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夏の夜のLabyrinth
〜5th Christmas Requiem〜

■snowflake・8■


らいんだよ



余裕すらみえる表情で、画面を見上げていた亮の眉が、かすかによせられる。
次の瞬間には、警告がとんだ。
最後の仕上げを加えるはずだった須于は、すんでのところでその作動を止める。
亮の察知した『危険』は、すぐに現場にいる面々にも理解できる。入ってきた画面に、思わず怪訝な声を出したのは忍だ。
「侵入者……?」
「どういうコト?!」
進入禁止区域になっているはずの場所への侵入に、麗花が戸惑った声を上げる。
『作戦妨害』
ぽつり、と聞こえた亮の声はいままで聞いたことのある、どんな声よりも感情がこもっていない。
自分たちに向けられたモノではない、とわかってはいても、思わず、ぞくり、とするくらいに。
が、次に聞こえてきた声は、もう、いつもの落ち着き払ったモノだ。
『FEをSEに切り替え、ポイント0081接続』
『了解』
須于がすぐに反応する。
なにが侵入者なのか、忍たちにももうわかっている。
本来なら仲間であるはずの、『第2遊撃隊』だ。
たしかに、理由もなくいきなり任務をハズされておもしろくないのは確かだろうが。
建物内への侵入は、いまこの瞬間には、完全に越権行為だ。
それでも、普段の亮なら波風を立てずにすむ方法を考え出すのだろう。
いま、優先したいのは人質の安全と、それから。
待っている、知沙友のこと。
時間が、ない。
わずかな変更を加えた亮の指示はじつに早かったが、それでも、須于が細工をするまでには些少の時間がかかる。
その作戦再開までのわずかな間は、相手にとっては反撃のまたとないチャンスだ。
発砲音が響いたのは、須于が仕掛けを作動させる瞬間、だった。
あとには、静寂がひろがる。
『第3遊撃隊』の任務を邪魔するモノは、すべて止まった、という証拠だ。
画面で、予定通りに仕掛けが作動してるかをすばやく確認しながら、忍が尋ねる。
「で、お客サマはどうするんだ?」
『寝ているのを起こしては、失礼ですよ』
『でも、あっちの軍師が起こすんじゃねぇの?』
人質救出のための行動に移りつつ、俊が首を傾げる。
『最初に起きれば、そうでしょうね』
亮の返事で、須于の電流切り替えの際につながれた先が、どこだったのか、がわかる。
浸入を指示した者、『第2遊撃隊』の軍師の居場所、だ。
いかに『第3遊撃隊』の軍師で総司令官の子という特殊な立場にいるからといって、そう簡単に軍事機密を総司令官が教えるはずはないが、亮にとっては軍事機密用の高度なセキュリティもあってなきがごとし、なのは、もう、知っている。
気付いた時、『第2遊撃隊』の軍師は相当、驚くに違いない。
想像して、思わず吹き出しそうになったのを慌てて我慢したのは麗花だ。

「少なくとも、目的達成までは大人しくしててもらいます」
この台詞は『第3遊撃隊』というよりは、健太郎に向けてのものだ。
非がどちらにあるかと言われれば、もちろん越権行為をした『第2遊撃隊』だが、現場だけでなく別の場所、しかも高次機密に分類されるはずの遊撃隊本拠地のほうに手出しをした、というのはハッキング行為以外のなにものでもないからだ。
が、亮のほうはまったく悪びれた様子もない。
「始末書が必要でしたら、書きますけど」
健太郎は、その台詞に苦笑しながら肩をすくめる。
「邪魔した相手が、悪かったな」
それから、すぐに真顔に戻った。
「発砲音が、気になるな」
亮は、それには返事をせずに、画面に視線をもどした。

タイミングから考えて、『第2遊撃隊』の発砲とは思えない。
いかに越権行為とはいえ、そこまで不用意なことをするとは考えられないのもあるが。
最初の指示通り、動きを失っているテロ集団を警察がまとめてしょっ引きやすいよう、一室に集めて閉じ込める。
もちろん、気付いたとしても、なにもできないようにして。
これは、力仕事なので忍たち男性陣の担当だ。
須于と麗花は、人質が閉じ込められた部屋に直行する。
固く閉じられているはずの扉が、開いているのが、離れた場所からもはっきりと見える。
それから、迷彩色を身につけた者が、倒れているのも。
発砲したのは、やはり。
部屋に飛びこんで来た者の気配に、内部にいた人間が怯えた顔をあげる。
そこには、三人の人間が、寄り添うようにしていた。
四十代後半くらいの男性、まだ就職して間もなそうな若さの女性、それから、三十代かかったばかりくらいの、男性。
誰が知沙友の父親なのかは、ほぼ察しがつく。
表向きの身分証明を示して、敵ではないことを告げ、確認する。
「これで、残ってる人全員ですね?」
三人とも、表情が緩む。そして、頷いた。
が、肝心の、三十代くらいの男性の顔色は悪いまま、だ。
その足元の目をやった麗花が、思わず息をのんだ。
彼の足元には、小さな血溜まりが出来ている。
須于たちの視線に気付いた年配の男性が、扉付近に倒れてる迷彩服を指す。
「アイツが、扉を開けたと思ったらいきなり……」
須于が、側に行って覗きこむ。
弾丸は、左腿を傷つけたようだ。
応急処置をはじめながら、問う。
「知沙友ちゃんの、お父さんですよね?」
痛みに顔を歪めていた彼の表情は、驚きにとってかわる。
「娘をご存知なんですか?」
「はい、探してました」
「探してって……?」
驚きは怪訝そうなモノとなり、それからまた、今度は絶望的な驚愕になる。
「……まさか」
返事をしようとしたところに、忍からの通信が入る。
『そっち、大丈夫か?』
「命に別状はないわ」
須于の返答に、俊がイラついた声を上げる。
『だったら、急げよ、時間ねぇぞ?』
「命は別状ないって言ったのよ」
麗花の切り返しに、ジョーが尋ねる。
『ケガ人、か?』
「知沙友ちゃんのパパが、ね」
「立てますか?」
知沙友の父親は、須于の問いに答えるべく立ちあがる。歩くこともできるが、やはり引きずっている。
しかも、歩く時にケガした方の足にかかる体重と振動が辛そうで、四十代の上司と思われる男性が肩をかしてやっと、ゆっくりと歩ける程度だ。
『どっちにしろ、護送車と一緒に救急車が向かってるはずだから……』
言いかかった忍の台詞をさえぎったのは、亮だった。
『俊、バイクに乗せられますね?』
『やろうと思えば出来るけど……?』
戸惑った声だ。急いでるのは確かだが、救急車なら信号も無視出来るし、スピードも交通法に縛られない。
かなり、早く到着できるはずだ。
亮の口調ではまるで。
その到着すら、待てなさそうではないか。
『仲文から連絡が入りました……倒れたそうです』
時間が、ない。
亮の台詞を聞いた瞬間に行動に移ったのは、忍だ。
勢いよく階段を駆け下りてくと、人質たちのいる部屋に駆け込んでくる。
「失礼します」
言ったかと思うと、知沙友の父親を抱え上げる。後ろから来たジョーは、その間にテロ集団の最後の一人を抱え上げて、どけてしまう。
「あの?!」
戸惑った声をあげるが、おかまいなしに方向転換して、もと来た道を走り出す。
忍が知沙友の父親を連れて行った先は、俊がエンジンをかけて、すぐにも走り出せるように待機しているバイクのところ、だ。
「しっかりと、つかまってくださいね、相当スピードでますから」
須于が、注意してから、父親からの返事を待たずにメットをかぶせる。
次の瞬間には、爆音とともにバイクはスタートした。



後始末の後、亮が知沙友の病室に現れたのは、午後一時過ぎのこと。知沙友の父親を乗せたバイクが出発してから、五十分後のことだ。
ベッドの上の知沙友が、こちらを見る。
「他のおにいちゃんたちは、いないの?」
「もう少し、遅れるそうです」
亮が現れた時間も、充分遅れている。知沙友は、小さなため息をついた。
「プレゼントが、みつからないの?」
質問の意味はわかる。
父親に会いたい、と言ったことを、知沙友も忘れてはいない。
「そう、少々、探すのに手間取ってます」
正確にはもう見つかって、こちらに向かっている。だが、そう告げたら、興奮状態になってしまうだろう。
気力がなくなってしまうのも困るが、ヘンに体力を消耗してもいけない。
あいまいな笑みが、知沙友の顔に浮かぶ。
「会えるのかなぁ」
「会えますよ」
にこり、と微笑んでみせる。優しいだけではなくて、自信がある笑みで。
そう、連れてくるのは、俊たちだ。絶対に、間に合うはずだ。
そのための、介入だったのだから。

通常では経験できないスピードで、俊はバイクを飛ばす。
いくら丁寧に運転しているからといっても、スピードで生じる風の抵抗だけは、どうにもならない。
きっと、しがみついているのも、かなり必死なのだろう、知沙友の父親が、戸惑った声を上げる。
「あの、もう少し、スピードをおとせませんか……?」
俊からの答えは、返って上がったスピード、だ。

三時半を回ったところで、俊を除く『第3遊撃隊』のメンツが病室に揃う。
もちろん、出発は俊より遅かったが、なにも乗せなくていいぶん、彼らのほうがスピードを上げられる。
忍が、笑顔で知沙友に告げる。
「プレゼント、みつかったよ」
「ホント?!」
知沙友の顔に、さっと血の気がさす。それがわかるほどに、顔色が悪くなっている。
本当なら、ベッドに飛び起きて身を乗り出したかったに違いないが、実際はこちらを大きく見開いた瞳で見つめただけだ。
とても、昨日まではしゃぎまわっていたようには、見えない。
麗花は、そっと時計に目をやる。

スピード違反とか、そういう次元を超えたスピードで飛ばしているのはたしかだ。
が、ケガ人である知沙友の父親のコトを考えると、これ以上は上げられない。
「あの……」
風に耐えかねる、といった感じで、もういちど知沙友の父親が言う。
俊は、スピードを落とす気など、さらさらない。
忍たちは、もう到着している頃、だ。
「時間が、ないんですよ!」
が、俊の声はバイクのエンジン音にかき消されて、知沙友の父親には届かなかったようだ。

知沙友は、顔色の悪いまま、天井を見上げている。
「……パパに、会えないのかな」
「大丈夫だよ、いま、こっちに向かってるんだから」
「だって、知沙友、死んじゃうかもしれない」
「どうして?」
忍が、微笑んで尋ねる。
「だって、こんなになったの、初めてだよ?」
「うーん、やっぱ寒いとこでたのが、まずかったかな?先生もそう言ってただろ」
「うん……」
「休めば、直るよ」
「そうかな」
諦めてしまったら、そこで気力が途切れる。そうすれば、完全に発症している病魔は、あっという間に命まで食い尽くすだろう。
それだけは、いけない。
視線が外れてる隙に、亮も時計に眼をやる。
時間は、三時四十五分を回っている。

ドラマで見るたびに、そんなことはあるわけない、と思っていたが。
本当に、分単位で病状は悪化していく。
三時五十分になろうかというころ、知沙友の心拍はいっそう弱くなってきたようだ。
視線だけが、不安そうにこちらを見上げる。
「大丈夫、来てくれるよ」
視線の問いに、忍が答える。
ジョーの視線が、窓の外に移る。人一倍いい彼の耳が、何かの音を捉えたのだ。
「……俊の、バイクだ」
「来たのね?」
須于が、思わず声を上げる。ジョーは頷く。
「ああ、間違いない」
「知沙友ちゃん、もうすぐだよ」
麗花の声に、知沙友はただ、微笑んでみせる。

徐々にスピードを落としていき、駐車場に止まったのが三時五十三分のこと。
俊は、小さくため息をつく。
それから、振り返って尋ねる。
「歩けますか?」
「足が……」
酷く痛むらしい。はっきりと見ていたわけではないが、現場よりも腫れてきているようだ。
かすり傷とはいえ銃創だ。熱も持ってきているだろう。
バイクから降りた俊は、父親に背を向ける。
「乗ってください!」
「は?」
「おぶってきます」
戸惑ってる父親を無理やり負うと、エレベータに向かう。

「知沙友ちゃん、クリスマスプレゼント!」
勢いよく開いた扉に、皆注目する。
俊の背から降ろされた父親は、すっかり血の気の引いた知沙友を見て、愕然とした声を上げる。
「知沙友……」
ケガの痛みも忘れたのだろう、よろめきつつも、ベッドの側に歩み寄って覗きこむ。
「パパ、来てくれたんだ……」
微かな声がする。
「ああ、来たよ、知沙友……」
すっかり力を失っている娘をそっと、なでる。知沙友は、満面笑顔にして父親を見上げている。
「嬉しい、サンタさん、すごいね」
「サンタさん?」
「おにいちゃんたち」
誰のことかは、すぐわかる。父親が振り返ったとき、そこには誰も、いなかった。
それは、知沙友にもわかったらしい。
「サンタさん、いっちゃった……」
その声に、さきほどとは違う響きがあるのに気付いて、父親は慌てて覗きこむ。
最後を知らせてはいけない、と笑顔でいつづけた母親も、ぎくり、とした顔つきに戻っている。
知沙友は、笑顔のままだ。
「ホント、嬉しい、パパに会えて……」
語尾が、かすれていく。
それから、幸せそうに見上げていた瞳が、ゆっくりと、閉じていった。
あとには、ただ、静寂が訪れる。



六人は、病室の窓を、見上げている。
「……間に合って、よかった、よね」
麗花が、ぽつり、と言う。
微かに頷いたのは、俊だ。
「ああ」
ジョーの腕をつかんだまま、須于は目にいっぱいの涙を浮かべている。
無表情な顔で見上げていた亮が、ふ、と視線を空にむける。
「……雪」
その声に、他の五人も視線を空に移した。
やがて、ひとひら、白い花びらが舞い落ちてくる。
そして、それは、亮の手の平ですうっと消える。
あとにはなにも、残らない。
須于の瞳から、透明な雫が落ちた。
麗花も、視線を空に向けた。小さく、鼻をすすっている。
忍は、病室の窓をもういちど、見上げる。
「Merry Christmas...」
小さく、呟く。
雪は、あとからあとから、舞い降りてくる。
すべてを、白く染め上げるために。



〜fin〜

らいんだよ

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