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夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・9■



ひとまず挨拶が終わったのを見届けて、総司令官である健太郎は事務的に言う。
「さてと、そろそろ、ホテルに一度、戻っていただかないと」
「ええ」
キャロラインが頷くのを待って、亮に視線を移す。
「もう、出るわけもないが」
「誰もつけないわけには、いかないでしょうね」
護衛を、という意味だ。
こういうカタチで取り押さえられることは、想定していなかったはずの連中だ。隠し玉など用意すらしていないということも、調査済みでもある。
だが、誰も護衛がいなかったら世間サマが納得しない。そういうものだ。
「須于、ホテルまで連れて行って差し上げてください」
須于は、少し、首を傾げる。
私でいいの、という疑問が口元まででかかったが、それは飲み込んだ。護衛する当人の前で、言うべきことではない。キャロラインの護衛がイヤだというわけでないけれど、ファンと公言してはばからない麗花や俊がいる。
亮は、にこり、と微笑む。
「ややや、うらやましいね」
麗花の口調は、私にその役目ちょうだい、とは言っていない。
そして、気が付く。
なんのために、亮が知らせたのか、を。
役目は、名目上の護衛、ではなくて。
須于も、にこり、と微笑んだ。

青空が広がっている。
移動は車にしたが、スモークをはっていなくても、キャロライン・カペスローズが乗っているとは誰も気付かない。
空を見上げて、彼女は気持ちよさそうに微笑んでいる。
あんな目にあった割に、機嫌がよさそうだ、と思う。
だから、およその察しはつく。
はっきりとは、わからないけれど。
多分、ジョーが告げたのは、イエス、だっただろう。
『あなたが、私の息子なの?』
という、キャロラインの無言の問いかけに。
健太郎は、「データ上には見つからなかった」と言った。亮も、どうしてわかったのかは、教えてはくれなかった。
特殊なコトからしか、証明できないこと、だったのだ。
だけど、総司令官という立場だからといって、特殊な要因、を明らかにしていいとは限らない。
ジョーが、はっきりと告げなかったのは、多分。
キャロラインを、守るためだ。
いきさつも理由も、なにがあったかさえ、須于は知らないけれど。
子供が、しかも隠し子となったら、ただではすまない。しかも、いまは親善大使という立場だ。スキャンダルは、問題外のはずだ。
それでも、つなげる役目を、亮は与えたのだと思う。
だとすれば、努力はしてみるべきだろう。
「……怖く、なかったですか?」
ひとまず、当り障りのないことを尋ねてみる。
「映画の撮影みたいなかんじがして」
にこ、とした笑顔が、こちらを向くのがわかる。
「あまり、ホントのことには思えなかったの」
たしかに、そうかもしれない。実際、誰が死んだわけでもなかったから。重症も、いなかった。 それに、急にそんな事実をつきつけられても、あまりに非日常すぎる。
「アクション映画ですね」
「そう、西部劇」
西部劇、と限定するのは意外に思える。銃を使っていたのは、ジョーだけだ。忍の得物は剣だし、俊の得物は今日は棒状だった。どちらかと言えば、東洋系アクションを連想させる場面だったはずだ。
いくら彼が息子かもしれないから、と思ったとしても、あまりに想像が飛躍している。
「西部劇、ですか?」
思わず、問い返してしまう。
問い返されて、キャロラインは、自分が何を言ったのかに気付いたらしい。
「あら」
小さく呟いた後、ゆっくりと言った。
「私が出たことある映画でね、とても似たシーンがあったから」
西部劇で似てる、となれば、ジョーにかばわれたこと、くらいだろうか?
「もう、ずいぶん前になるわね……懐かしいわ」
視線が、また、窓の外に移ったのがわかる。
先に見ているのは、多分、外の景色ではなくて。
そう思ってから、気付く。
多分、思い出したシーンで、彼女をかばっていたのは。
「似てますか?」
「そうね、瞳が」
あっさりと返事が返ってきたので、ちょうど赤信号で止まったのをいいことに、思わずキャロラインのほうを見てしまう。
笑顔と、目があった。
「知ってるのね」
「はい、亮から、聞きました」
素直に、返事をする。
「彼は、参謀役ね」
かもし出す雰囲気がそうなのだろう。落ち着き方が、同年代らしくないのもあるだろうが。
頷いて、肯定する。
「なにがあったか、を話すチャンスをくれたのね」
信号が青に変わる。
走り出す車と一緒にキャロラインは、映画や人前とは違う、静かな口調で話し出した。
「あの人は、あのときの精一杯で私と彼を守ろうとしたの」
彼、というのはジョーだろう。
あの人、というのは。
「名前くらいは、聞いたことあるかしら?カール・シルペニアスって」
控えめな問いだが、知らない人はいないだろう。
あまりにも有名な俳優だ。
若くして名優の名をほしいままにしながら、交通事故に巻き込まれて夭折した伝説に近い存在。
どんな役でもこなしてしまう器用さと、それでいて深みのある演技に定評がある。
須于たちが育った頃には、もういなかったのに、同年代にも熱烈なファンがいるほどだ。
「結婚、していたのよ」
あんなことにならなければ、ね。
そう、続ける。
あんなこと、とは、彼の巻き込まれた事故のことだ。無謀なUターンをしようとした酔っ払い運転の起こした横転事故に、巻き込まれた。
「翌日には、発表する予定だったの、子供もいますって」
カールもそうだが、キャロラインもかなり若い頃から人気があった。コスチューム女優としてデビューしたが、その演技力にも注目があつまっていたのだ。
だが、事故があったころ、彼女はケガの療養で休業していたはずだ。
撮影中の事故で、かなりの大ケガだった。
その疑問が、顔に出たのだろう。
「休業してたらから、子供も産める状態だったのよ」
仕事が忙しすぎて、そんな時間はなかったから。
人気がある二人だ。
良くも悪くも、注目される。追いかけられる。ケガをして、体力がない状態では健康に懸念がでかねないほど。だから、キャロライン自身のためにも、子供のためにも、直るのを待ったのだ。
入籍すれば、かぎつけられてしまう。だから、それすらも待った。
「でも、あんな事故に巻き込まれてしまった」
ぽつり、と言った声は、どんな悲劇で聞いた声よりも、哀しい。
「発表は、即死、になってるけれど、本当はそうじゃなかったの」
事故は、すぐにキャロラインに告げられた。
かけつけるまでに、カールは自分の運命を、寿命を悟っていたらしい。すべてを、手配していたのだ。
その時は、彼女も知らなかったけれど。
カールの残してくれた、たった一つのモノを、彼女は守りきるつもりでいた。
彼の血が、たしかに残る、大事なモノ。
でも、彼にとっても、それは大事なモノだった。
彼が、手配したことは。
「あのときの私には、たった一つの希望だったの……でも、死産だと言われたわ」
あまりにも、有名になってしまった俳優。死んだその瞬間に伝説になることは、想像に難くない。
もし、その彼に子供がいる、と知られたら。
本人の望みに関係なく、人生のレールがしかれるだろう。
だから、彼は。
子供を、引き離す手配をした。
自分の望んだ人生を、歩ませるために。
それから、愛する人が、もっとも輝ける仕事を続けるために。
いま知られれば、彼女の人生も子供の人生も、潰されてしまうから。
だから、彼女が子供を産んだら、死産と告げて欲しいと。
医者と、それから、彼の親友でマネージャーであった男に。
「無事に子供が仕事についたら、話していいって、カールは言ったんですって」
孤児院の院長はカールのファンであり、そして信頼できる人間だからと選ばれた。
ずっと、マネージャーに近況を伝えていたらしい。
だけど、誰なのか、は教えられなかった。
かわりに、渡されたのは黄ばんだ手帳の切れ端。
最後の力をつかってかきつけた、メッセージとヒント。
「ひと目でいいから、会いたかったの……あの人の守ってくれた、大事なモノだから」
残っていると、生きていると、自分の目で確認したかった。
ホテルの駐車場に、車が止まる。
「お礼を、言わなくてはね」
もう一度、まっすぐな視線がこちらを向いた。
「会わせてくれたことにも、それから、なにがあったのかを話させてくれたことにも」
「なにか、伝えることはありますか?」
それが、須于の役割だから。
「ひとつだけ」
キャロラインは、あけかかった扉を持ったまま、こちらを向く。
「あなたのお父さんは、あなたと私を、とても愛してくれているわ」
迷いのない瞳。
いまでも、きっと彼を愛しているのだろう。
そして、彼も。
彼女と子供を、守りつづけてる。
きっと、永遠に。


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