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夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・2■



駐車場に降りたところで、亮は、ポケットの携帯を取り出す。覚えのある人からだったのだろう、表情も変えずに出る。
「はい」
が、その無表情は、怪訝そうなモノへと変わる。
「ええ、近くにはいますけど……?」
それから、何度か相槌をうちながら話を聞き終え、電話を切った亮は、相変わらず怪訝な表情のまま、が、多少すまなそうに、こう言った。
「寄りたいところがあるんですが……」
「いいよ、どこ?」
「国立病院です」
携帯がかかるまでは、そのまま帰るつもりだったのだから、いまのが呼び出しだったことはわかる。
それから、呼び出した相手が、誰なのかも。
国立病院の外科医で、亮の主治医でもある安藤仲文だ。どういう事情があったのかは知らないが、亮を預かっていたこともあるらしい。
「なんか、あったのか?」
忍は、車のキーをあけながら尋ねる。
「それが……」
珍しく、歯切れが悪い。
助手席のシートにおさまってからも、かすかに首を傾げている。
「それが?」
「ともかく来い、だけで、よくわからないんです」
こちらを向いた表情が、なんとも困惑している。
「なんか、特殊な病気の患者がいて、亮の所見が欲しい、とか」
亮に医者の才能もあることを知っている忍が、予測をしてみせると、すぐに首を横にふってみせる。
「という、切迫した声じゃ、ないですね」
車が発進しても、まだ首を傾げている。
「ふぅん?」
忍は、あいまいに返事をすると、それ以上は尋ねようとはしない。
「どういうことか、わかったって顔ですね」
横目でちらり、と見ると、亮はちょっと不機嫌そうだ。
自分がわからないことを、他人がわかるのがくやしいのだろう。に、しても、それが表情に出ているのは珍しい。
思わず、くす、と笑う。
亮は、何も言わずに窓の外に眼をやった。

国立病院の仲文の部屋にいくと、笑顔がこちらを向いた。
「お、来たな」
後ろから入って来た忍にも、笑顔を向ける。
「いらっしゃい、忍くんも一緒でこの早さってコトは総司令部から来たな」
「そうですが」
亮の方は、無表情だ。さきほどのくやしそうな表情は浮かんでいない。が、忍の表情と見比べた仲文は、にこにこ、としていた笑顔を、ニヤリ、のほうに変えた。
「はは〜ん、なんで呼び出されたか、わかってないな?」
「用事があるなら、さっさとお願いできませんか?早く帰らないといけないもので」
仲文は、なにかあるの?と、忍の方に尋ねる。
「はい、イベント企画してるんで」
「なるほど?で、そっちが何かも、わかってないわけね」
「みたいですね」
忍も、にっこり、とする。
亮は、肩をすくめてみせる。
「まるで、仲文と忍たちのイベントと、関係あるみたいな言い方ですね」
「うーん、どうだろうね、ま、座って座って」
急ぐ、と言われたにも関わらず、仲文はイスを押しやる。
「近いとは聞いたけど、総司令部だと思わなかったからさ、ちょっと順番が逆転しちゃったんだ。少し、待っててくれよ、すぐ来るから」
言うコトだけ言うと、自分の仕事に戻ってしまう。
呼び出しはしたが、ヒマなわけではないらしい。
今度は、忍が怪訝そうな表情になる。
「来るって……?」
亮は、忍に答える代わりに、仲文に尋ねた。
「広人が来るんですか?」
「そうだよ」
モニターから目も離さずに、仲文は返事をする。
「非番じゃないでしょうに?」
「違うよ、わざわざ、このために休み時間つぶしてくるんだよ」
『非番』という単語が出てくるということは、警察、だ。
警察にも知り合いがいるのだろう。しかも、個人的な。
そういえば、対紅侵軍戦の時に、誘拐されかかった子供を救う為に周囲の野次馬を散らしてくれた警察は、亮が誰かに連絡したから協力してくれたのだった。
それが、広人と呼ばれている人かもしれない。だとすれば、警視のはずだ。
「?」
亮は、相変わらず怪訝な表情のままだ。
どうやら、今日がなんの日なのかを、すっかり失念しているらしい。もしくは知っているが、祝ってもらうという感覚がまったくないだけかもしれないが。
などと忍が考えていると、扉が開いて、仲文と同年代の人物が姿を現した。彼が広人なのだろう。
警視、という身分からして、少なくとも健太郎と同年代を勝手に想像していたので、忍は少し戸惑う。そういえば、仲文も亮も呼び捨てにしていたことを、いまさら思い出す。
仲文はモニターに向かっていた体をこちらに向けると、
「よぉ、もう来てるよ」
とだけ、言う。
「なんだ、近くって総司令部だったのか……」
広人の語尾が薄れたのは、忍の存在に気付いたからだ。しかし、すぐに、笑顔になる。人懐っこい笑顔だ。
「あ、忍くんだ」
どうやら、相手はこちらを知っているらしい。そういえば、仲文もそうだった。
「初めましてだよね、高崎広人です、よろしく」
笑顔のまま、会釈してくれる。おもわず、よろしく、と返す。
「これで警視なんだよ、見えないだろ?この笑顔で騙される人が多いんだ」
「騙すはないだろ」
忍が口を挟むヒマあらばこそ、仲文と広人の掛け合いが始まっていまう。
「こないだ、副総監が言ってたぞ」
「だいぶ、熱があがってたみたいだったし、うわ言だろ」
「はいはい、漫才はいいですから、用事が先」
慣れた調子で止めたのが亮だ。
「急いでいるんですよ」 「はーい」
おとなしく返事をすると、持ってきたカバンから、なにやら取り出してくる。
仲文も、モニターの影からなにか取り出してきた。
二人とも、味気のないA4サイズの茶封筒だ。しかも、表には国立病院の名が入ってたりとかしている。
が、おかまいなしに亮にそれを差し出す。
「はい、あげる」
亮は、怪訝そうな表情で受けとって、封をしてないそれを覗きこんでみる。
「……どうしたんです、コレ?」
「教授からもらった」
「教授って?」
話が見えなくて、忍が尋ねる。
封筒の中身を、亮が見せてくれる。
「二ヶ月ほど前に、惑星の雲が消える瞬間をとらえたって、ウワサになっていたの、知ってます?」
「テレビで見たよ、連続写真の撮影に成功したヤツだろ?」
「それの、生写真ですよ」
「ええええ?!」
そう簡単には、研究者がそんなもの手放すわけない。忍の驚いた顔に仲文が笑う。
「もちろん、焼き増しだけどね〜、欲しかったんだろ、ソレ」
尋ねられた亮は、
「たしかに、そうですけど……教授からはプレミア付きのワインもらうんじゃなかったんですか?」
「そっちは、金出せば手に入るから」
「亮に欲しいといわれたら、仲文は弱いよな〜」
広人に言われた仲文は、表情を変えずに切り返す。
「自分はどうなんだよ」
「さぁ、どうだろうね」
亮は、こんどは広人から受け取った封筒を覗きこんでいる。
「……これって」
「テロ集団撲滅に協力して差し上げたら、なんでもくれるっていうから、言ってみたらくれた」
相変わらず、にこにことした笑顔で言う。
中身がなんなのかは、よくわからないが、そう簡単に手に入らないモノをくれたようだ。
「お前だって甘いじゃん」
「ま、誕生日だから」
亮の顔には、なんとも不可思議な表情が浮かぶ。
すこし、首を傾げていたが、やがて、ぽつり、と言った。
「……ありがとうございます」
仲文と広人は、ただ微笑んだ。
「はい、用事終わり」
「みんな、待ってるんだろ」
「それじゃ」
立ちあがった亮に、仲文が言う。
「もう一人、お礼言うの忘れるなよ」
亮は、軽く手を振ってみせただけだったが、隣りにいた忍には、相変わらず困惑気味の表情が見える。
家に向かう車の中から、亮はその、もう一人、に電話をした。
言った言葉は、
「仲文たちから、うけとりました……ありがとうございました」
だけで、じつに少なかったが、それゆえに忍には相手がわかる。
父親である、健太郎、だ。
電話を終えたあとも、亮はなにか考えている表情をしたまま、窓の外を眺めたままだった。

「ハッピーバースデー!」
「おめでとう!」
クラッカーの音と一緒に、口々にお祝いされた俊は、ちょっと照れくさそうだ。
亮の方は、いつもとかわらない穏やかな表情。おそらく、先ほどのでイベント内容の予測出来たのだろう。心の準備が出来てしまっているらしい。どう感じているかを、顔に出すことはなさそうだ。
プレゼントが渡されて、それを広げてひとしきり騒いだ後、須于が腕をふるったごちそうが並ぶ。
「おー、うまそう!」
「豪華豪華!」
俊と麗花が、喜びの声。
いちおう主役のはずだが、亮も皆の皿に取り分けるのを手伝っている。 これといった疑問もなさそうなあたり、習慣になってしまっているようだ。皿を受け取りながら、忍が笑う。 「今日は、いいんだよ」
「そうそ、主役なんだからね!」 そういう麗花は、すでにおかわりを自分で取っている。
須于が、手を伸ばして亮の目前の、まだ空の皿を手に取る。
「亮は、なに食べる?」
「サラダを……」
「肉も食わんといかんぞ」
なぜか、父口調で俊が言う。
「亮、細いもんね〜」
麗花が、わざわざ隣りにきて、腕を並べる。
「い〜や〜!ワタシより細い!!!」
「から揚げうまいよ」
「のせちゃえ!」
わきから、他のはしで麗花が肉をのせる。
「ドレッシングは?」
「和風がうまい」
とは、ジョー。もくもくと大量の野菜を片付けている。
「よーし、じゃ、和風!」
忍がドレッシングをかけるべく、身を乗り出す。
「あー、そんなんしたら、肉にもかかるよ〜!」
「大丈夫、お肉にもあう味よ」
「スペシャルサラダ〜!」
亮も、思わず笑い出す。
須于が腕を振るって、いつもよりずっとたくさん作った料理は、全部なくなった。


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