮はいつも通りの口調で、だが、こう言った。
『いえ、明日の昼までにはケリをつけます』
「昼……?」
「だって、プレゼントは夜でしょ?」
ついクリスマスにこだわってしまうのは、仕方あるまい。
その疑問に答えたのは、得物を取りに、ちょうど帰りついた忍だ。
「タイムリミットが、夕方、なんだ」
四人とも、顔に疑問を乗せたまま振り返る。
「どういうこと?」
「知沙友ちゃんの病気、先天性細胞破壊症なんだよ」
その病気は、みな、知っている。
希少な病気ながら、その特殊性から、よくドラマのネタにもなっているから知らない人の方が少ないだろう。
が、身近にその病気が現れることは、まずない。
麗花の顔に、信じられないあまりの笑みが浮かぶ。
「まさか、あんな元気だったじゃない」
「容態がいきなり急変するったって、まだ大丈夫だろ?」
そんなドラマのように急変するコトなんて、あるわけないと思ってる顔を俊もしている。
「……リミットが明日の夕方なら、もう、最終発症始まってるのね?」
いつもとは、似ても似つかぬ口調で言ったのは、須于だ。
忍が頷く。
「んな……」
沈痛な雰囲気に包まれかかったところで、低い声が沈黙が破られる。
「なら、急いだ方がいい」
ジョーが、亮の写っている画面に向き直る。
「昼なら、まだ動ける可能性がある、そういうことだろう?」
『そういうことです』
亮の表情に感傷はまったくうかがえない。
いつも通りに、無駄なく作戦を説明していく。
その落ち着いた声を聞いているうちに、ショックから抜け出せない顔つきだった俊たちの表情も、いつものモノとなっていく。感傷で作戦をしくじるわけにはいかない。
特に、今回は。
『……で、人質救出次第、国立病院に向かってください』
「了解」
亮のよく通る声が、作戦開始を告げる。
『code Labyrinth, go!』

作戦の方は、亮にまかせておけば間違いない、と思っているのだろう。
健太郎は、外に視線を移す。
総司令官室の窓の外には、クリスマスイルミネーションの煌く街が広がっている。
車の流れも、途切れる様子はない。
誰もが、暖かい気持ちで行き来してるのだろう。家族と恋人と仲間たちと、楽しく過ごす明日を夢見ながら。
街のざわめきは、ここまでは聞こえない。
ただ、流れる光だけが、それを伝える。
それは、まるで映画のワンシーンを見ているようでもある。
すぐそこにあるのに、手の届かないモノを見ている気がして。
もちろん、ここから出て、外に出て行きさえすれば、健太郎にとってもあのざわめきはホンモノになる。
その気になれば、親しい友人たちと楽しい思いをすることもできる。
だけど、知沙友は。
雪降る寒さの中に歩み出た知沙友は、どんな思いだったのだろう?
だから、せめて。
彼女の最後に望んだプレゼントくらいは、間に合わせてやりたいと思う。
視線を戻すと、指示用のヘッドホンを首にかけた亮と目があった。
亮は微笑んでみせる。
「間に合わせて、みせますよ」
「ああ」
健太郎は頷くと、もう一度、街を見下ろした。



二十四日、朝。
扉がノックされる音に、知沙友は目を輝かせる。
が、顔を出したのは仲文、だ。
「残念、回診でした」
あからさまにがっかりした顔つきになる知沙友に、仲文は笑顔で告げる。
手際よく診察してから、すっかりクリスマス色の病室を見渡した。
「ずいぶん、キレイになったね」
「うん、こないだ助けてくれたおにいちゃんたちが、やってくれたの」
「これで、今晩サンタクロースがきたら完璧だ」
「サンタさんって、ホントにいると思う?」
知沙友が、首を傾げながら尋ねる。
「知沙友ちゃんは、どう思う?」
答えるかわりに、仲文は逆に問い返した。
「いるよ、絶対に」
にっこり、と笑う。
「ずいぶん、自信あるんだなぁ」
「だって、来たんだもん」
「サンタクロースが来るのは、今日じゃないの?」
知沙友は、首を横に振る。
「ううん、そうじゃない時もあるんだよ、だってもう、来たんだもん」
誰のコトを言ってるのか、仲文にもわかる。
それくらいに、クリスマスは知沙友にとっては憧れだったのだ。しかも、街中で偶然であった彼らが、まるで魔法のように部屋を変えてしまった。彼女にとっては、『第3遊撃隊』の連中がサンタクロースなのだ。
「プレゼントはお願いしたの?」
「うん、お父さん」
いまの状況は、仲文も聞いている。忍たちは知沙友の望みをかなえるべく、昨晩からテロ集団の相手をしているのだ。
だから、予定の時間になってもこれない。
彼らのことだ、きっと間に合うとは思うけれど。
「きっと、会えるよ」
にこり、と微笑む。
「うん」
無邪気な笑顔で頷く知沙友を見ていると、祈らずにいられない。無神論者であることを忘れて。
彼らが、間に合いますように、と。



総司令官室で待つ亮のヘッドホンに、忍の声が入る。
『準備できたぜ』
内部に突入するための、細工が出来た、ということだ。
『こっちも、OKよ』
『おう』
『いつでもいいぜ』
それをきっかけにしたように、次々と準備完了の声が入る。
亮は、画面で確認出来る限りの範囲で、漏れがないかをすばやく確認する。
それから、最終作戦開始を合図する。
『3、2、1……go!』
画面上を、それまでまったくと言っていいほど動きのなかった六つの明るい点が、すごい早さで動き出す。
一気にテロ集団を片付けるべく、『第3遊撃隊』が動き出したのだ。
人質がいる状態だ。
ひとつも、間違いは許されない。
亮の顔にも、どことなく緊張感がある。
人質の安全だけではない。知沙友がどこまでもつか、時間との勝負でもあるから、だ。
ちら、と時計に目をやる。
時間は、もうすぐ十時になろうとしている。
順調に行けば、充分に間に合うはず、だ。
あとは、忍たち次第、だ。
たとえ軍師とはいえ、あとは信じるしかない。



今まで取り乱したことのない知沙友の母親が、真っ青になってナースセンターに飛び込んできたのは、十一時だった。
病室に、緊急時の呼び出しホンはついてるのだが、よほど動揺したらしい。
数時間前に回診した時には、ベッドに置きあがって本を読んでいた知沙友が、ツリーの飾りがひとつ、落ちてることに気付いて、つけ直そうと立ちあがったなり倒れたのだ。
連絡をうけた仲文は、すぐに立ちあがりながら、微かに眉をよせる。
それから、小さく呟いた。
「始まったな……」
が、その表情は自室から出る頃には、余裕の笑みにとってかわる。
知沙友の病室に顔を出したときも、その表情は変わらない。
「どうした、コケたか?」
こちらをみたベットの上の知沙友の顔は、回診の時とは似ても似つかない不安そうなものだ。
「違うの、立とうと思っても、立てないの」
知沙友の脇に立っている母親の顔色も真っ青だ。彼女は、何が起ころうとしているのかを、知っている。
平静を保とうとしても、出来ないのだろう。
だが、不安を見せたら、無残な事実をつきつけるだけだ。
仲文は相変わらず、微笑んだままで問う。
「躰が言うこと聞いてくれないってわけだ、どうしてだと思う?」
泣きそうな瞳が、じっと仲文を見つめる。
あんな不安そうな母親を見たら、最悪の予想をしてしまっても仕方がない。そして、それは事実なのだ。
が、本人に確信させてはいけない。
気力がなくなってしまえば、持つモノも持たなくなってしまう。
「答えはね、ムリしたくないから」
そう言って、知沙友の顔を覗きこむ。
「昨日、はしゃぎすぎたろう?ツリー飾ったり、リース飾ったりして?」
不安そうな表情のまま、知沙友は小さく頷いてみせる。
「普段、ベッドの上にいるのに、急に動き回ったから躰が驚いたんだな、で、少し休みたがってるというワケだ」
仲文は、ちょっと眉を寄せた。
「が、いちばんの原因は、寒い外に勝手に出たから、だぞ」
先生を心配させるから、バチが当たったんだ、とちょっと怖い表情のまま、続ける。
それから、にこり、と笑う。
「少し寝なさい、そうしたら、よくなるから」
「ホント……?」
小さな声だが、さっきよりは落ち着いた顔つきになっている。
「嘘ついたこと、あったか?」
「ううん」
知沙友は、笑顔で頷くと、目をつむった。


らいんだよ

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