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夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・10■



親善大使護衛任務が終わってから、一週間後。
報告用ディスクを事務的に差し出しながら、亮が、ぽつり、と言った。
「最初から、わかっていたでしょう?」
「依頼が来たときに、ね」
にやり、と笑いながら、健太郎は受け取る。
「名前に、どんな意味があるんです?」
ジョーは、フルネームを告げた。
それに、意味があるとしか、思えない。
健太郎は、にやり、とした笑みを、さらに大きくした。
「珍しい、お前でもわからないことがあるんだ」
亮は肩をすくめただけだ。
からかってもムダとわかったらしい、健太郎はつまらなさそうに答える。
「カール・シルペニアスの、役」
「映画の、ですか?」
「そ、西部劇」
手で、銃を真似ながら、言う。
「キャロラインがヒロインで、それを守り通す役」
亮は、少し、首を傾げる。
が、なにもコメントはしない。
健太郎も総司令官の表情に戻って、報告用ディスクを確認して頷いてみせる。
「任務完了、けっこうだよ」
そのままの表情で、付け加える。
「どういう、心境の変化だ?」
「なにがですか?」
「今回のコトだよ、最初、イヤがってたろう?」
依頼があった、と告げたときは、見つけても隠しそうだと思ったのに。
結果的には、須于を橋渡しにしてつないでみせた。
「機会は、あってもイイと、思っただけです」
無表情なままの、返事。
「なるほど」
納得したようだ。
話は終わったと判断したのだろう、亮は背を向ける。扉を開ける暗証を入れながら、背を向けたまま言う。
「よく、あの頃にやりましたね?」
健太郎からの、返事はない。
亮が振り返ると、面食らった表情で固まっていた。
かすかな笑みが、口元に浮かぶ。
「名前だけでは、ムリですよ」
両手を上げてみせる。降参、だ。
「あの頃、だったからかもしれない」
そう言ってから、健太郎は苦笑に近い笑みを浮かべる。
「ま、そんなもんだろ」
「……そうかも、しれません」
視線をかすかに泳がせた後、本当に背を向けると、亮は、総司令官室を出る。

総司令部の一階に下りると、こちらに向かって軽く手をふっている人がいる。
「よ、お疲れさん」
「忍」
亮は、足を止める。
今日は、一緒に来たわけではない。
「なにか、ありましたか?」
「いや、出る用事ができたから、寄っただけ」
忍は、亮がかすかに首をかしげたのを知っていたが、そのまま続ける。
「麗花にさ、またデザート買って来いって言われたんだよ、付き合うだろ」
「……付き合うだろ、ではなくて、付き合ってください、でしょう?」
返ってきた返事に驚いて、まじまじと見てしまう。
亮は、小さく首をすくめた。多分、それは無意識に。
視線が、問いかけながらこちらを見つめている。
いまのでは、ダメ、なのかと問いかけてる。
「バレたか」
笑顔を返してやる。
些細なリアクションさえ、手探りだから。
「あの通り、一人で行くの苦手なんだよ、店の場所もわからないし」
あの通り、とは、お菓子屋が集まった絵本から飛び出したような造りの通りのことだ。
女の子と、カップルしかいないような場所だ。
だが、味がよいという定評の店が集まっている。贈答品にも利用されるから、亮は詳しい。
「今日は、どこの何がリクエストなんですか?」
もう、いつもどおりの表情に戻った亮が尋ねる。
どちらかというと、無表情な顔と声で。
「えっと」
麗花に手渡されたメモに目をやる。
「ショコラコラージュの、チョコレート・カラメルだとさ」
軽く頷いたところを見ると、亮にはわかったようだ。
歩き出しながら、訊ねる。
「いまごろ、ジョーどうしてるかな」
「そろそろ、テイクオフだと思いますよ」
時計に目をやった亮が、答える。
「じゃあ、きっと見学デッキにいるぜ」
「そうですね」
どちらからともなく、空を見上げる。



青い空に、一筋の白い飛行機雲。
飛び立ったばかりの飛行機の、名残だ。
それを見上げながら、ジョーが言う。
「もっと、ハデに探してるのかと、思った」
キャロラインが、だ。
「ワイドショーとかで、取り上げられちゃうような?」
隣りにいる、須于が尋ねる。
「……まぁな」
「ジョーは、知っていたの?」
本当は、孤児ではないことも、両親が誰なのかも。
「マネージャーを追い詰めたことがあって」
「追い詰め……?」
面食らって、ジョーをまじまじと見る。
「現れたのは不定期だったけど、毎回、俺観察してるのは知ってたからな、やっぱ気分いいもんじゃないだろ」
で、あるとき、逃げられなくして問い詰めた。
どういうつもりか、と。
それで、事情を知った。
なぜ、リスティア人ではないのに、ココにいるのか、を。
「映画はちっさい頃から見せられてたから、二人とも知ってたし、な」
だから、理由も納得することが出来た。
それを理解出来るだけの年には、なっていたから。
「オヤジのしたことは、正しかったんだと、俺は思うから」
もし、二人の子供として育っていたら、進まなくてはならなかったであろう道は、あまり好きではない。たしかに、カールは、ジョーを守ってみせたのだ。
自由な道を、選び取ることが出来るように。
だから、理由はなんであれ、相手がキャロラインであれ、自分の道を閉ざされることはごめんだった。
「よく考えれば、一番よくわかってるはずだよな」
カールがなにを望んでいるのか、いちばんの理解者であるキャロラインが。
おそらくは、ジョー以上に。
「亮には、わかってたみたいだな」
少し、悔しいのかもしれない。
「亮は、それが仕事、でもあるから」
「たしかにな、感謝しないと」
俺も、会ってみたいとは、思はなくはなかったから。
スクリーンではなく、本人、に。
「ホント、俺の両親とは思えないくらい、上手いから」
だから、スクリーンの彼女がどこまで本当なのか、わからない。本当は、どんな人間なのか、自分の目で見たかった。
そして、見た結果は。
自分が誰なのかを、彼女に告げた。
告げても、大丈夫だ、と確信できたから。
「映画、たくさん見たの?」
「そうだな」
キャロラインが思い出した、と言ってた西部劇が、イチバン好きだった。
院長が、これから、名前を取ったんだよ、と言っていた。
「そんなつもりはなかったけど」
もしかしたら、銃に興味を持ったのは、あの映画のせいかもしれない。
そう言って、ぽり、と頬をかく。
照れたらしい。
須于は、微笑んだ。
「そのおかげで、名実ともに守れたじゃない」
視線を須于に戻したジョーは、驚いたのだろう、少し目を見開いている。
それには、思い当たってなかったらしい。
「……ああ、そうだな」
口元に、笑みが浮かぶ。
「でも、オフクロ守るのはオヤジの役目だから」
ごく自然に、その単語はでた。
「そうね、いまでも、きっとそうなのね」
須于は、空を見上げる。
飛行機雲は、まだ、うっすらと残っている。
「ステキね、いつまでも守ってて、守られて」
「……………」
なにか、聞こえた気がして、須于は視線をジョーに戻す。
「なにか、言った?」
「いや」
少し、頬が染まっているように見える。
珍しいことだ。
「なぁに?なんて言ったの?」
「なんでもない、何も言ってない」
手をふってみせながら、背を向ける。
「ほら、もう行くぞ」
「なんで、ごまかすの?」
須于は、ジョーの顔を覗きこむ。
形勢不利とみたのだろう。別の話題をふる。
「そういえば、リトルショットのこと、亮に聞いただろう?」
「うん……?」
興味津々の表情から、少し真顔に戻って頷く。最初、それでキャロラインを狙うのかと思ったから。
「たしかに歴史はそうだけどな、俺がアレを手に入れたのは、普通のじゃ大きすぎたから、だからな」
「へ?」
「だから、小さい頃から映画でみてたから、さわりたがったんだよ、銃を」
どうせなら、ホンモノをと院長が与えてくれたのが、あのリトルショットなのだ。それでよく、映画のマネをしていた。それを思い出したから、眺めていたのだ。
「なんか、勘違いしてただろう」
「そ、そんなこと、ないわ」
今度は、須于がしどろもどろになっている。
「ほら、飯でも食いに行こう」
手を、差し出す。
頷くと、須于も握り返した。



〜fin〜

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