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夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・1■



麗花が、大げさに震えあがってみせながら、居間に飛び込んでくる。
「廊下、すっごく寒〜っ!」
「雪、降ってるものねぇ」
キッチンに立っていた須于が、頷く。
「え?」
言われて窓の方に目をやった麗花は、
「おお〜」
などという女の子らしからぬ感嘆の声とともに、窓にぺったりとはりつく。
「積もってるじゃないですか〜!」
ものすごく、と言うわけではないが、子供がちょっと雪合戦できるくらいは積もっている。
なるほど、寒いわけだ。
「おほほほ、積もってるといったら、やることはヒトツよね、ここは祝いの意味もこめて」
などと、ひとりごちたかと思うと、ばたばたと部屋に戻っていく。
入れ替わりに、買い物袋を抱え込んだ忍が入ってくる。
「おかえりなさい、寒かったでしょ」
「ただいま、やっぱ雪積もるとさすがにな」
忍は、カウンターに買い物袋を置いてから、腰掛ける。
それから、須于の出してくれたコーヒーを、ありがたそうに両手で包む。
「サンキュー、やっぱ、雪降ると寒いな」
「なにか、いいものあった?」
須于の質問に、にこ、と頷く。
「いちおう、な」
料理をする手を休めずに、尋ねる。
「なににしたの?」
「ん、俊は、バイクいじりの道具、欲しがってたヤツがあったからさ」
「あら、喜ぶわね」
カウンターの上には、サラダやらなにやら、豪勢に並んでいる。
須于は、さらに、手羽をから揚げにしたのを、加える。
ボールに入っていたのは、ドレッシングらしい。ガラス容器に移されて、キレイな色を反射させる。
それが、数種。好きなのを選べる、という趣向らしい。
普段、台所に立ってないとはいっても、須于の腕はなかなかだ。
「亮のは?」
ちょっと、首を傾げている。
どうやら、須于には、亮の欲しがるモノが想像つかないらしい。
忍は、かすかに微笑む。亮が自身のためになにかを欲しがる、ということ自体、まずありえないと思う。
おかげで、買い物にいく役を承った忍は、ずいぶん考え込むハメになったのだが。
なぜに、須于が台所に立ってて、忍が俊と亮のための買い物に行ったかというと。
今日が、俊と亮の誕生日だからだ。
同じ年で、両親が一緒となれば、当然、双子だというわけで。
誕生日も、もちろん、一緒。
兄弟だというのは、夏の事件のせいでわかっていたけれど、もしかして双子?という疑問を抱いたのは麗花で、それも、年が明けてからだったりする。
軍師である亮は知っていたようだが、『第3遊撃隊』のメンツの学年がみな一緒だとわかったのも、そのときだ。
新規入隊のメンツらしいことはわかっていたから、年が近いとは、思っていたけれど。
編成されてから一年近くも、誕生日すら、お互い知らなかったのは不思議なモノだ。学校だったら、そんなこと、まずありえない。
必要にかられなかったから、知らなかったのだとは思うが。やはり、軍隊という特殊さだろう。
それはともかくとして。
お正月につづくイベントとして企画されたのが、俊と亮の誕生パーティーというわけだ。
誕生日は知らなかったけれど、お互いの性格なら、わかってきている。
こんなことを思いつくのは、麗花だ。で、発案した当人はどうしたか、というと。
コツコツ、という窓をたたく音に振り返ると、帽子に手袋にマフラーという、完全防寒の麗花が満面の笑みで立っている。
指先が、下のほうを指しているので、そちらに視線を移してみる。
「かわいい!」
思わず声をあげたのは、須于だ。
サッシの上に小さな雪だるまが、仲良くずらっと並んでいる。
麗花の言っていた『やること』とは、どうやらこのコトらしい。
忍が拍手してみせると、麗花は『すごいでしょ』というように、胸を張ってみせた。
笑顔だが、息はすべて白くなっている。まだ、雪は降り続いているから、外はかなり寒いはずだ。
須于は、湯気の上がっているポットを軽くさしてみせる。
大きく頷いてみせて、麗花はくるり、と向きを変える。
すぐに、玄関の方から物音がして、笑顔が飛び込んできた。
「すっごい、かわいい!」
「でしょ〜?」
盛り上がってるところに、ジョーが顔を出す。
「おい、そろそろ……」
親指が、時計をさしている。
「あ、そうだな」
コーヒーを飲み終えた忍は、身軽に立ち上がる。
「俺、亮迎えにいってくるよ」
「いってらっしゃ〜い」
「気をつけてね」
「ああ」
また、出かけていく忍を見送った後。
サッシに並ぶ雪だるまをみせられたジョーは、珍しく
「いいじゃないか」
とコメントする。顔にも、笑みが浮かんでいる。
「でしょでしょ!!」
麗花も満面の笑みで喜んだ、のだが。次の瞬間、凍りつく。
「射撃のマトに、ちょうどいい」



さて、本日の主役の片割れ、亮がどこにいるかというと。
総司令部の最上階、総司令官室だ。
もちろん、目前にいるのは総司令官である、天宮健太郎。亮の、父親でもある人物だ。
健太郎は、手にしていた封書を、亮に手渡す。
流暢な書体で総司令官親展とかかれたそれには、絢爛な封蝋がされている。
一瞥しただけで、どこからきたものか、亮にはわかったらしい。
が、なにも言わずに、すでに封をきられているそれから、便箋を取り出した。
すばやく、眼が動く。
それから、健太郎の方を見る。
「親善大使の護衛依頼、のようですね」
口元に、かすかな笑みが浮かんでいる。嬉しそうな笑みではなくて、皮肉っている方の、だ。
健太郎は、軽く眉を寄せる。
「だけだったら、わざわざ呼ばないということくらいわかってるだろう?最後まで読んでからコメントしてくれよ」
天宮財閥総帥でもあって、政治経済共に『Aqua』全てを動かすほどの権力を持つ彼も、亮にはかなわないらしい。
亮は、再び便箋に目を落とす。
視線の動きから、手紙の後半にさしかかったのがわかる。
「おやおや」
おおげさに、肩をすくめてみせる。
それから、便箋をたたむと封筒に戻し、健太郎に返す。
「なるほど、それでワザワザ、親展でご当人から手紙をよこしたわけですか」
「まぁ、こういう頼まれ方は、断りにくいよな」
健太郎は、ひらひらと封筒をふってみせる。
「個人的に親しいのは知られてますしね……でも、珍しいですね」
「そうだな、公私混同のタイプじゃないんだけどな、本来は」
言いながら、封筒の封蝋に目線をやる。絢爛なそれは、プリラードの現国王のみが使うモノだ。
手紙の主は、プリラード女王マチルダ。
象徴的存在とはいえ、プリラードの精神的支柱を担っているのが、プリラード王家だ。
彼女も健太郎以上に若いし美人であることでも有名だが、国民から慕われているのは、それだけが理由ではない。政治的な手腕を評価されているのだ。それから、私事よりも公事を優先するコトも。
だからこそ、彼女の願いはそれだけ切実だということになる。
健太郎の立場からすれば、『断りにくい』に違いない。
亮は苦笑したまま、言う。
「それにしても、砂浜から特定の砂粒を探すような話ですね」
「『絞る』コトはできるかもしれないが、『特定』するのは、まずムリだな」
「でも、当人は『特定』できると思っているようですよ」
健太郎の顔に、笑みが浮かぶ。
「お前は、どう思う?」
亮の表情が、苦笑から笑みに変わる。
「さぁ、どうでしょう?カケますか?」
「やーだよ、お前の方が有利じゃないか」
総司令官が公の場でやったら、大騒ぎなるような子供じみた表情をしてみせたあと、もう一度、手にしている封筒を軽く振った。
「じゃ、引き受けるんだな」
「護衛、のほうはね、きっと、忍たちが喜びます。絞込みは、そちらでお願いしますよ」
「おいしいトコ取りだな」
「おいしいと、いいですけどね」
にこり、としてみせてから、背を向ける。
「いざとなったら、仲文に大枚積むんですね」
きいた健太郎は、笑い声になる。
「やりかねんぞ、いくらかかるとしても」
振り返った亮は、真顔に戻っていた。
「される方は、迷惑千万かもしれませんが」
健太郎の答えは、眉を軽くあげてみせただけ、だった。

エレベーターの扉が開き、一階に降り立つ。
総司令部といっても、機能、部隊は様々だ。その全ての中枢が集約されているこのビルの、総受付が、この一階。
当然、多くの人が集まることのなるここは、広いロビーが設けられている。必然的に待つことになる人々が、快適に過ごせるよう、いろいろなモノが用意されている場所でもある。
特に読み物類は、総司令部が些少でも関わっているものに関してはほとんど揃っており、内容が理解しやすいことで好評だ。夏休みに入ると、宿題のネタ探しに小学生までやってくる、オープンなスペースでもある。
そのロビーを軽く見回した亮は、窓際のイスで薄い冊子を広げている忍をみつけた。
近付く気配に気付いたのだろう。冊子を閉じて、顔を上げる。
「よう」
「お待たせしました」
「仕事?」
総司令官に呼び出されるといったら、その可能性が一番高い。が、亮個人で呼ばれる可能性も否めない。
健太郎は、亮の父親だから。
亮は、にこり、と微笑む。
「仕事、ですよ」
「新年早々、なんか起こったか?」
深刻な話なら、こんな笑顔にはならない。自然、忍の問いかけもマジメな口調ではなくなる。
「いえ、早期予約が入ったんですよ」
「早期予約?」
「春の仕事ですよ」
忍は、ワケがわからなくなってくる。亮は、それを承知で、煙に巻いてるのだ。
だが、少なくとも、これだけはわかる。
「ようは、春まで秘密なわけだな」
「そういうコトです」
にこり、とした笑顔のまま、だ。
表情はにこやかだが、言わないと決めたら、絶対言わないタイプなのは重々承知している。
小さく肩をすくめて、了解の意を示した後、車のキーを取り出す。
「じゃ、急いで帰るか、麗花たちが待ちくたびれないうちに」
亮も、頷いてみせる。


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